子守りはつらいよ
01
子供が嫌いだ。
「ブーーーーース!」
例えばこの生意気な口。縫い付けてやりたくなる。
「おい! ブス! 無視すんな!」
足を掴んで逆さ吊りにして大人の恐ろしさを思い知らせてやりたい。
けれどそれは想像の中だけにして、一護は虚夜宮の回廊を歩き続けた。
大股で歩く一護の後ろからは、軽い足音がついてくる。瞬歩で撒いてやってもいいが、それは逃げるようで癪に障った。
「なんか言えよっ、なあっ、なあって!」
無視し続けていると、小生意気な声に段々と不安の色が混じってきた。きっと相手にされなくて不安になってきたのだろう。ガキめ。振り返って相手なんかしてやるものかと、一護は見えないところでニヤリと笑った。
「ブースブース! ブ、ブス‥‥こっち向けよっ、」
無視だ、とにかく無視。子供にはこれが一番堪える。
やがて、廊下に響き渡るブスの大合唱が止んだ。やっと諦めたか。そう思ったが、違った。
「一護!」
「ぐえっ」
腰に衝撃が襲ったかと思うと一護は既に床に倒れていた。打った鼻を押さえて首だけ後ろにやると、明らかに怒った顔の子供が一護の腰に馬乗りになっていた。
「てめえっ、降りろクソガキ!」
「クソガキじゃねえよっ、グリムジョーだ!」
「俺だってブスじゃねえっ」
美人でもないが、ブスと言われてはいそうですねと言えるほど自虐的ではない。
人の体の上で我が物顔のグリムジョーを振り落とそうとするも、十刃だ、一護では歯が立たない。藍染から世話役を頼まれて数ヶ月、グリムジョーが言うことを聞いた試しなど一度も無かった。
「どけクソガキっ、泣かすぞ!」
「やってみろよ!」
「いでででで!!」
捕まえようと伸ばした一護の手は、グリムジョーの小さな手によっていとも簡単に嫌な方向へと曲げられた。手加減を知らないグリムジョーの力に、一護の腕が悲鳴を上げる。
一護は死神だ、破面のように傷がすぐに癒えるわけではない。だがやめてくれと懇願することだけはプライドが許さなかった。
「謝ったら離してやるよ」
「なんで俺が! てめえ後で覚えてろよっ、」
藍染様に言いつけてやる。お尻ぺんぺんだ。
子供っぽい仕返しを脳内に描き、一護は腕が折れるその衝撃に耐えようときつく目を閉じた。
しかし予想と反し、あっさりと腕は解放された。どっと汗が滲み、一護の体から力が抜けていく。荒く息をついていると、視界が真っ青に染まった。
「意地はって、バカじゃねえの!」
腹の立つ言葉だが、グリムジョーの声はわずかに震えていた。小さな手は一護の汗に濡れる額を撫でている。疲れ果てた一護は、それを払いのける気にもなれない。
「藍染様に‥‥」
「なんだよ、言いつけんのかよ」
「世話役を返上させていただく。もうお前らの面倒なんか見てられるか‥‥っ」
早いほうがいい。今すぐにでも藍染の居室に向かおうとすれば、足にしがみついてくる邪魔者がいた。
「離せガキっ、もう嫌だもう無理だっ、お前らなんか知るか!!」
「待てよっ、途中で投げ出すなんて大人失格だぞてめえっ」
「お前らが言うこと聞かねえからだろっ、俺が誰かに世話されてえよ!」
グリムジョーを足にくっつけたまま、一護は意地だけで前進した。
しかし藍染の居室についたところで、「それは駄目だよ」と笑顔で言われることを、一護はまだ知らなかった。