子守りはつらいよ
03
一護の視線が自分に注がれていると思うと、さっきから顔が熱くてしょうがない。
髪を切られるというのは、実はとっても恥ずかしいことだったんだとルピは知った。
辿々しい手つきで鋏を扱う一護を鏡越しに見つめていると、不意に目が合った。何か喋らないと、と焦った口から飛び出したのは生意気な言葉だった。
「なんか違うっ、もっと短く!」
「めんどくせーな。いっそのこと坊主にでも」
「やだやだ!!」
じたばた暴れれば、拳が偶然にも一護の顎にぶつかった。無言で睨まれて、ルピは大人しく椅子に座り直した。
「じゃあもう少しだけ、切るからな」
「うん」
一護の指がルピの襟足に触れる。くすぐったさに肩を揺らせば怒られた。
髪を切る鋏の独特の音に耳を澄ませ、少し俯き加減になりながらも正面の鏡を覗けば一護が見えた。眉間に皺を寄せて慣れないことを必死にする一護の表情は見ていて面白い。いつもは怒った顔ばかりだから、ルピはじっと観察した。
「このくらいか?」
鏡同士を向かい合わせにして見えた後ろ髪は、満足できる仕上がりになっていた。少し乱れてはいるものの、一護が切ってくれたのだと思うとまったくの許容範囲内だった。
「次は前髪」
「‥‥どうなっても知らねえぞ」
額を斜めに走るルピの前髪のラインは、一護にとっては難題であるらしい。どう切ろうか、確かめるようにして一護の指がルピの額を行ったり来たり。どうしても耐えきれずに笑ってしまうと、一護は困ったような顔をして、それから少しだけ唇の端を持ち上げた。
あ、笑った。
「髪が入るから目瞑れよ」
「‥‥‥‥うん」
チョキン。
音が鳴るたびにルピの顔に血が上った。先ほどの表情が忘れられない。
笑った。一護が笑いかけてくれた。
「終わったら風呂に入らなきゃな」
その言葉にルピはどきっとした。一緒に入ってくれるのだろうか。
変な期待を持ってしまう。ちら、と一護を盗み見ればすぐさま叱責が飛んだ。
一護はどこまで我が儘を聞いてくれるだろう。こういうときの為に良い子のフリをしていたけれど、一人で髪を洗えない子だとは思われたくない。
けれど、言うことを聞いてくれたときのあのむずむずとした気持ちといったら。一護を独占したい、そんな思いが少しだけ満たされるあの瞬間がとてつもなく好きだ。
「ねえ、一護」
どうしよう、お願いしてみようか。でも一人でそんなこともできないと知られると、一護は呆れてしまうかもしれない。
「んー‥‥‥こんなもん、か?」
はっと眼を開けると微妙な表情の一護と目が合った。
「怒るなよ、一生懸命やったんだから」
鏡に映ったルピの前髪は少々歪んでいた。それを一護も分かっているらしく、申し訳無さそうに首の後ろを掻いていた。
「だから言っただろ、他の奴にしてもらえって。今からでも他の器用な奴に切ってもらいな」
「ううん」
鏡に映った一護ににこりと笑う。
「髪洗ってくれたら、許してあげる」
ルピが無邪気に提案すれば、一護はしばらく黙った後に、また少しだけ唇の端を持ち上げた。
「なんだその髪、ダッセー!」
一護がいない間、破面達は遊戯室で個々に寛いでいた。一緒に遊ぶという概念は無い。
グリムジョーが声を上げて馬鹿にしたのは、ルピの不格好な髪型だった。
「うるさい。お前には関係ないだろ」
「どうやったらそんな間抜けな格好になるんだよ、バーカ」
カチンときたがムキになって言い返せば相手の思うつぼだ。手に持つ本がみしりと悲鳴を上げたが、引き裂くことだけはなんとか我慢した。ものを大事にしない子は一護に嫌われる。
「お前みたいにお手軽な髪型してないんだよ。それに、これは一護が一生懸命切ってくれたんだから」
その言葉にグリムジョーだけでなく、他の破面達も反応した。たくさんの視線を感じる。特にグリムジョーは眼を見開き、大きなショックを受けたような顔をしてからは、怒りの表情でルピを睨みつけていた。
「一緒にお風呂に入って髪も洗ってくれたっ、ボクの髪、綺麗だって褒めてくれた!」
グリムジョーや周りの反応が面白くて、ルピは次第に興奮した声で言っていた。
十刃だけじゃない、ボクにも一護は優しくしてくれる。構ってくれる。
「いっつも迷惑かけてるお前なんかっ、一護は好きじゃない!!」
でも違うんだ、本当は知っていた。
グリムジョー、お前みたいな奴でも一護は可愛いと思ってるんだ。
「お前なんかっ!」
でもそれを言うには目の前のグリムジョーがあまりにも憎たらしくて、ルピはなぜか泣き出しそうになる目に力を入れた。