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  あの子がほしい  

「いつぞやはどおもー、志波さん」
「お、おう」
 ものすごく不機嫌な声で挨拶をされた海燕はその場から逃げ出したかった。だが現在は隊首会が開かれており、副隊長は待機室にいなければならない。逃げ場は無い。
 海燕に声をかけた女性はふんと息をはくとこれまた不機嫌そうに髪を後ろにかきあげた。
「いい加減機嫌直せよ、松本」
 十番隊の副隊長、松本乱菊はある出来事から顔を合わせる度にねちねちと言ってくる。
 女は執念深いって本当だな、口に出せばシメられそうなことを海燕は心の中だけで思った。
 周りにいる副隊長達が、二人のやりとりになんだなんだと寄ってきた。
「海燕、おんし松本になんぞしたんか?」
「されました」
「松本っ、誤解されるようなこと言うんじゃねえ!」
 射場が尋ねると乱菊がすかさず答えた。
 それに海燕が焦って否定するが、周りはもう乱菊の味方だ。冷たい視線と空気に海燕はうっとたじろいだ。
「志波さん、信じてたのに」
「奥さんいるのになにやってんですか」
「最低ですね」
 非難轟々。
 俺って実は嫌われてんのか。自分は普段どう見られているのか分かりたくもないのに分からされてしまい、海燕はなんだか悲しくなってきた。
「バカっ、誤解すんな! ちょっと隊員引き抜いただけだろうが」
「ちょっと? だけ? ふざけんじゃないですよ」
 乱菊がひときわ鋭い目で睨んでくる。
 鞭を持っていないのが不思議なくらいのその迫力に、思わず女王様、と言いそうになったが海燕はなんとか呑み込んだ。
 乱菊は苛々とした足取りで海燕の目前まで詰め寄ると、形の良い指を突き刺しそうな勢いで指差して怨みつらみを吐き出した。
「すっごく気に入ってたのにっ、志波さんのどアホ!」
 どアホときたか。この前会ったときはボケナスだった。
「そ、そんなに気に入りの隊員だったんですか」
 四番隊の勇音がおどおどとした様子で尋ねる。
「とってもいい子よ腕も立つし。いつも仏頂面だけど打ち解けると笑ってくれるし優しいし。不器用なところがあるけどそれがまた可愛いっていうか。そうですよねー?志波さん」
 最後の一言は恐ろしい声と目つきだった。
 乱菊に憧れる男は多い。だが騙されるな男子共こいつの今の顔を見てみろ般若だぞ、海燕はそう叫びたかったがその瞬間殺されそうなのでやめておく。
「たしかにそうだけど。だからこそ十番隊には置いとけねえだろ」
「あれは一部の馬鹿共だけです。すでにシメて減俸処分に罰掃除、仕事も山ほど与えておきましたから。だから返してください」
 そこまでやったのか。いや、当然の報いだとは思うがシメたってのが一番堪えただろうな。でも海燕は同情しない。
 乱菊の返せと突き出された手を海燕は無言で見下ろすと、次いでぱちんとその手を叩いてやった。
「やだね、あいつもううちに馴染んでるし。十三番隊が好きだって言ってたもんね」
 ははん、と勝ち誇ったように海燕が言ってやったら乱菊がぎりぎりと睨みつけてきた。
「ムカつく。私の手で育てていこうと思ってたのに」
「妖しい言い方をするな。ま、あいつはこの俺が一人前の強い男にしてやるから安心しろ」
「は?男ってなに言って」
 乱菊がなにか言おうとしたところで隊首会の終了を告げる声がかかり、話はうやむやの内に終わってしまった。




「海燕さん!」
 間が悪い。
 海燕が乱菊を意識しつつ、振り返るとそこにいたのは案の定一護だった。
「あ? おまえどうしてこ」
「黒崎!」
 海燕が話しかけようとしたところ、どんと乱菊が海燕をはじき飛ばした。海燕が壁にぶつかってそのままの体勢で沈黙している。
 あまりの光景に一護が固まっていると乱菊に抱きしめられた。
「あの大馬鹿共はシメておいたからね。だから安心して十番隊に戻ってきな」
「いや、えっと、」
 かつての上司に抱きしめられて一護は戸惑った。なにより豊満な胸が当たっている。そこに人見知りも作用して一体どうすればいいのか分からずに、一護はぴしりと固まってしまった。
 乱菊は十番隊にいたころ何かと一護を気にかけてくれていた。そういうところも因縁をつけられる要因だったのだが。
「松本っ、一護を離せ。一護、なんかあったのか」
 ようやく海燕が復活して乱菊から一護を引き剥がした。
「巨大虚が出て、副隊長連れてこいって」
「分かった。お前も一緒に来い」
「あっ! 黒崎!」
 せっかく会えたのに禄に話もせずに帰してたまるか。乱菊は走り出そうとしていた一護の手を取る。
「今度一緒にお茶しましょう。いいわね?」
「駄目だ」
「か、海燕さん、」
「志波さんには聞いてません。いいわよね、黒崎」
「あ、はい」
 そこで乱菊はようやく手を離す。
 海燕と一護は現世に行くため走って、あっという間に見えなくなった。




 乱菊はまだ一護を諦めていない。是非とも十番隊に。その野望は海燕を抹殺すれば叶う気がしたが、それは最終手段にとっておく。
 さてどうやって口説き落としてやろうか。
「それにしても‥‥‥」
 海燕は一護が男だと勘違いしているにちがいない。
 これは黙っておいたほうがいいだろう。だって面白い。気付いたときにどんな反応をするだろうかと想像しただけで乱菊はにやりと意地悪げに唇がつり上がった。
 とりあえずお茶にはいつ行こう。
 その日を考えるだけで、乱菊の心は浮き立った。


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