拍手小説<ギン一>

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 一護との出会いは鮮烈だった。
「ボク忘れてへんで。一護ちゃんに背後から襲われて、食いもん全部巻き上げられたこと」
「忘れろ。それはあれだ。時効ってやつだ」
 だがギンは決して忘れない。
 なぜなら初めて会ったときから、一護が好きだったのだから。






「一護ちゃんっ」
「んー‥‥‥‥」
 木の下で寝そべっている一護を見つけると、ギンはすぐさま駆け寄った。
「こんなとこにおったん。ボク随分探したんやで?」
「‥‥‥ん、」
 眠っていたのか一護の返事は言葉になっていなかった。
 ちっとも自分を見てくれない一護にギンは焦れて、また眠りの世界へと落ちようとしている少女の上に跨がった。
「うー‥‥重い」
「なんでボクに何も言わんとどっか行ってしまうん」
 二人の体の大きさはほとんど同じで、けれど一護のほうがわずかに背が高かった。そのことから一護はギンに対してあらゆる場面で優位性を示してくるのだが、それを鬱陶しいとギンが思うことはなかった。
 だが一つどうしても許せないのが一護の放浪癖だ。一緒に暮らしているというのに、一護は何も言わずにふらりと姿を消してしまう。一人残されるギンは不安ですぐに探しにいくのだが、反対のことをしても一護が探しにきてくれるということは今までに一度も無かった。
 それが面白くない。
 自分は一体一護の中で、どれほどの割合を占めているのだろう。
「だってよ、手水に行くのにいちいち断りいれるか?」
 どうやら目が覚めたらしい一護が下から見上げてそう言った。その目は早く下りろと言っていたが、ギンにはそうするつもりはない。
「いれへんけど」
「だろ? それと同じだ」
「でもっ、手水行って帰ってくんのに半日はかからんやろう!」
 最悪三日は帰ってこないこともある。そしてどこに行っていたのだと問いつめても一護は「散歩」だの「迷子」だの、のらりくらりと詰問をかわしてしまうのだ。
「今度行くときはボクも連れてって」
「アホ。手水行くのに二人はないだろ」
 そう言って一護は身を捩ってギンを体から落とそうとしたが、いつもなら引き下がる年下の少年は、今回ばかりはそうはいかなかった。
「いや」
「おい」
「いけず。なんでボクを一人にするんや」
 跨がっていた体勢からギンは寝そべっている一護へとぴたりと体を重ねた。伝わる温もりに、どきどきと鼓動が跳ねる。
 最近体の成長が著しい一護は前にも増して柔らかくなったような気がした。
「な、子供つくろ?」
 自分自身が子供といえる外見だったがギンにはたいした障害ではない。
 さすがの一護も子供を放ったらかしてどこかへ行くことはしないだろう。そうすればずっと傍にいてくれる。自分は一護にしか興味は無いし、これ以上の名案は無いと思えた。
 当の一護は黙って目をぱちぱちとさせてたが、やがて自分の胸に顔を埋めるギンの髪を優しく梳いてやった。
「一護ちゃん?」
 顔を上げるとすぐそこに一護の顔があった。そして乾いた唇が重なってくる。
 何度もそうしたいと思っていたことを、一護のほうからしてくれた。初めてのそれにギンはぴしりと固まり、一護はくすりと笑って角度を変えて何度も啄んでくる。
 時折唇を食まれたり、ぺろりと舐められて、それだけで頭の中が沸騰した。慣れた様子に、一護がこういう技をどこで覚えたのかと考える余裕など今のギンには無い。
 気が付けば上にいたギンは下にいて、一護に覆いかぶさられていた。
「はぁ、」
 唇が離れていく、それを名残惜しく思った。酸欠でぼうっとした視界には薄らと笑った一護が映っている。
 口付けで惚けてしまった少年を見てくっくっと笑うと、一護は肉の薄いギンの腹をゆるゆると撫でた。
「よし。これでできたぞ」
「へぁ?」
「子供。今のでばっちりだな!」
 そう言って満開の笑みを向けると、よっこらしょ、と一護はギンの上からどいた。
 固い地面の上で寝ていたので体の節々が痛かった。それをぐんと伸ばすと、ギンを置いて一護はすたすたと家へと帰っていく。
「え、‥‥‥‥‥ぇえ?」
 真っ赤な顔で己の腹を見下ろした。
 そこに、一護との子が宿っている筈もなく、まったくの子供扱いにギンはしてやられたと項垂れた。


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