拍手小説<企画、拾い子>
一護は冬獅郎から貰った菓子を口にした。甘い風味が口いっぱいに広がる。
「美味いか」
うん。
そう思って、頷いた。けれどいつもとどこか違う。美味しいのに、違うのだ。
「一護?」
俯いてしまった一護にどうかしたのかと冬獅郎は顔を覗き込んだが、無表情に見返されるだけだった。一護は言葉を必要としないので、何が言いたいのか分からない。
「どこか痛いのか」
違う。
「腹か」
違う。
「じゃあ、」
冬獅郎は書き損じた書類の裏を机に置くと、一護に筆を持たせてやった。一護は筆を墨につけると、やがて拙い字で自分の言いたいことを書いた。
『剣八』
「ああ」
八の二画目がやたらと長かった。漢字の練習が必要だと冬獅郎は思った。
それから、
『やちる』
「そうか」
ひらがなはもう完璧だ。あとは難しい漢字、特に自分の名前である護がまだ書けないのだ。
そして、
『さびしい』
「‥‥‥一護」
剣八とやちるは今護廷にいない。瀞霊廷にすらもいない。
現世に、長期の任務で赴いているのだ。一護は一緒には連れて行かれなかった。ちょうど別の任務のとき、二人は行ってしまったのだ。
今日で二日目。一護はとても心細かった。
しかしその心情を解してくれる人は、いない。今こうして字にして初めて知らせることができたのだ。あの二人がいなければ、自分は何もできないと一護は思い知ってしまった。
「あと三日の辛抱だ」
一護は無表情で、もう一度『さびしい』と書いた。
「一護、‥‥‥‥ほら」
小さな机を挟んで冬獅郎は向かい側に座っていた。そして両手を広げて一護に不器用に微笑んだ。
一護は無言無表情で冬獅郎をじっと見つめた。それが一分、二分と続く。
動こうとしない一護にやはり自分では駄目か、と冬獅郎が諦めて腕を下ろそうとしたとき、一護がのそのそと畳を這って傍までやってきた。それからまた一分、二分が経ち、冬獅郎はその間じっと待っていた。
一護は無言だが、こうしている間も何か言っているのだろうか。その声が自分には聞こえないが、せめて目だけは見てやろうと冬獅郎は思う。
こちらをまっすぐに見つめる少年に、一護も見つめ返す。真白な髪、それをとても綺麗だと思い、一護は手を伸ばし指でちょんと触れた。
「お前の髪も綺麗だ」
なぜか一護の言葉が分かった気がして冬獅郎は同じように褒め、髪を撫でてやった。その優しい感じがとてもやちると似ていて、一護の中で寂しさが更にむくむくと膨れ上がった。
そして、無言で冬獅郎にしがみついた。
「‥‥‥‥‥!」
冬獅郎は感動と驚きで目を見開いた。恐る恐る髪をもう一度撫でてやると、今度はぎゅうぎゅうと力を込めて一護はしがみついてきた。
寂しい寂しいと一護の気持ちが伝わってくるようで、冬獅郎はオレンジ色の髪に頬を寄せて大丈夫だと言うように抱きしめ返した。
なるほど、言葉など必要ない。
こうして抱きしめて触れ合っていれば、一護の気持ちが流れ込んでくるのだから。
「おい、一護。いい加減離れてやれ」
「嫌!」
そう言ったのは雛森だ。一護は雛森にしがみついて離れようとしない。
「雛森ちゃん、おじさんにパスしてくれる?」
「駄目です」
京楽には絶対に渡すまいと雛森は一護を抱きしめ返して目上の人間だろうがきっと睨みつけた。
どうやら一護は雛森が一番のお気に入りらしい。様々な人間に一護は抱きつき、そう結論を出したのだ。ちなみに次点は狛村で、あのふかふかがたまらないと思っている。
雛森はやちるを思わせる幼児体型が気に入った理由なのだが、それは誰も知らぬことだった。
「雛森、」
「シロちゃんは黙ってて。ね、一護くん、今日はお姉ちゃんの家に泊まろっか?」
剣八とやちるがいない間、一護は十一番隊の隊舎に泊まっていた。
雛森の申し出に、一護は素直に頷いた。
「きゃーやった!」
「ずるい雛森っ、私も一緒に泊まっていーい?」
一護は頷いた。乱菊も柔らかくて好きだ。
「よっしゃ! ザマミロ隊長」
「ああ!?」
冬獅郎が威嚇するも乱菊も雛森も気にしちゃいなかった。男連中を排し、一護を中心にきゃあきゃあとお泊まりの計画を相談し合っていた。
一番面白くないのが冬獅郎だ。最初に抱きつかれたのは自分だというのに、一護はあっさりと他の人間のところに行ってしまっている。
なんだよなんだよなんだよ‥‥‥!
声に出さない声が届いたのか、ふいに一護がぱっとこちらを振り向いた。
「っな!」
頭を撫でられた。そして手を引っ張られ、連れて行かれる。
「駄目よ、一護ちゃん。ぺっしなさい、ぺっ」
一護はふるふると首を振った。どうやら連れて行きたいらしい。
「‥‥‥仕方ない。隊長、寝るのは別の部屋ですからね」
「俺は別にっ」
だがそのとき一護にぎゅ、と手に力を込められた。視線を合わせると、行かないのかと言われた気がして、ここで断れる人間などいないと自分に言い訳し、やがて冬獅郎は渋々了承した。
その瞬間、良かった嬉しい、そう聞こえた気がした。