子守りはつらいよ
06
「っぎゃ!」
突然抱きしめられて、一護は少々品の無い声を上げた。
「‥‥‥それはないだろう」
「いや、だって、」
他愛無い会話の最中だった。廊下の真ん中で、藍染に肩を引き寄せられたかと思ったら抱きしめてくるのだから、一護でなくとも驚く筈だ。
「いきなり何なんですか」
「何って、ただこうしたかったから」
理由にならない答えを言って、藍染が顔を近づけてくる。いつもは寝室で行われるそれに、一護はすばやく周囲を見渡した。
「集中して」
身を屈める藍染に対し、一護は少しだけ背伸びをした。藍染の白い長衣を握りしめ、ふっと重なる唇に緊張する。間を置かずに忍び込んでくる藍染の舌に優しく自分のそれを絡ませて、わずかに上がる水音に頬を染めた。
「こらっ、駄目だっ、リリネット!」
すぐそこで聞こえた子供の声に、一護は咄嗟に藍染を突き放していた。銀糸が二人の唇を繋いでいたが、ばばばっと袖で拭うと声の発信源へと顔を向けた。
「やべっ、見つかった!」
「だから言ったのに!」
柱の影から聞こえる声が二つ。押し合いへし合い、姿が見えたり見えなかったり。藍染は呆れていたが、一護はそれどころではない。顔を真っ赤にして柱に駆け寄ると、小さな影を引きずり出した。
「なにっ、してんだっ、お前らはー!」
それはおそらく向こうの台詞だろう。廊下のど真ん中で、なにしてるんだ自分。
「わ、私は、止めようとしましたっ、」
「嘘だねっ、見入ってたじゃん!」
「お前らっ、二人ともっ、こっちに来い!!」
一度藍染を振り返り適当に頭を下げると、一護は廊下を爆走した。両脇に子供を抱えながら。
「いいかっ、誰にも言うなよ?」
子供達二人の目の前には色とりどりのお菓子達。
一護がまず初めにしたことは、買収だった。
「言わない、言わない。一護が藍染様とベロチューしてたなんて誰にも言わないから、これ食べてもいい?」
特にリリネットは口が軽そうだ。よく一緒にいるスターク辺りにぽろっと喋ってしまいそうだが、あのぐうたらスタークなら言いふらすことは無さそうだ。たぶん。
問題はテスラだった。
「ノイトラには言うなよ? 絶対にっ、言うなよ!」
「はい。‥‥‥あ、でも」
「でも!?」
テスラは口ごもり、隣で菓子に飛びついているリリネットを見た。どうやら話しにくい内容らしい。一護はどっさりと菓子を渡してやると、リリネットを退出させた。
「でも、なんだ?」
「‥‥‥‥一護様は、その、ノイトラ様とも、あの、同じことを」
「うおわー!!」
一護は勢いよくテスラの口を塞いでいた。そして周りを警戒し、本当に誰もいないことを確認するまで解放しなかった。
「それ、ノイトラが言ったのか?」
テスラは首を横に振った。口を塞いでいた手を離してやると、偶然見たのです、と小さな声で言った。
一護は額に手を当てると天井を仰ぎ、大きく溜息をついた。
「申し訳ございませんっ」
「いや、いい‥‥」
床に這いつくばって謝るテスラを立たせてやると、一護は隣に座らせた。震える肩を撫でながら、そっと聞いてみた。
「俺を、軽蔑するか?」
「そんな!」
「藍染様と同じようなことを、ノイトラともしてるんだ。自分でも分かってる、最低だってな」
幾度も行われてきた秘め事だった。
誰もいない部屋に引きずり込まれるがまま。本当の意味で抵抗したのは最初の一回だけだ。密やかに睦み合うことに、今では馴れてしまった。繋がり合ったりはしないものの、際どい触れ合いは文句を言いながらも許していたし、藍染とは得られない喜びも感じていた。
「ノイトラ様は、いつも一護様を見ておいでです」
「あぁ」
「本当に、いつも、‥‥‥一護様の為に、強くなろうと、」
「知ってる」
テスラが唇を噛んで俯いた。きつく噛み締めるそれにそっと指を這わせて解かせると、一護はその小さな体を抱きしめてやった。
「ごめん」
「‥‥っ、いいえ、いいえ! 私こそ、困らせるようなことをっ、」
「お前は、良い子だな。可愛い、俺の自慢だ」
潰さないように、大事に胸に抱いて囁いた。できれば何も知らずに無垢に育ってほしいと思う。藍染の駒にさせたくないという思いが、いつしか一護の胸に芽生えていた。
「一護様‥‥っ」
泣きそうな声に、一護は優しく背中を撫でてやった。髪に口付け、頬を寄せる。こんな動作が自然にできるなんて、世話係を任ぜられたときは想像もできなかった。
「おい、いつまでそうしてんだ」
二人は同時に固まった。
一護が一拍置いて顔を上げると、そこには壁にもたれかかるノイトラがいた。それもひどく不機嫌そうだ。
「ノイトラ、様、」
ぶるぶると震えるテスラを一瞥すると、ノイトラが歩み寄ってくる。長い足であっという間に辿り着き、一護にしがみつくテスラの首根っこを捕まえるとぞんざいに放り投げた。
「行け」
短く告げて、ノイトラは呆然とする一護に覆い被さった。
しばらくぼけっと突っ立っていたテスラだったが、目の前の光景にようやく思考が追いつくと、顔を真っ赤にさせて一目散に部屋を出て行った。
最悪だと呟く一護へと、ノイトラがいつもの笑みを浮かべてこう言った。
「集中しろ」