拍手小説<ギン一> 02

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 目覚めたら一人だった。
「一護ちゃん‥‥‥」
 一緒の布団で眠っていたのに。置いていかれないようにギンは一護に抱きついて、足を絡めてしがみついていた。
 けれど隣には誰もいない。寂しさがこみ上げて、ギンは一護が眠っていた場所に寝転び残り香を手繰り寄せた。
「どこ‥‥‥‥」
 今このとき、一護はどこで何をしているのだろう。






 三日後、一護はぼろぼろになって帰ってきた。
「どしたん!?」
「土産」
 心配するギンには答えずに、一護は重そうな包みを床へと投げた。床に当たって硬質な音を発するそれをギンは訝しく思いながらも開けてみる。
「これ、」
 中には見たことも無いような大金が詰まっていた。当分は楽をして暮らせるだけの。
 どういうことだと一護を問いつめるが、本人はどうやって手に入れたのかは決して口を割らなかった。簡単に手当をするとそのまま布団に入り、死んだように眠ってしまった。
「一護ちゃん、どこ行っとったん?」
 答えてはくれないと分かっていても聞かずにはいられなかった。あばら屋の玄関にはギンと、そして一護の血に染まった草履、そして。
 初めて見る刀。それが立てかけてあった。
 近づいて抜いてみると、それも血に染まっていた。
「何、しとったん‥‥‥‥、」






「待って!」
 出て行こうとした一護の背中にギンは声をかけ、そして必死に追いすがった。
「まだ寝てろよ」
「どこ行くんっ、そんな、刀なんか持って、」
「ただの用心だって」
 けれど斬ったのだろう?
 その言葉が喉まで上がり、ギンはそれを呑み込んだ。
「ボクも行く、」
「駄ぁー目。お前、すぐ疲れたって言うし、文句多いし」
「そんなん言わんっ、やから、お願いやから、」
 一緒に連れていってくれと懇願したが、一護は困ったような笑みを浮かべ首を振るばかりだった。
「ちゃんと帰ってくるから、な?」
 抱きしめられて背中を優しく撫でられても、ギンは嫌だと言うように一護にしがみついて行くな、行くなら連れていってくれと何度も繰り返し訴えた。
「ギン、」
 少し下にある少年の銀色の髪に一護は頬を寄せ、唇を落とした。
「ギン、俺の可愛いギン、」
 囁くようにそう言って一護はギンの顔を覗き込んだ。こちらを一心に見つめる瞳はあどけなく、そして必死だった。頬を撫で、体重をかけて床へと押し倒した。
「お前は俺の帰りを待っててくれ」
 唇ではなく鼻先を啄まれて、ギンは物足りないと言うように眉を寄せた。そんなギンを見て一護は笑い、そして悩ましげな仕草で体を撫でてやった。
「‥‥‥‥帰ってきたら、もっとすごいことしてやるからな」
 そう言って笑う一護にギンは見惚れ、その台詞に全身を震わせた。
「今は行かせてくれ」
 体をどかせると一護はすべるような動作で玄関をくぐり、そして闇夜に消えていった。






 一週間経った。
 家の前でギンは一人、一護の帰りを待っていた。
 捨てられたとは思っていない。ましてや死んだなんてことはほんの少しも考えていなかった。一護は帰ってくると言っていたし、それに帰ってこなかったことなど一度も無かったからだ。
 けれど寂しい。
 こんなにも長い間一人にされたことはない。
 寂しさがこみ上げてきて、それが涙となりギンの細い目から溢れ出しそうになった。
「‥‥‥‥‥一護ちゃん、」

「ただいまー」

 聞き間違いか、とギンは顔を上げたが視線の先には誰もいなかった。やはり聞き間違いだと分かり激しく落ち込んだ。
 駄目だ、もう泣く。泣いてやる。
 座り込み、膝を抱えて涙がこぼれる寸前だった。
「あーもーすっげー疲れたし」
 ぼろぼろの一護が裏口から現れ、そして倒れるように居間に寝転んだ。驚いて振り返ると確かに一護が目の前で仰向けになって寝転んでいた。
「一護ちゃん!?」
 足をもつれさせ、倒れ込むように一護の傍まで走り寄った。目を閉じた一護がゆっくりと目を開き、そこに自分の姿が映った瞬間、ギンは無言で目の前の存在を抱きしめていた。
「一護ちゃんっ、一護ちゃんや、」
 力加減も忘れぎゅうぎゅうと抱きしめてくる少年の頭をよしよしと子供のように撫でてやり、一護は力を抜いて微笑んだ。
「ごめんな」
「許さんっ、ボクを、長い間一人にさして、どんだけ寂しかったか、」
 一護の胸に顔を埋めてその存在を確かめるようにギンは抱きしめ、その感触を、匂いを、暖かさを実感した。
 一護は何も持っていない手を振り、溜息を落とした。
「ちょっとドジ踏んじまってな、金、落としちまった」
「ええんや、そんなもん、」
 金などいらない。食べ物も、安全な暮らしも、そんなものは何一つ入らないのだ。
 一護がいれば、二人でいれば、それだけでいい。
「ようやっと二人や」
「うん」
 街から離れたところにあるあばら屋の周囲は静かで、この世にたった二人だと錯覚させる。ギンは柔らかい体を抱き込み、口付けをねだるように頬を寄せた。
「可愛いなぁ、お前‥‥‥‥」
 愛しいものでも見るかのように一護は目を細めてみせた。そして望み通り唇を重ね、優しく舌を絡める。
 抱き合いながら夢中になって口付けをし合っていると、息を乱したギンが期待の籠った眼差しを向けてきた。
「‥‥‥すごいことは?」
 出ていく前に約束したそれをしてほしくて、ギンが甘えた仕草で目を覗き込んでくる。それに薄く笑い、一護がギンを下に敷いて、その腰紐に手を掛けするりと解いた。
 少年らしい未発達の筋肉を纏った素肌に一護が手を這わし、胸板に唇を寄せたとき、
「‥‥‥‥‥‥‥‥一護ちゃん?」
 動きの止まった一護を不審に思い、ギンが顔を覗き込む。
「‥‥‥‥‥寝とる‥‥‥‥」
 すうすうと小さな寝息が聞こえる。自分の胸に頬を寄せ、一護は眠りこけていた。
 よほど疲れていたのだろう、起きる気配はまったくない。
「‥‥‥‥‥残念」
 それでもくすりと笑い、ギンは幸せそうな表情で一護を見下ろした。
 自分のところに帰ってきてくれた。それだけで十分心が満たされた。
「お帰り」
 一護を守るように抱きしめ、そして一緒に眠りに落ちた。


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