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  お子様オレンジ  


「隊長も大きくなって」
「お前は俺の母親か」
「こんなに小さかったのに」
「親指と人差し指で測れるほど俺はチビじゃなかったぞ」
「小さすぎて気付かれずによく人にぶつかられてましたよね」
「特にお前にな」
「白い羽織に着られてるって感じで」
「ほお?」
「腰紐と身長が同じ長さで」
「喧嘩売ってんのか」
「それが今じゃあこんな図体に! あの可愛かった隊長を返してください」
「可愛くねえよ」
「女性隊員の中じゃマスコット的存在だったんですよ。首にストラップつけて持ち歩きたいって」
「殺す気か」
「あぁーあー。もうからかえないなー」
「それが本音なんだな」
 嘆く乱菊を見下ろして、冬獅郎は大きく溜息をついていた。








「浮竹隊長」
「おぉ、どうした一護」
「志波副隊長が呼んでいます。それから何度も言ってるようにいちいち屈まないでほしいのですが」
「すまんすまん」
「頭撫でないでください」
「可愛いなあ」
 挙げ句の果てに抱き上げられた。一護の足はぶらんと空を切る。
「菓子でも食べるか? 珍しいものが手に入ったんだ」
「甘いものはあまり好みません」
 チョコレートは別だけど。
 しかしそう言うのは嫌だったので一護は丁重にお断りした。
「では昼餉は? もう済ませたのか?」
「はい。朽木隊員と一緒に」
「それは残念だ。そうだ、明日は俺と一緒に食べよう。何でも好きなものを食べさせてやるぞ」
 片手一本で子供のように抱き上げられた一護は仏頂面を崩そうともしない。真面目そうに顔を顰めてやたらと自分を甘やかしてくる上司をうんざりしたように見つめた。
「明日の昼頃は現世で任務です」
「なに? もしや一人でか」
 そうだと頷けば浮竹は途端に渋い顔をした。
「それはいかん。海燕を連れていけ」
「自分はもう席官です。それに危険を伴わない任務などありません」
 固い口調で一護は上司を諌めた。明日は一人で臨む最初の任務なのだ。周りは自分を子供扱いして中々一人にさせてはくれなかったのが、席官入りしてからは本人が一層厳しい態度になったので周りも戸惑いながらもなんとか一人の任務を承諾してくれた。
「このような外見をしてはいますが自分はもう大人です」
 十一番隊の副隊長に次いで小さな体をしている一護。そんな部下を浮竹は心底心配だ、という目で見つめてくる。
「それでは失礼します。この書類を持っていかなければなりませんので」
 一護は軽い身のこなしで浮竹の腕から地面へと降り立った。そして小さな手足を動かしきびきびとした足取りで去っていった。


「どいつもこいつも! 俺をガキみたいに扱いやがって!」
 つい最近130センチを超えた小さな体を最大限に怒らせて一護は道をいく。周りは皆巨人だ、それが腹立たしくてならない。
「菓子でも食べるかだと? 馬鹿にしてんのかっ」
 同僚達の前で見せる固い態度はかなぐり捨てて、素の口調でぶつぶつと悪態をつく。こんな姿、誰にも見せられないが隠してばかりだとストレスが溜まる。
 ぷんぷん怒ってほとんど走る感じで歩いている一護だが、周りにしてみれば普通の歩調かそれよりも遅い。一護を悠々と追い抜く隊員達はその度に小さな子供を微笑ましそうに見下ろしていった。
「見下ろすんじゃねえよっ、ぶっ飛ばすぞコラ」
 周囲の耳には入らない程度で荒れた言葉遣いを晒していた。知らない者が見れば驚くだろう。一護は今とは真逆の優等生のような隊員で知られていた。
「いつかでかくなって全員ぎゃふんと言わせてやる‥‥‥っ」
 口は汚い言葉を繰り返し吐き出していたが表情は澄ましたままだった。自分の素を知られるわけにはいかない。一護は今以上に子供扱いされるのを恐れていた。
「わ!?」
 同僚達への復讐を誓ったそのとき、廊下の角で一護の体は吹き飛ばされた。見えるのは天井、そして投げ出された書類。
 瞬間的に悟った。自分はまた誰かにぶつかられたのだと。
「隊長っ、何やってんですか!」
「見えなかったんだ」
 見えなかっただと?
 廊下の床に仰向けになって一護は静かにキレていた。見えなかったとはふざけたことを言ってくれる。
「悪い」
 視界に大きな手が差し伸べられた。しかし一護はそれを無視して一人で立ち上がる。
「申し訳ありません」
「‥‥‥‥‥いや、」
 一護は無表情で謝罪すると落ちた書類を拾い始めた。しかしそうしていても相手は中々去ろうとしなかった。ちら、と視線を上げるとはるか高見にある目とかち合った。
「お前、隊員なのか?」
 隊員なのかって死覇装着てるだろ。それにしてもでかい男だな。嫌味か、それは俺に対する挑戦か?
「はい」
 言いたいことは色々あったが一護は本音を隠して短く返事をした。
「隊長失礼ですよ。久しぶり、一護」
「お久しぶりです、松本副隊長」
「相変わらず真面目ねえ」
 一護はさりげなく乱菊から距離をとった。一度海燕を通して紹介されたのだがそのとき一護はもみくちゃにされたのだ。
「志波さんから聞いたわよ。明日一人で任務に行くんでしょ、大丈夫?」
「問題ありません」
 それから膝を折るまでもありません、と一護は言った。
 誰も彼も自分と喋るときに目線を合わせてくれなくてもいい。見下ろされるのも癪だが自分に合わせられるのも気に入らなかった。
「この書類、十番隊のです。それでは」
 丁寧にお辞儀をして廊下の先へと消えた一護を、乱菊と冬獅郎は無言で見送った。それから乱菊がやってしまったとばかりに額を押さえて天井を仰いだ。
「怒らせちゃった」
「なんでだ?」
「あの子、子供扱いされるのが大嫌いなんです。かつての隊長みたいに」
 冬獅郎は一護が消えていった廊下を見やり、そして乱菊を見た。
「隊長はそうされると怒った顔して言い返してくるから分かりやすかったんですけど、あの子は内に溜めて怒ってないって顔するんです」
「怒ってたのか、あれ」
「怒ってましたよ。特に隊長の最初の一言で怒ってましたね、あれは」
 冬獅郎は自分の言った言葉を思い出す。
「事実を言ったまでだ」
「自分はそうされて怒ってたくせに。見えなかったって、チビって言ってるのと一緒ですよ」
「そうか」
 浮竹や藍染、市丸などとも肩を並べるまでになった冬獅郎を見上げ、乱菊はまた額を押さえた。
「体はでかくなっても男としてはまだまだですね」
「あぁ?」
「ほら、すぐ怒る」
 受け取った書類を冬獅郎に押し付けると乱菊はさっさと隊舎に戻っていった。冬獅郎はその後を追い、そして一度振り返った。
 最後に見えた一護の小さな背中。
 自分もあんなに小さく頼りなかったのだろうかと不思議に思った。








 無事、一人での任務を終えて一護は満足げに息をはいた。
 体は小さいが斬魄刀は誰よりもでかい。それでからかわれるときもあったが一護にとって己の刀は誇りだった。背中に背負えば柄が頭一つ、いや二つ以上は飛び出すがそれはまあよしとしよう。
 斬魄刀はもう一人の自分だという誰かの言葉を一護はいつだって信じていた。いつか、自分もでかくて立派な体になれる筈だ。
「おかえり、一護」
「‥‥‥‥浮竹隊長?」
 その後ろには清音、仙太郎、ルキア。
 わざわざ出迎えか。また子供扱いして、と内心一護は苛々とした。
「怪我をしただろう? 四番隊に行こう」
「‥‥‥‥どうして分かるんですか」
 たしかに腕に怪我をしたが血は拭ったし死覇装は切れていない。どうしてそんなことが分かるのか。皆の視線がまさに怪我をした腕に集中しているのに一護は気付き、まさか、と顔を強ばらせた。
「後を、尾けてきたんですか」
「いや、」
 見ていたのか。一人の任務を、それでは、
「手を出したんですか。虚が一体、どうしても数が合いませんでした」
「その、な? 危なかったんだぞ、お前」
「後ろから、ね? もう見てられなくって」
「大きなお世話だ!!」
 小さな子供に怒鳴られて大人達はびくりと体を震わせた。
「俺はっ、もう大人です! それをいつまでも、いい加減にしろ!!」
 素の言葉遣いが出てしまっているがそんなことは気にもならなかった。小さな体が怒りに震え、一護は顔を真っ赤にさせていた。
「馬鹿にすんな! 子供扱いしてっ、このっ、」
 涙腺が緩む。いけない、と思ったけれど言葉が、気持ちが止まらなかった。
「大っっっっっ嫌いだ!」
 叫び、そして逃げた。
 後ろから引き止めるように名を呼ばれたが決して振り返らなかった。気持ちが収まらなくて、今ならどんなに酷い言葉も言えそうで、しかしそうしてしまいたい反面それが何よりも怖いと思ってしまった。









 誰かが泣いている声がする。
 冬獅郎は首を巡らし、そして見つけた。
 刀だ。でかい刀が泣いていた。
「‥‥‥‥お前‥‥‥?」
 しかし刀が泣いている筈が無い。よく見れば泣いているのは刀を背負った子供だった。
「おい、どうした」
 小さな体を更に小さく丸めて一護は泣いていた。膝に埋めた顔は見えなかったが、かすかに漏れる嗚咽や鼻をすする音に泣いているのは間違いない。
「‥‥‥黒崎、だったか? 何かあったのか」
 一護は答えない。だが話しかけられて肩がぴくりと跳ね上がり、それから嗚咽を耐えるようにまた更に体を小さくしてしまった。
「松本が今日はお前が初めて一人で臨む任務だって言ってたな。失敗でもしたのか?」
「してねえよ!」
 冬獅郎は息を呑んで固まった。
 昨日見た姿と、だいぶ違う。
「一人でできたんだ! それなのに、あいつらぁっ」
 ぼろぼろ涙を零して一護は悔しそうに唸った。
 それを見て冬獅郎は自然と手を伸ばしていた。オレンジ色の柔らかい髪、しかし触れた瞬間振り払われた。
「触んな撫でんな子供扱いすんな!」
 振り払われた己の手を不自然に宙に浮かし、冬獅郎はぽかんと目を見開いていた。かつては自分も子供扱いされて憤慨していたものだが、こんなにも明け透けだったか。涙など、零していたのか。
「見下ろすんじゃねー! 俺より背の高い奴なんてダイッ嫌いだバーカ!」
 そして冬獅郎はどんと突き飛ばされた。しかし微動だにしない。反動で転んだのは一護のほうだった。
「大丈夫か?」
「ぅうー」
「怪我してんじゃねえか。ちょっと見せてみろ」
 転んだ拍子に一護の腕から止まった血が流れ出した。肘の上当たりから零れたそれは一護の小さな手指を赤く汚していった。
「ほっとけよっ」
「おい、俺は隊長だぞ」
「背の高い奴は皆敵だっ、お前らがでかいせいで俺が小さく見えるんだ!」
「無茶苦茶だな」
 仕返しに怪我をした腕をちょんとつついてやった。途端にぎゃんと叫んで一護は飛び跳ね、情けないほどに涙を零していた。
「ガキじゃねえか」
「違うっ」
「ガキだ。諦めろ」
 冬獅郎は大人びた笑みを浮かべ、手拭で血を拭い痛くない程度の力で一護の腕に巻いてやった。ぐすぐすと泣き続ける一護の濡れた頬も袖で優しく拭いてやり、そして小さな体を片手で抱き上げた。
「何すんだ!」
「軽いな。ちゃんと食ってんのか」
 一護は黙る。いつもお子様用の茶碗一杯が限界だった。
「食って寝て動けば勝手に背は伸びる。俺もお前くらい小さかったけどそれで伸びた」
 一護は信じられないような目を冬獅郎へと向けた。
「ガキ扱いされる悔しさは分かる。でもそれは心配されてんだ。大事ってことだ」
「でも」
「でかくなりゃいいってもんでもないけどな。懐の狭い人間にはなるなよ」
 懐の狭い人間の筆頭に上げられる輩が隊長格にも数名いるが、それは思考をよぎるだけであえて口には出さなかった。
「小さいナリだと侮られる。でもそれを逆手に取ってやれ」
 冬獅郎は手を伸ばすと今度こそ一護の髪を撫でた。一護も大人しく撫でられて、子供っぽく叫んだ己を恥じたように顔を赤くしていた。
「‥‥‥‥色々と、申し訳ありませんでした、日番谷隊長」
 冬獅郎は首を振り、そして気にするなというように笑った。
 その大層男らしい笑みに女性死神なら腰砕けになるところだが、一護は子供らしくにっこりと笑い返した。

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