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  恋と題して  

「一護、京楽を見なかったか。先生が呼んでたんだが」
「ああ、春水ならさっき、」
 同期の浮竹に一護はサラッと答えてやった。
「隊舎の裏で女とベロちゅーしてたぞ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」




「最悪!! 見られてたなんてっ」
 聞いた瞬間、京楽は転げ回った。
「自業自得じゃ」
 目の前でごろごろと転がり回る教え子を師はばっさりと斬り捨てた。浮竹はその隣で呆れた眼差しを親友に送っていた。
「う、浮竹、一護ちゃん何か言ってなかった?」
「いや、特には。‥‥‥あ、でも」
「なに!?」

『あいつ女を口説くときの雰囲気ってすっげえヤラしいのな。なんつーか空気が桃色?俺超ウケたんだけどっ!』

「そう言って大笑いしてた」
「イヤーーー!!」
 ついには頭を抱えて撃沈した。
「後悔するぐらいならもっと女に対して硬派になればよいのにのう」
「それは無理だと思いますよ」
 京楽の女に対するだらしなさは筋金入りだ。あっちへふらふら、こっちへふらふら。それで一度もこじれたことがないというのだから不思議だ。
 統学院に入る前からもうそんな感じだったらしい。だがいくら問題を起こさないとはいっても、上級貴族の男子がそれでは問題だった。
 見かねた両親に無理矢理統学院に放り込まれたのだが、京楽はそこで運命の出会いを果たしたのだ。
「あぁ、一護ちゃんに見られるなんて、」
 運命の出会い。親友の浮竹はこれに含まれてはいない。相手は当然一護だ。
 一目惚れだった。ついでに初恋。
 今までの女性関係は火遊びにもならないお遊びだった。駆け引きを楽しんで別れは早めに、そして次の女性へ。その繰り返しだった。相手が本気にならないように、またそうなればすぐに別れていた。
 縛られるのは嫌だ。自由気ままに。自分を風と例えたなら、女性は風車だ。吹いたときだけカラカラと回って楽しませてくれる。通り過ぎれば風車は止まり、それは別れを意味していた。
「しかも、全然嫉妬してくれてないし‥‥‥」
 告白はもう何度したか知れない。最初の一回めは出会ってすぐにした。そのときは一護に「誰だてめえ」と眼を飛ばされてあえなく失敗。
 二回、三回、と回を重ねていくうちに一護も京楽が悪い奴ではないと理解してきたのか、今では浮竹と並ぶ親友となったのだが京楽がなりたいのはそんなものではない。
 一護に嫉妬してもらおうとわざと他の女性との逢瀬を見せつけてみたのだが、普通に彼女だと勘違いされて、嫉妬のしの字も出てこなかった。女を取っ替え引っ替えしている京楽に「いつか女に魂葬されるかもな」と笑って言われたのは記憶に新しい。
 以来、他の女性との逢瀬は極力見られないようにはしているが、一護は京楽が女遊びをやめたとはもちろん思っていない。
「おぬしが女子にだらしない限り、一護におぬしの本気は伝わらんであろうな」
「どうして一護一筋にできないんだ」
 浮竹も一護に対して想いを寄せている一人だったが、京楽のあまりにも女性に対するだらしなさに心配さえしていた。それに一護が好きだと言いながら他の女性と戯れる神経が信じられない。
「だってボクまだ若いんだよ? このほとばしる性を処理しなきゃ死んじゃうってっ!!」
 堂々と言うことではない。
 二人は呆れてものも言えなかった。
「一護ちゃんを想像して処理するには限界があるんだから!!」
 ブッと吹き出して顔を真っ赤にしたのは浮竹だった。元柳斎は痛いものでも見るかのような視線を送っていた。
「この間なんて別の女性といるときに一護ちゃんって呼んじゃったもんだから殴られちゃった」
 てへ、と悪気無く笑う京楽は大物なのか最低なのか判断がつきかねた。
「十四郎と一護はともかく春水、おまえを隊長に押すのは考え直そうかの」
 浮竹と京楽、一護はそれぞれの隊での副隊長だ。統学院を卒業してからは三人はまるで仲良く足並みを揃えるように席官を上げていった。とは言っても周りが驚くような早さでの出世だったのだが。
「隊長かあ。あんまり興味ないなあ」
 副隊長である今も色々としがらみが多いというのに、隊長ともなれば目の前の師は今以上に口喧しく言ってくるだろう。
「一護ちゃんがボクの副隊長になってくれればやる気が出るんだけどなあ」
「やる気って、どんなやる気だ」
 今以上に仕事をやらない気がする。
「隊の長ともなればおぬしの惰性も改善されると儂は信じておる。よいか、春水」
「はあい」
 ものすごく不安だ。
 元柳斎は己の判断に初めて疑いを持った。




 一護が結婚する。
 そんな噂が流れたのは、一護達が隊長となって数日たった日のことだった。
「まっさかあ」
 それを聞いた京楽は鼻で笑った。一護のことならよく知っている。結婚を噂されるような付き合いをしている男はいない筈だ。
 だが隣で青い顔をしている浮竹はそうではなかった。
「だが見合いをしたそうだ。先生の、紹介で」
「はあ?」  
 それは初耳だ。
「その見合い相手と仲良さげに並んで歩いているところを目撃した隊員がうちにいてな」
「それ、ほんと?」
「間違いない、だそうだ」
 中身の残った徳利が京楽の手から滑り落ち固い音を発した。酒が畳に染みを作ったがそんなことを気にしている余裕など無い。
「一護に確認してみないことには何とも言えないが」
 二人は黙り込み、沈痛な空気が辺りを支配した。




 花束を差し出されて一護は目を丸くした。
「宝飾品など贈っても、あなたは喜ばないと思いましたので」
 そう言って柔らかい笑みを向けられてしまえば一護は受け取らないわけにはいかない。それに男が言う通り、自分は宝飾品の類いにはあまり感心が無いので花は素直に嬉しかった。もし高価な宝飾品を贈られても決して受け取らなかっただろう。
「ありがとうございます」
「気に入っていただけましたか」
「はい。俺、花好きですし」
「それはよかった」
 一護の男のような言葉遣いに眉一つ寄せず、見合い相手の男はむしろ好ましいとでもいうようにその目を細めて一護を見つめていた。
 変わった男だと一護は思わずにはいられない。
 上級貴族だというが一護の知る貴族は一部の例外を除いてそのどれもが偉そうで無駄に誇りとやらを持っている。元柳斎に見合いを勧められたときは相手の男達がすべて貴族だったので一護はうんざりした。
 案の定何度か見合いをした貴族の男達は一護が流魂街出身だと知っていて見下した態度が見え隠れしていた。だが隊長という職は魅力的らしい、一護を嫁とすればその権力も手中にできると上っ面の愛の言葉ばかりを吐き出した。元柳斎の命令でなければもう二度と見合いなどしないと心に決めていた。
 だが目の前の男には一護が持っていた貴族の固定観念は当てはまらなかった。後半投げやりになった一護は普段通りの態度と言葉遣いで見合いをしたのだが、この男はわずかに驚いただけでにこりと笑うと普通に会話を始めたのだ。 
 これには一護も驚いた。会話は楽しく、己を無理に飾ろうとしない態度も好感が持てた。穏やかな気質は自然とこちらを安心させた。
「屋敷の庭の一画で野良猫が子供を産んだんです。それがとても可愛らしくて」
 他愛無い話を好んでよくしていた。自慢話ばかりしていた他の貴族だとは大違いだと一護は思った。
「近づきすぎたのがいけなかったのでしょう。母猫に引っ掻かれてしまいました」
「痛そう」
 手の甲についた引っ掻き傷に一護は手を当てた。得意ではないが鬼道で癒そうとする。
 そのとき男が何かに気が付いたように顔を上げた。
「あの方は、」
 一護も振り返るとそこに立っていたのは同期の親友。
「春水」
 無言で近づいてくると京楽は一護を乱暴に引き寄せた。男に重ねていた手を痛いほどの力で握り込みながら。
「おいっ、」
「行くよ」
 男を完全に無視した態度に一護は怒ってなんとか足を踏み止めようとした。だが慣れない着物と履物のせいで足はずるずると引きずられるようにしてその場を離れてしまう。
 突然のことにぽかんと事の成り行きを見ていた男はやがて合点がいったような顔をすると、申し訳無さそうにこちらを見てくる一護に向かって微笑んだ。
「どうぞお気になさらず。また後日、お会いしましょう」
「すみませんっ、」
 怒る素振りなど露とも見せずに男は一護と京楽に頭を下げると、去っていく二人を見送った。




「離せよっ、」
 誰もいない道の真ん中で一護は抗議した。だが京楽はそんな一護に視線を合わせようともしない。
「さっきの、失礼だろ」
 無言で歩き続ける。引っ張られる一護はもつれそうになりながらも声を張り上げた。
「聞いてんのか、おいっ」
 ぴた。
 突然止まるものだから一護は京楽の背中にぶつかった。そして鼻を押さえた一護が片手に持っていた花束を京楽が奪ったかと思うと、あろうことか地に投げ捨ててしまった。
「あっ! てめ、なにすん」
 だ、という言葉は発せられることはなかった。
 間近に見える京楽の顔に、一護は口付けされていることに気付く。身長差のある二人、一護の背に腕を回し半ば持ち上げるようにして京楽は唇を重ねていた。
 次の瞬間、ばちーん!と小気味よい音が響いた。
「い、ったあ」
「俺も痛えよ」
 片手をぶらぶらさせて一護は京楽から離れた。そして捨てられた花束を拾って土を払う。
「ったく、もったいねえことしやがって」
 花を確認するとどうやら折れてはいないようだ。
「そんなの捨てなよ。花だったらボクがもっと綺麗なのを贈ってあげる」
 他の男から貰った花なんかを大事そうに抱えてほしくなかった。
「お前さっきから何なんだよ。失礼にもほどがあるぞ」
「あんな男に払う礼なんて持ち合わせてないよ」
「ああ?」
 下から睨み上げてくる一護に京楽は真剣で、切羽詰まったような声を出した。
「ボクがどうして君に口付けたか分かってる?」
「あ。そうだよてめえ、何しやがるんだよ」
 どす、と京楽の腹に軽く拳を入れた。怒ってはいるものの一護のそのまったく意識していない態度に京楽は悲しくなってきた。
「君が好きなんだ。何度も言ってるけど本気なんだよ」
 一護は口をへの字に曲げて、何か変なものでも見るかのように京楽を見上げてきた。
「お前の好きってなんなの?」
「なんなのって、」
「誰にでも言えるものなのかよ。もっとさあ、大事なもんじゃねえの。言うたびに本気が込められてるならまだしも、お前の場合そうじゃねえだろ。この間乳繰り合ってた女とかに対してお前、本気で想いを込めて言ってんの?」
「本気なのは一護ちゃんだけなんだけど」
 それに好きだという言葉は一護と出会ってからは他の女には言っていない。
「でも付き合ってる女がいるだろ」
「いないよっ! あれは、」
「あれは?」
「遊び、です」
 はあーとものすごく巨大なため息を一護につかれて京楽は落ち込んだ。他の誰に呆れられても痛くも痒くもないが、一護に呆れられるのは痛かった。
「俺を馬鹿にしてんのか。他の女と浮き名を流してる男に俺の気持ちが傾くとでも思ってんのかよ」
「じゃあ女性ときっぱり縁を切ったらボクと付き合ってくれるの?」
「それとこれとは話が別だ」
 つれない。いっそ男らしいほどに一護は硬派なので、想いの伴わない交際などは考えられないし、従って京楽に対して友愛の情しか持っていないので付き合うことなどできないのだ。
「一護ちゃんこそボクを馬鹿にしてるよ」
「んだとコラ、どこがだよ」
 カチンときたのか一護はもはや喧嘩腰だ。
「男ってやつを分かってない。好きな人に触れられないから代わりに他の女性を抱いてるんじゃないか。一護ちゃんだと思って抱いて、それで女遊びだって非難されたくないよ」
 京楽の思いもよらない台詞に一護は顔を真っ赤にして怯んだ。
「べ、別に、非難なんかしてないだろ、」
 狼狽える一護に構わずに、その手をそっと握ると京楽は己の唇へと寄せた。
「ボクの想いは全部一護ちゃんのものだよ。初めて会ったときからボクは君のものだ。他の女性なんて本当はどうだっていいんだ」
「どうだっていいって、お前、それは女に対して失礼だろ」
 楽しそうに女性と戯れていた京楽を何度も目撃した。そのすべてが京楽にとってはどうでもいい存在だなんて一護には信じられなかった。
「そうだね、失礼だ。でもボクは存外ひどい男なんだよ。一護ちゃん以外の人間に対してはどんなに最低なことでもできちゃうんだから。さっきの男にしたって、君の前じゃなかったら殺していたかも」
「春水!」
 冗談でも言ってはいけない。一護が厳しく叱責する声を上げるものの、京楽の瞳には反省する色は一切見えなかった。
「手なんか重ねてどういうつもり? あの男が好きだとでも? ボクだって上級貴族だ。あんな男に何一つ劣ることなんてない」
 一護の隣に立つ男を見て腸が煮えくり返るようだった。親しげに声を交わし、一護の手には花。男から貰ったものだと思うとその花さえ憎かった。
 一護のほうから手を重ねたのを見たときなど、悲しみと、それ以上の憎悪で二人の間に割って入っていた。
「結婚なんてしないで。そんなことになったら、ボクは何をするか分からないよ」
 すっと目を細める様はまるで京楽を別人に見せていた。不穏な光が宿る瞳など一護は見たことがない。
「春水‥‥‥」
 京楽の自分に対する想いを疑ってはいない。素直に嬉しいと思うのだが、一護はあくまで親友として京楽を想っているのだ。
 だがこれほどまでに熱い、滾るような想いだったとは、正直見くびっていた。馬鹿にしていると言われても仕方がない。
 だが。
「この馬鹿! 勘違い馬鹿!!」
「だっ!!」
 握られていた手を拳にすると一護はそのまま京楽の顔面を殴った。う、と顔を押さえて京楽は痛みに耐える。
「結婚なんてしねえよ」
 呆れたように言う一護に、それでも京楽は反論した。
「もう何回も会ってるって、手、重ねてたじゃない」
「だから勘違いだっつーんだよ。あの人、他に好きな人がいるんだ。でも身分違いで親に反対されたんだとよ。だから認めてもらえるまでの間は、時間稼ぎとして俺といい感じに交際を装ってるだけだよ」
「何それ! 最低じゃないっ!」
「お前が言うなよ。俺だって似たようなもんだからその提案に乗ったんだ。相手がいると思えばじじいも見合いさせねえだろ」
「そ、っか」
 勘違いだと分かって気が抜けたのか京楽はほっと息をはいた。
「自分は女とイチャコラしてるくせによ、俺は駄目なんてお前も対外我が儘だよな」
 知ってはいたがこうも自分勝手な男だとは思ってもみなかった。
「俺が好きだって言うんなら女遊びはやめて誠意っつーもんを見せてみろ」
 まずはそこからだと言ってやった。
「分かった。もう女性とは付き合わないよ」
「‥‥‥‥無理すんな」
「本気だってっ!!」
 だが一護は信じていないようだった。己の所業を思い返すとそれは仕方のないことだったが、こればかりは信じてほしかった。
「君に、相応しい男になると誓うよ」
「俺がお前の想いに応えるとは限らないだろ」
「応えてくれないとも限らないでしょ」
 先ほどまでの真面目な雰囲気は霧散して京楽は飄々と一護の言葉を取って返した。
「好きだよ。諦めない、ずっと想っていたんだ。だから一護ちゃん、」
 両の肩に大きな手が添えられたかと思うと一護はまたもや唇を奪われた。ちゅ、と可愛らしい音を立てて離れていく京楽の唇を一護は呆然と見上げた。
「覚悟、してね」
 その男らしい笑みに鼓動が跳ねたとは、一護は口が裂けても言えなかった。




 女遊びを一切やめた京楽に元柳斎は喜んだ。だが一護にとっては非常に喜ばしくないことだった。
「しつこいっ! 胸触んな! ケツ触んな!」
 京楽が今までとは比べものにならないほどに迫ってくるのだ。昼夜問わず、仕事中だろうがそうでなかろうが少しでも気を抜けばセクハラまがいの接触をしてくる。
「じゃあどこなら触っていいの」
「接触禁止だ。他の女のケツでも追っかけてろっ!!」
「追いかけるなら君のケツがいい」
 遠慮なく顔を引き攣らせると後じさった。一護は内心後悔していた、女遊びをやめて誠意を見せろなんて言うんじゃなかったと。  
 虚以上に厄介な相手を前に、一護は斬魄刀の柄を握った。
「一護ちゃん?」
 今にも抜き払いそうな一護の雰囲気に京楽は怯む。
「今すぐ失せろ! この女の敵めっ!!」
 こうなったら意地でも抵抗してやる。
 もはや恋愛どうこうではない。これはもう戦いだ。気を抜けばあっという間に食われてしまうだろう。 
 一護は愛刀を抜くと戦いの鐘を鳴らした。




 
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