突き刺して、太らせて、最後に食べてしまおうか
「いてっ!」
「ああ、悪い」
瞬間走った痛みに一護は後ろに下がろうとするが、それよりも強い力で後頭部を引き寄せられた。そして再び唇を吸われる。
「あいてっ!」
「お前、下手だな」
「だって、」
情けなく眉を下げる一護の唇を最後とばかりに甘噛みすると阿近はようやく解放してやった。
一護がはぁ、と息をつく。頬が赤い、ついでに額も薄らと赤くなっていた。阿近の角が当たったせいだ。
その赤くなった跡を阿近が検分するかのように撫でる。
「これでも当たらないようにしてるんだぞ。お前が動くから当たるんだ」
「‥‥‥ごめん」
だが慣れていない一護にとっては口付けはまだ苦しいことこの上ない。短いのならまだしも長くなってくると酸素を求めて口を離そうとつい動いてしまう。そして阿近の角に当たってしまうのだ。初めて舌を入れられたときなどは混乱した一護が突然動いてしまい、結果阿近の角がわずかに突き刺さるという惨事に陥ってしまった。
「力を抜いてりゃいいんだ」
「そう簡単に言われても、」
力など抜けないし、むしろ力んでしまう。つまり緊張してしまうのだ。穏やかな気持ちで口付けを受け入れられるほど一護は慣れていなかった。
不機嫌を装ってはいるものの一護の顔はいまだに真っ赤で、それを冷ますように阿近の白い掌が添えられた。微かに香る薬品のにおいが一護の鼓動を跳ねさせた。
「とは言っても、お前のその初心なところが俺の気に入りでもあるんだが」
最後のほうは一護の唇の中に消えていった。今度は息が上がらないように阿近は何度も唇を離しては塞ぐ。時折くすぐるようにして一護のうなじを撫でてやる。そうすると一護が背中に手を回してくれるからだ。
体を密着させたことで一護のせわしない鼓動が伝わってくる。柔らかい胸の感触、阿近としてはもう少し欲しいところだが、それがとても心地よかった。
もっと深く。舌を差し入れた。
そしてやはり角が一護の額を擦る。
本当は角が当たるのは慣れない一護だけの非ではなかった。一護といると阿近はつい理性を置いて本能で深く求めてしまい、己の角のことなど忘れてしまうのだ。
それに角が当たった瞬間、恥じる一護の表情が好きであったりもする。
目を開ければ案の定、恥じたように強く瞼を閉じる一護がいた。
付き合った当初は局長の女を横取りした、と技研では騒がれた。
だがそれは違うと阿近は訂正したい。なぜなら一護は浦原の女でも何でも無いからだ。
完全な浦原の片思い。一護に至っては恋すらしたことがなかった。
手を握るだけで頬を染める一護を見て、それ以上のことをすれば一体どうなるのかと阿近はぞくぞくしたことを覚えている。女の体は飽きるほど見てきたが一護のそれは想像もつかない。死覇装の上から抱きしめた感じでは肉薄で骨の感触が真っ先にしてしまう。
栄養状態の悪さが長く続いたせいだろうと分析してみたが、もうちょっと太ってもいいのではないかと阿近は思っていた。それからは頻繁に一護を食事に誘ってよく食べさせたのだがそれを見ていた同僚が何を勘違いしたのか、阿近は女を太らせてから食うつもりだと噂が流れた。
まあ、あながちはずれではない、と阿近はその噂を放っておいた。だが浦原からは殺されそうなほどの視線を頂戴してしまった。
実際何度か殺されそうになったのだが、一護に怒られてからの浦原は大人しい。一護をいまだ諦めていない浦原は嫌われることを恐れたのだろう。今では偶然と見せかけてメスが飛んでくる程度のことしかない。
「うまいか」
「うまい」
一護はあんまんを頬張っていた。阿近に奢ってもらったものだ。
「阿近さんは食べねえの」
ん、と差し出された食べかけのあんまん。
これは間接キスか、と思った阿近は迷い無くいただくことにした。
「甘いな」
餡など食べた記憶ははるか昔の事だ。こんなに甘いものだったかと首を傾げた。
もしかして恋人といるからか、なんて非科学的な事を考えてしまった。
「今度俺がなんか奢るから」
残りのあんまんをたいらげると一護はそう言った。
「気にするな」
なんせ一護を太らせて食べるのだ。自分が太っても仕方が無い。
「今度は肉まんだな。好きか?」
「好き。‥‥‥って」
なぜか唐突に唇を重ねられてしまった。今度は角は当たらなかったが、不意打ちの口付けに一護は顔を真っ赤にさせて固まった。
阿近としては好きだと言われたから唇を重ねたまでだ。その対象が餡だろうが何だろうが関係ない。
「早く太れよ」
そのときは頂く。
不埒な動機など知りもしない一護は意味が分からず、火照った頬を押さえていた。
「お前、あいつとニャンニャンしやがっただろ‥‥‥!」
「ニャンニャン、って」
「額!」
「うっ」
指摘されて咄嗟に額を隠した一護、瞬時に赤くなった頬にきゅんとした修兵だったが、ちらりと見えた額にむかっとした。
点々とついたあの赤いあとは、もうあれしか考えられない。
「卑猥だ!そんなのキスマークと変わんねえじゃねえか!!」
阿近は周りへの牽制でそうしているのだが、一護は自分の口付けが下手なせいだと信じて疑わなかった。修兵の脳裏に意地悪げに笑む男が浮かんできて、自分の刺青のことなど忘れて一護を詰った。
「見苦しいぞ」
「阿近さん!」
不当な訴えに負けそうになっていた一護を救ったのは恋人だった。
チッと舌打ちをして修兵は凶悪な面構えで睨んでやったが、勝者は既に決まっていた。
「わ」
角が当たって赤くなった額に阿近が唇を落とした。そしてぺろりと舐める。
「そのうち誰にも見えないところに付けてやるからな」
修兵に聞こえるように、一護へと言った。
真っ赤な顔に満足すると、阿近はくるりと振り返る。
「人の女に手を出すな。バラされたいのか」
取り出したメスをつきつける。
いっそ大事な部分を切り落としてやろうかと、鬼畜なことを考えた。
「俺はまだ諦めてねーぞっ」
負けたとは思っていない。
だが阿近は邪魔者を見据え、ふふんと鼻で笑ってやった。
「障害があればあるほど俺は興奮するんだ。アドレナリンの分泌量が増えて生体活動も活発になる。こんなふうにな」
二人のやりとりをひやひやと見守っていた一護を引き寄せると、まるで食いつくように唇を重ねた。
勢い余って角が額を擦る。ぱっと目を見開いた一護に薄く目を細めてみせて、後はいつものように舌を絡ませた。ただ違うのは舌の動きがいつもよりも情熱的だったことだ。
気付けば二人きり。
阿近には顔を怒りの赤に染めて立ち去る修兵が見えていたが、すぐに興味が失せて一護だけを感じることに没頭した。
「‥‥‥阿近さん、」
一護の指が阿近の白い頬を辿る。
その愛しげな動きに、抱くのはもう少ししてからだと思っていたが、すぐにでも手に入れたいと阿近は思ってしまった。