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  Say,"Yes"  


 黒崎一護。
 同じクラス。同じ歳(当然だけど)。同じ性別。
 けど男みたいな奴だ。喧嘩はべらぼうに強いし(あの竜貴よりも)、口調も乱暴(だって一人称が”俺”)、でも成績はいい。
 それに手足が長くて無駄な肉ってのが無さそうだ。女の子ってのはほどよい贅肉があってしかるべきなんだけど黒崎はスレンダーでぱっと見胸が無い。けど本当はBカップだって知ってる。体育の着替えのときにちゃんと確認した。着痩せするタイプなんだ、ってちょっと感動したのを覚えてる。
 それからそれから、あのオレンジ色の髪!
 染めてないって聞いたときは胸がBカップあるって知ったときよりも感動した。竜貴の話じゃ母親譲りらしい。
 日本人の目は黒だって言うけどよく見れば濃い茶色だ。そして黒崎の目は薄い茶色だ。この間光に反射して蜂蜜みたいにキラキラしてたのを見たときはもう何度も言うけど感動した。
 黒崎一護。
 ”いちご”って名前。ギャップありすぎて初めて聞いたときはなんて可愛いんだろうって感動‥‥‥。
 とにかくこの黒崎一護というクラスメイトはとても目立つ存在なのだ。怖いって思ってる人間も多いけど実はそんなことはない。だって落とした消しゴム普通に拾ってくれるし、ドアとか先に通ったら押さえて待っててくれる。当たり前のことだけどそれを黒崎にされると”おぉ!”て思ってしまうのだ。
 ‥‥‥‥なんだかこんなことを考えてるとまるで私がものすごく黒崎を気にしてるみたいなんだけど断じて違う。ただちょっとどころかかなり目立った奴だから嫌でも目につくのだ。だから断じて好きだとかそういうのは一切無い。欠片も、微塵も。

「千鶴千鶴、欲望が口からはみ出てる」
「は!? 私何か言ってた!?」
 もしかして今考えてたことを口に出して言っていたのだろうかと狼狽えた。
「違う。よだれ、出てる」
「‥‥‥ぉおう、あれだわ、お腹空いたわねー」
「弁当食べたばっかだし」
 国枝鈴の冷静なツッコミから視線を逸らし、千鶴は目を泳がせた。とりあえず垂れたよだれは拭いておく。
「そんなに好きなら声掛ければいいのに」
 鈴の指差す先、千鶴が先ほどまで食い入るように見ていた方向は屋上だ。そこにはフェンスにもたれかかって昼休みを過ごす一護がいた。
「は!? 誰が!? 誰に!?」
「あんたが、黒崎に」
「ななな何言ってんのー!! 何で私が黒崎にっ、」
 誤摩化し方が必死すぎる。級友達は憐れみを込めた眼差しで千鶴を見やった。
「織姫には犯罪者みたいに迫るのに、何で黒崎だと遠くから眺めてよだれ垂らすことしか出来ない訳?」
 どちらも変態じみてるが一護相手になると千鶴は奥手(かなり贔屓目な言い方だ)になると鈴は言った。
「べっつに、私は黒崎のことなんかなぁんとも思っちゃいないわよ。あーあー、織姫どこに行ったんだろーなー」
「手芸部で噂になってるんだけど、石田君と黒崎君付き合ってるんじゃないかって」
「何ィ!? あのメガネと!?」
「あんたも眼鏡だろ」
 みちるの一言で豹変した千鶴の顔は嫉妬に燃える女の顔だ。獣のような視線は石田の席へと向けられたが、生憎まだ帰ってきていないらしい。
「みちるっ、どういうことか教えなさい!」
「怖いよ鼻息荒いよ。‥‥‥‥あのね、黒崎君の家から石田君が出てくるところ見たって子が」
「ぅおのれぇっ、石田ぁ! 黒崎に何した!? 手芸か? 手芸プレイをしたのか!?」
「どんなだよ」
「ああいう神経質そうなのに限って変態プレイを好むのよ! 私の黒崎がー!!」
「あんたのじゃないし、人のこと言えないでしょ。ていうかもう認めちゃってるよね」
 苦痛の声を上げて悶える千鶴をよそに予鈴が鳴った。それと同時に教室の扉が開き、一護が帰ってきた。
 件の石田雨竜と会話しながら。
「わぁ」
「なんかお似合いね」
 普段は冷徹そうな雨竜が薄く微笑んでいた。優等生である雨竜と世間では不良と見なされている一護が仲良く並んで会話をしている様に、しかし違和感は無い。
 二人はそれぞれの席へと戻らずに教室の後ろで談笑を続けていた。
「やっぱり本当だったんだ」
「石田君のあんな顔、初めて見た」
 一つの雑誌を二人で覗き込みながら何やら話をしていた。
「顔が近い! 離れろ!」
「小声で言わずに大っきい声でそう言ったら?」
「石田のバーカ! 眼鏡が壊れて明日休め!」
 そんな小声が二人に届く筈は無く、雨竜が何事か一護の耳に囁いた。
「耳にフーってしやがった!」
「内緒話しただけでしょ」
「内緒話!? 周りに聞かせられないような卑猥なことを!?」
「もう嫌だよコイツ‥‥‥‥」
 相手にするのがいい加減嫌になってきた。普段は織姫織姫言っているくせに、一護が傍にいるといつも反応を伺っているのだ。しかし一護のほうは興味が無いのか視界に入れば呆れた表情はするものの、特に大きな反応は起こさない。
「回りくどいことはやめて素直に言っちゃいなよ」
「そうそ。そうすりゃ少しは興味持ってくれるかもよ」
「ぅがー!! 肘同士が当たった!!」
「聞いてないよ」
 ちなみに織姫はもう教室に帰ってきている。いつもなら飛びつくのに今の千鶴は存在にすら気付いていない。
 二人を羨ましそうに、ときには嫉妬に狂った目で見つめ続けること五分。
 本鈴が鳴り響いた。
「っしゃー! 鳴った、鳴ったよ。石田、席へ戻れってコラ。先生が来てないからって後ろで立ち話してんじゃねー!」
 千鶴の呪詛が届いたのか、二人が雑誌をぱたりと閉じた。
 それにあからさまにほっとした表情を千鶴が浮かべたのもつかの間。

「じゃーな。続きはうちで」
「あぁ」

「千鶴‥‥‥‥‥」
「こいつが初めて可哀想に思えたかも」
 口と目を見開いて停止する千鶴に励ますように肩をたたき、そして一応本音を聞いてみた。
「で? あんたは黒崎が好き。それでいいのね?」
 すっかり項垂れてしまった千鶴の顔を覗き込む。
「‥‥‥‥石田の靴に画鋲入れてやる‥‥‥‥」
 つまりは、
「好きってことみたい」
「ね」

 黒崎一護が好きですか。


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