子守りはつらいよ

  05  


 まさに絶体絶命だった。
「ままま待て! 待て待て待て!!」
「待たねえよ」
 相手を押しとどめようと前に突き出した両手はあっけなく掴まれ、バンザイ状態。そのまま強く握り込まれて痛みが走る。背は一護のほうが高いくらいなのに力の差は歴然。焦って身を捩っても、それは無駄な抵抗というやつだった。
「ノイトラっ、血迷うなっ、深呼吸して落ち着いて考えてみろ!」
「お前こそ落ち着けよ」
 振り払おうとしても、緩むどころかますます力は強くなる。綱引きみたいな攻防がしばらく続いたが、先にバテたのは一護だった。息を切らしながら幾分低い位置にあるノイトラを睨みつけるも、目が合い一護は息を呑んだ。
 幼さを脱ぎ捨て、既に大人に近づきつつあるノイトラの鋭い目が、真っすぐに一護を見上げていた。その鋭い眼差しに一護は呑まれそうになる。
「なんで俺なんだよっ、他の、もっとこう、いいのがいるだろっ、ボインとかっ、キュっとしたのとかっ」
「お前がいい」
 取りつく島が無い。次の言葉を探そうと口をぱくぱくさせていると、膝裏に何かが当たった。あ、と思った瞬間、視界が九十度上向いた。いつの間にか寝台脇まで追いつめられていたのだ。
「わっ、ちょっ、タンマタンマ!!」
 慣れた寝台の柔らかさだが、今は不吉でしょうがない。両手を顔の横に縫い付けられ、細い体が一護の上にのしかかってくる。体のバネを使って滅茶苦茶に暴れた。
「暴れんなよ。縛られてえのか」
「っそ、そういうプレイはもっと大人になってからだ!」
「じゃあフツーにやるから、暴れんな」
 できない要求だった。仕方なく足を振り上げ渾身の力で蹴り飛ばそうとしたが、ガツン、と鈍い音がして、痛みに呻いたのは一護のほうだった。
「バカだろ、お前」
「‥‥ずるいっ、鋼皮なんて、反則だっ」
 骨が悲鳴を上げている。慰め程度に撫でたいが両手は自由が利かないし、一護にできるのは涙を浮かべて抗議することだけだった。
「いい加減にしろ! 藍染様に言いつけるぞこの野郎!」
「その藍染様に操立てでもしてんのかよ」
 怒気が、一瞬にして萎えた。ぽかんと口を開けてノイトラを凝視すると、呆れた顔で見下ろされた。
「グリムジョーのアホは気付いてねえがな、何人かは知ってる。もうガキじゃねえんだよ」
 一護の頬が一気に熱くなった。
 無邪気に駆け寄ってくるあの子も、恥ずかしがり屋のあの子も、無愛想なあの子も、全部全部知っていた?
 自分が何食わぬ顔で世話を焼いていたなら、あの子達も何食わぬ顔で世話を焼かれていたんだ。一護に気を遣って、何でもないよと。そうだ、そうに違いない。
 罪悪感が押し寄せ、泣きの寸前まで一護は顔を歪めた。
「‥‥‥‥ま、まさか、見たのか?」
 にや、と笑われて一護は絶望した。親達の現場を目撃した子供の話をよく聞くが、見られた親の心境とはこういうものなのか。顔を覆いたくなるほどだ。
 それもできない今、一護は顔半分を寝台に押し付けて羞恥心をやり過ごす。藍染に翻弄される様をよりにもよって見られるなんて、今度からどうやって子供達と顔を会わせればいいんだ。
「おい、俺のこと忘れてねえか」
 はっと視線を戻すと不機嫌な顔がすぐ近くにあった。子供の柔らかさなんてものはとうの昔に置いてきたと言わんばかりのノイトラの鋭い面差しに、思わず見蕩れてしまっていたら、それが更に近くなってついには一護に重なった。
「‥‥っ、ぐ、」
 咄嗟に顔を振って逃れようとしたが、頤を掴まれ力を入れられた。その拍子に薄く開いた唇の隙間から舌が滑り込んできて、驚くほど優しい動作で口内を探られた。
「一護‥‥」
 合間に囁かれた一護は不覚にも背筋が震えてしまった。快楽に弱いと藍染に揶揄されるこの体が恨めしい。
「ふ、‥‥んっ、ノイトラ、」
 先ほど痛めた脛に、ノイトラの指が辿る。袴を捲って侵入してくるノイトラの手は冷たかった。反対に舌はとても熱いような気がする。一護の膝裏を掬い上げると同時に、舌が上顎を舐めていった。思わず鼻にかかった声を上げると、ノイトラが笑った。嘲るのではなく、どこか優しいものだった。思わずきゅんとした。
「わっ、馬鹿っ」
 何を子供相手にときめいているんだ。
 気付けばノイトラの手は足の付け根にまで到達して、さすがの一護も目が覚める。
「よせっ、これ以上は」
「藍染様にバレなきゃいいんだろ。傷はつけねえ、うまくやる」
「そういう問題じゃ、ねえっ、」
 片手でノイトラの顔を押しのけるも、相手には大した苦にもならなかった。一護の抵抗を面白そうに見下ろしてくるだけだ。内股を撫でる手が、今度は意志を持って下着の中に潜り込もうとしていた。
「っあ、うそっ、うそだろ‥‥っ」
 目の奥が痛くなった。泣いていると気付いたのは、ノイトラの溜息が聞こえたときだった。
「そんなに嫌か」
 怒りを押し殺したような声だった。
「そんなに、藍染様がいいのかよ」
 涙を拭い、一護はゆっくりと半身を起こした。息は乱れ、その苦しさにやっと気付いたように体が疲れを訴えた。滲む汗をそのままに、一護は項垂れるノイトラへと恐る恐る手を伸ばす。逃げるという選択肢が無かったのが不思議だった。
「触んな」
 鋭い声に躊躇するも、一護は意を決して触れた。恐る恐る抱き寄せると、大人しく胸へと収まってくれた。
 もう襲われないと、妙な確信があった。
 しばらく無言だったノイトラだが、おもむろに手を伸ばすと一護の背中に回した。
「‥‥‥‥貧乳、固え、骨の感触しかしねえ」
 一護は無言でノイトラの頭を殴ってやった。鋼皮が痛かった。
「でも、悪くねえ。クソ、俺のモノにしてえな‥‥」
 くぐもった声でそう言われて、一護は悪い気がしなかった。可愛いと感じたのは果たして子供に対するものか、大人の男に対するものなのか諮り知ることはできない。
 そういえば藍染に好きだと言われたことは一度も無かったことを、一護は今になって気がついてしまった。
「ノイトラ」
「あ?」
「強くなれよ。藍染様よりも、強くなったら、‥‥‥‥そうだな、抱かれても、いいかな」
 息を呑んだのが分かった。さすがにびびったかと思って見下ろせば、何故か凶悪に笑むノイトラと目が合った。
「言ったな?」
「‥‥‥‥言った、けど」
「言った! 後で言わなかったとか無しだからな!」
 キラキラと、いやギラギラと輝く目でそう言われて、一護はうんと頷くしかなかった。まさか早まったかと思ったとき、再び寝台に押し倒されて唇を塞がれていた。
「これぐらいは許せよ。きっと長い道のりなんだ」
 それまで何もできないなんて耐えられない。低く掠れた声でそう言うと、一護の唇を熱いそれで濡らした。
「一護‥‥好きだ‥‥」
 藍染が決してくれないもの。
 目を閉じ、一護は黙ってノイトラを受け入れた。

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