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  甘口ゴールド  


 男は娘ににじり寄った。
「ふっふっふ、観念せい」
「嫌!」
 しかし抵抗も虚しく捉えられてしまう。男の指が娘の着物の帯に掛かり、くるくると回された。
「あーれー‥‥」

「何読んでんだお前らはぁああ!!」

「っキャー!!」
「っぅわあ!!」
 突然開かれた襖と現れた海燕の形相に一護とルキアは飛び上がった。
「朽木!」
「はひぃっ」
 ルキアが背中に隠した何かを海燕が奪い取る。それは本だ。少々如何わしい類いの。
「子供に何読ませてんだ!」
 物語はまさに娘が悪代官に手篭めにされるところだった。その先は一護には十年早い。
「いえ、あの、しかし、」
「志波副隊長」
「あぁ!? ガキがこんなもん読んでんじゃねえよ!」
「そのガキですが、どうやって生まれてくるのですか」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 海燕は答えに詰まる。一護はじっと、返事を待った。
「‥‥‥‥どうって、そりゃお前、あれだろ、」
「あれって何ですか。具体的にお願いします」
「朽木」
「海燕殿、お願いします」
 一護とルキア、一つは純真な目で、もう一つは明らかに面白がっている目が海燕を射抜いてくる。
 どうやって子供が生まれてくるかだと?
「そんなもん、」
 男と、女が。
「‥‥‥‥‥雄しべと、雌しべが、」
 ルキアがぶぶっと吹き出した。
「雄しべと雌しべ? あの花の、ですか?」
「お、おう、」
 しかし一護だけは真剣だった。それも信じようとまでしている。
「朽木隊員が分かりやすい本があると言って読んでくれていたのですが‥‥‥‥この話の続きで花がどう絡んでくるのですか」
「この娘の花が散らされるのだ」
「朽木!!」
 慌てて遮ったがもう遅い。一護はしっかりと耳にしていて、そしてどういうことだと聞いてきた。
「女の人が花なのですか? では男の人は?」
「狼だ」
「もういいやめろ!」
 海燕は乱暴にルキアの口を塞ぐと首根っこを掴んで部屋の外まで引きずって行ってしまった。一人残された一護はぽかんとするものの、すぐに立ち直ると確認の為に放置された本へと手を伸ばした。
「せい!」
 しかし寸でのところで戻ってきた海燕に阻まれることとなった。












「子供がどうやって生まれてくるかだって?」
 その声は食堂で意外なほど響き渡った。誰も彼もが振り返ってくるが、一護と視線が合うと皆さっと逸らしていった。
「雄しべと、雌しべが、えぇと、花が散らされるとか、あと男は狼?」
「誰に聞いたの」
「朽木隊員と志波副隊長」
 碌なことを教えない。
 弓親は眉を顰めて嘆息した。その隣で話を聞いていた一角がからかうように口を出した。
「お前、そんなことも知らねえのか」
「ハゲは知ってんのかよ」
「一角様だ!」
 ぎゅうと頬を引っ張られて一護は呻いた。この男は容赦がない。涙目になって小さな声で一護が謝ると一角はようやく離してやった。
「簡単だ。男と女がすることすりゃあ、できるもんもできるんだよ」
「‥‥‥‥することって?」
 痛む頬を押さえながら一護が聞けば、一角は当然のように答えを口に、しようとした寸前で弓親の裏拳をくらい椅子ごと後ろに吹っ飛んだ。
「君はまだ知らなくていいんだよ」
「なんで?」
「な、ん、で、も」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 妙な気迫に押されて一護はそれきり黙り込んだ。無言でお子様ランチ(一護とやちる限定)を口に運び、静かな食事が続いた。
「ぅぐ!?」
 突如として一護が呻いたのは背後から何やら柔らかいものを押し当てられたからだ。正確には挟まれたと言ってもいい。その正体を知ったのは、一護の視界に綺麗に手入れをされた爪が見えたときだった。
「ら、乱菊しゃん、」
「イヤーン舌足らず! んもう可愛いんだから〜」
 豊満な胸に顔を挟まれるという男にとっては夢の拷問を受ける一護だが正直苦しかった。お子様用のフォークを片手にもがいていると助けてくれたのは乱菊の上司に当たる男だった。
「その辺にしとけ」
「はぁーい。私、一護の隣ね!」
 勝手に横に陣取ると乱菊は大きな声で厨房へと注文した。一護を挟んでその反対隣へと冬獅郎は腰掛けて、咳き込む一護の背中を撫でてやった。
「なんか面白そうな話をしてたわよね? 子供がどうとかって」
 話を蒸し返されたくない弓親が曖昧に笑って話題を移そうとしたがそうはいかなかった。乱菊は隣に座る一護を胸へと押し付けるとその詳細を聞いた。
「子供はどうやったら生まれてくるのですか」
「あら」
 冬獅郎はぎょっとしていたが乱菊はさすが大人の女と言えるような落ち着いた態度を保っていた。会話が否応にも聞こえてしまう周囲の隊員達はあからさまにぎくしゃくとしているというのに。
「どうして知りたいの?」
 見上げる一護の顔は乱菊の胸ひとつと同じくらいの大きさだった。というのはどうでもよく、弓親や冬獅郎、食堂にいる隊員達はお願いだからそれ以上突っ込むなと心の中で訴えていた。
「うちの隊員の一人に子供が生まれたんです。それで、」
「それで?」
「それで‥‥‥‥‥‥俺も、欲しいなって」
 周囲では咳き込む音や吹き出す音、皿が割れたり箸を落とす音が一斉にした。ただ乱菊だけはぱちりと目を見開いただけで、あとはその顔に笑みを敷いた。
「そう。素敵ね」
 よしよしと一護の頭を撫でて乱菊はいっそう笑みを深くした。
「でも残念ながら私からは教えられないの」
「どうしてですか?」
「子供が出来る方法を教えくれるのは一人だけって決まってるからよ」
「一人だけ?」
「そうよ」
 一護の小さな鼻をつんとつついて乱菊はなおも言った。
「そのたった一人が誰なのか、自然と分かる日が来るわ」
 そこでなぜだか乱菊は冬獅郎へと視線を向けた。
「その人が手とり足とり腰とり‥‥‥‥ストイックそうな顔してがっつりムッツリ教えてくれるわよ」
「がっつりムッツリ‥‥‥‥」
 一護はふむふむと頷いて、そして尊敬したような顔で乱菊を見上げた。
 端で話を聞いていた弓親含め隊員達はもはや無言で食事を再開する。冬獅郎は一人、顔を真っ赤にさせていた。

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