拍手小説<藍一>

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「誕生日、おめでとう」
 祝福の言葉とともに藍染はそっと一護の額に唇を押し当てた。
「ありがとう。でもな、」
 頬を軽く啄まれたところで一護は訂正を入れてやった。
「誕生日、昨日なんだけど」
 藍染はにっこりと笑みを浮かべ、今度は鼻先に口付けた。
「知ってるよ」
 一護は呆れた顔で男を見上げた。藍染はくすくす笑って顔や髪に唇を押し当ててくる。
 藍染の誕生日を知らずにいたことを根に持っていたのだろう。それにしても仕返しとは、これが三十路に近い男のすることだろうか。
「ガキ」
「たまには童心に返ってみたくてね」
 いつもよりも幼い笑みを浮かべた藍染は優雅な動作で一護の手を取った。
「何?」
「プレゼント」
 指輪。
 それを薬指にはめられそうになった一護は反射的に指を折り曲げた。
「‥‥‥‥‥はめられないのだけれど」
「いや、えーと、これは?」
「指輪だよ」
「見りゃ分かる。普通の指輪なのか?」
 はめたら一生取れないとかいう指輪ではないのか。
 一護の疑いのこもった眼差しに藍染は内心むっとしながらも、細い薬指に指輪をはめてやった。サイズはぴったりだ。一護は不思議そうな顔をしていたけれど、藍染は当然と笑みを深めて今度は唇に口付けしようとした。
「これ売ったらいくらすんのかな」
 藍染の動きが止まる。一護は無意識だったのだろう、己の失言に真っ青になった。
 不自然な沈黙の時間が続く。
「ーーーーーー君って」
 びくりと一護の体が震える。
 このまま押し倒されて言葉攻めで散々苛められて朝陽が昇ってもベッドの中で、でもこの人鬼畜攻めも好きだからベッドの中とは限らない、明日は平日月曜日、学校はサボり決定だこの人教師だけど簡単に嘘ついて休むんだろうな、誕生日なのについてない俺本当についてない、と一護の頭の中では最悪の想像がぐるぐると回っていた。
「君って子は、‥‥‥‥‥本当に可愛いね」
「は‥‥‥‥?」
 耐えきれないとばかりに藍染はぷっと吹き出すと、一護を抱きしめて笑い声を押し殺した。笑いの振動を肩で感じ、一護はぽかんと目と口を開いて思考が停止していた。
「まったく、情緒も雰囲気も無い、っく、」
「‥‥‥‥笑うなよ」
 段々と自分という人間が恥ずかしくなってきて、一護は軽く藍染の髪を引っ張ってやった。そのとき天井の照明に反射してチラチラと光る指輪が目に入り、なぜだか唇がムズムズとした。
「変なの」
 そして胸の奥もこそばゆくなった。奥から奥から沸き起こる何かに一護は我慢できなくなって、目の前にいる藍染を思い切り抱きしめ返した。
「何か変だ、俺。‥‥‥‥あぁ、たぶんこれって、」
「一護?」
 顔を上げた藍染の目に自分の姿を認めた瞬間、一護は勢いよく唇を重ねていた。驚く藍染の顔なんて貴重でいつもならまじまじと見つめているだろうに、このときだけは頬を包み込んで角度を変えて何度も一護のほうから唇を奪った。
「嬉しいんだ。何かもうたまんねえ感じ」
 じゃれるように藍染に抱きつく一護は今とても気分が良かった。
 藍染に対してはいつも騙しやがってと罵ることが多いが、今だけは素直に好きだと感じていた。
「来年はちゃんと当日に祝ってやる」
 貰った指輪をひと撫ですると、背伸びをしてもう一度唇を啄んだ。


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