拍手小説<浦一>

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 最近浦原がヤラしい。
 どうヤラしいかと言えば、たとえば口付けしている最中に胸などを触ってくる。最初に触られたときは驚いたが、まあいいか、と一護はそのままにさせておいた。自分で言うのもなんだが小さいし固いしあるか無いかと言われれば、正直無い。そんなものを触って何が楽しいのかと一護は思うが、揉まれれば大きくなるという噂に、内心淡い期待を抱いていた。
「あ、はぁ‥‥‥」
 最近自分は変だと一護は思う。
 今こうして浦原に口付けされ、死覇装の上から胸に触れられている訳だが、とにかく体が変なのだ。体というよりも変なのは感覚なのかもしれない。
 胸を弄られてもくすぐったいか、ただ触れられてるな、と思うだけだったのに、最近ではむずむずというかふわふわというか、とにかくたまらなくなる。
「なぁ、そろそろ、戻んないと、」
「帰しません」
「っん」
 舌も唇ももう感覚がない。それなのに浦原はなおも唇を重ねて舌を絡めてくる。膝に力が入らなくなって、座り込みそうになると片腕一本で抱き上げられた。いつもへらへらしているのに力が強い。男なんだな、と思うと一層鼓動が速くなった。
 吐息と水音と衣擦れの音が、辺りを濃密な空気へと変えていく。
「ねぇ、一護さん。今日こそ最後までしていいですか」
「さいご‥‥‥?」
 思考もうまく働かない。
 浦原が何を言っているのか分からなかった。初心だからではなく、口付けで蕩けた脳がその意味を理解するのに、今の一護には少々時間が必要だった。
「大丈夫。アタシに任せて」
 最後までって何だっけ、とぼうっとした頭で考えていると、視界が九十度回転した。見えているのは天井、いや嫣然と微笑む浦原だ。
「ちょっと、我慢してくださいね」
 そう優しく言われて一護は素直にうん、と頷きそうになって、やめた。
「ちょっ、ぅわっ、ぇええ! おまっ、やめろよバカ!」
 やけに足がすーすーすると思ったら袴を履いていなかった。あれ、俺って履いてくんの忘れたのか、と一護が錯覚するほどの早技に唖然とし、次いで猛烈に暴れまくった。
「一護さん、落ち着いて!」
「お前ほんとありえねえっ、わーもーヤダ! 帰る!」
 捌かれる前の魚がまな板の上で最後の抵抗とばかりに跳ねる様を浦原に連想させ、一護はまさに白魚のような足で必死に蹴りを繰り出して逃げようとした。
「ナイスアングル! って痛っ、痛い!!」
 袴を履いていない状態で蹴りを出せば際どいところまでばっちり見える。そこに釘付けになっていた浦原はげしげしと一護に蹴られてソファの上から落とされた。
「何で逃げるんですかぁ!」
「お前も何でヤろうとするんだよ!」
「好きだからです。心も体も一つになりたいからです。一護さんの一番奥まで入りたいからで」
「だ ま れ !!」
 踵落としを決めようと足を振り上げた。
「待って、話を聞いてくださいよ」
 だが脳天へと振り下ろされる寸前で、一護の足首を掴む。そのまま引き寄せてちゅ、と音を立てて唇を落としたら怒りで染まっていた一護の頬が羞恥の赤へと変わった。
「いや、素晴らしい眺めですね。絶景かな」
「離せよ変態!」
 際どいところをじろじろと見られて一護は死覇装の上で隠そうとするが、片足を高い位置で持ち上げられている為にうまくバランスがとれない。
「っわ、」
 そしてまたソファへと逆戻りしてしまった。さっきと違うことといえば、浦原の肩へと片足が掛けられて体を割り入れられている。隠すものなど何もないといったところだ。非常にマズい。
 この危機的状況をどう切り抜けようかと頭の中でぐるぐると考えたが、頭で考えるよりも行動で示すほうが得意な一護はすぐさま拳を突き出した。
 しかしそれさえも受けとめられて、頭上へと縫い止められてしまう。
「観念なさい」
「お前は悪代官かっ」
「ああ、帯をクルクルして欲しかったですか? それはまた今度しましょうね」
 正直、一護は怖くてたまらなかった。
 ここは雰囲気をぶち壊して浦原のヤる気を削がせるしか無い。相手が引くぐらいに変な顔でもしてやろうかと思っていると、内股にぴりっとした痛みを感じた。
 見れば浦原が唇を押し当てて吸い付いていた。唇が離れるとそこには赤い痕。
 絶句した。しかし逃げ場は無い。
「ねえ? アタシ優しくしますよ、初めてでも気持ち良くさせますから。お願いですからうんと言ってくださいな」
「やだっ」
「どうして?」
 衿の合わせ目から手が入ってくる。直接胸に触れられて、一護の唇から掠れたような声が漏れた。
「だってっ、無理だ、絶対無理!」
 一護はどうしても浦原に体を許せない理由があった。
 あの話を聞いたとき、正直勘弁と思った。浦原のことは好きだが、それはどうしてもできない。初めてなのにそれはあんまりだと思ったのだ。
「一護さん?」
 様子のおかしい一護にぐっと顔を近づけた。間近で見る一護の目には困惑が揺れている。
「だって、だって言ってたっ、」
「何をです」
 泣き出す一歩手前のように潤んだ一護の瞳を見てしまうと、浦原は急激に愛しさがこみ上げてくる。怯える一護を安心させるようにそっと唇を合わせて、優しく見つめ返した。
「何か言われたんですか」
 誰かが余計なことを一護に吹き込んだらしい。
 どうせ初めては痛いだの場合によっては死ぬだの言われたに違いない。だが痛いのはしょうがないとして、死ぬほど気持ちよくさせる自信が浦原にはあった。
 一護は言っていいものかと視線を彷徨わせると、決心したのか口を開いた。

「だって夜一さんが言ってたっ。‥‥‥‥‥‥浦原に体を許したら、変態行為の限りを尽くされるって!」

「‥‥‥‥‥え?」
 浦原の頭が出来の悪い機械のようにフリーズした。
「蝋燭とか鞭とか、俺ムリだからな!」
「は!? ええっ、ちょっと、そんなディープな趣味は持ち合わせていませんよ!?」
 やるなら薬とか大人の玩具、と言いかけて慌てて口を噤んだ。それを言ったらお終いだ。
 一護はいまだに胡散臭げに見上げてくる。
 正直そんなことを信じてほしくはなかったが、浦原だから、と一護に思われていることにはまったく気付いていなかった。
「するなら普通がいい。俺、お前のこと好きだけど、それはかなり無理だ‥‥‥‥っ」
 そう言って一護はしくしく泣きはじめた。
 本気で嫌なのだろう。浦原はもちろんそんなことをするつもりは無いが、今ものすごく嬉しいことを言われた気がする。
 夜一への怨み言はとりあえずどこかへと追いやって、先ほど言われた言葉を頭の中で何度も再生した。
 そして己の体の下で震える一護を抱きしめて、涙を拭ってやった。
「ええ。普通に愛し合いましょ」
「‥‥‥道具とか、使わない?」
 それは追々‥‥‥、という言葉を笑みに隠して浦原はもちろん、と頷いた。
 一護はじっと浦原を見上げると、やがてぷいっと顔を背けた。
 そして、
「じゃ、‥‥‥‥うん。いいよ」
 その瞬間、浦原は感動したように表情を歪ませた。
 初めて見る表情に一護は虚をつかれ、あれだけ感じていた恐怖がどこかへ行った。自分の一言で、目の前にいる男が感動で震えている。それがただただ不思議で、そして嬉しかった。
 両手で浦原の頬を包み込む。
「それじゃあ、愛し合おうか」

 その感動を、分かち合おう。


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