別れで始まる恋もある 01
紫煙をくゆらせ、一護はぼうっと空を見上げていた。雲がゆっくり頭上を通り過ぎてゆき、形を変えていく様を飽きることもせずに眺めていた。
「校内は禁煙ですよ」
そんなことは知っている。けれど聞く気は無い。
注意してきたのは生徒で、一護は教師だ。横目でちら、と見ると生徒はなぜか心配そうな顔をしていた。
「そんなもの吸って、体に悪いです」
だったら、と一護は吸い込んだ煙を生徒に吐きかけてやった。予想もしていなかった一護の行動に、生徒はまともに煙を吸い込んでしまい、げほげほと咳き込んだ。
「体に悪いんだろ。あっち行ってろ」
革製の灰落としを取り出し、コンコンと煙管を打ちつける。吸うのをやめるのかと生徒は期待したが、一護は新たな刻み煙草を取り出して、火皿に入れようとしていた。
「いつまで吸ってるんですかっ」
「うるせえな。お前、生徒のクセして俺に命令するんじゃねえよ」
火をつけようと羽織の袖を探り、燐寸を取り出した。ボッと火が灯り、それを火皿に近づけたとき、強い風が吹いて燐寸の火が消えてしまった。
「浮竹っ」
「吸うなって言ってるでしょう!」
一護の腕を掴んで浮竹が火を消したのだ。
「お前には関係ねえだろ! 山本のお気に入りだからって生意気言ってんじゃねえぞっ」
浮竹ともう一人、この二人を元柳斎はとても気に掛けていた。それは一護のも分かる。剣術の授業を担当している一護の目から見ても、二人の実力は抜きん出ていた。
「将来子供を生むときに後悔しますよ」
「っは! ガキは嫌いだ」
弱くて泣いてばかりで、一護は子供が大嫌いだった。統学院の教師になんぞなりたくなかったが、元同僚の元柳斎のたっての頼みで引き受けたにすぎない。
だがそれも今では後悔している。生徒はどいつもこいつも一護を苛立たせて、大した力も無いのに生意気ばかり言ってくる。そういう奴は剣術の授業で手痛いお仕置きをしてやるが、容赦の無いそれに元柳斎に度々叱られるのだ。
「貴方みたいな人が教師だなんて、俺は認めません」
「お前みたいなガキに認めてもらおうなんて思っちゃいねえよ」
火を入れ、再び紫煙が踊る。
口を噤んで立ち尽くす浮竹に不機嫌な視線をやり、一護は早く失せろと目で言った。その気になればこの煙管一本でやり込めることだってできるのだ。生徒相手に大人げないとは思うが、一護はじわりと霊圧を上げた。浮竹はびくりと肩を震わせ、そして去っていった。
はぁ、と息をはく。紫煙がゆらゆらと揺れ、一護はそれをいつまでも眺めていた。
「君も、嫌いなら話しかけなければいいじゃないか」
ぷりぷりと怒って戻ってきた親友に、話を聞かないまでも何があったのかは京楽には分かってしまった。
「あんな不良教師を元柳斎先生はどうして推薦なさったのか‥‥‥‥っ」
教科書を机に叩き付け、苛々とした仕草で浮竹は席に着いた。その隣で京楽は苦笑する。気に入らないと思っている割りにはこの親友は一護にいつも突っかかっていくのだ。それはまるで構ってほしいと言っているようで、だがそれを口にすれば浮竹は怒り狂うので黙っておいた。
「でも一護ちゃんの剣の腕前は君も知ってるでしょ」
「それは、俺も認めるが、しかし、」
一護は教師だが京楽は気軽に「一護ちゃん」と話しかける。その呼びかけに一護は不機嫌そうな視線を返すか無視するからのどちらかだが、京楽は気にしない。
「山じいと同じ隊長まで登り詰めたのに、何でやめちゃったのかねえ‥‥‥‥」
「やめたんじゃなくてやめさせられたんじゃないのか」
浮竹は優等生で、教師達の期待も高い。教師からは気に入られるような存在だが、一護にとってはそうではなく、そして浮竹にとっても一護は気に入らない存在だった。
教師は生徒にとって手本とならなければならないというのに、一護はそんなことは知ったことかと言うように自由気ままに振る舞う。それが浮竹には我慢なら無いのだ。
「この間なんて、生徒に向かって『お前、学校やめろ』と言っていたんだぞ!?」
「あ〜‥‥‥」
浮竹は同じ生徒からの信頼も厚く、自然とそういう相談を受けたりしていて、一護の噂というか悪行も耳に入ってくるのだろう。
しかし京楽は親友ほど一護を嫌ってはいない。むしろ好いていた。
本音を隠さず思ったことを開けっぴろげに言う一護の気質は好ましいと思っている。それを気に入らないと取るかどうかはその人によるが、少なくとも京楽はそんな一護が気に入っていた。
大多数の生徒は一護が冷たい人間だと思っているようだが、本当は違うのではないだろうか。時折、何かを耐えるように目を伏せる一護を見ると、京楽には一護が冷たいだけの人間だとは思えないのだ。
「俺はあんな教師は認めないっ」
「まあまあ。今年でもう卒業じゃないか」
そう言うと、浮竹は虚を衝かれたように息を止め、目を見開いた。
「君の嫌いな黒崎先生とはお別れだね。良かったじゃない」
浮竹は黙り込み、机に置いた手をぐっと握りしめた。
「嫌いなんだろう? もう二度と、会わなくて済むね」
親友の反応を伺いつつ、京楽はぺらぺらと喋り続けた。浮竹は苦悶ともいえる表情を浮かべ、何も無い机を睨みつけていた。
「‥‥‥‥‥‥そうだな、せいせいする」
嘘つけ。
京楽は内心で大きな溜息をついてやった。