拍手小説<グリ一 02>
鼻先に突き出されたものを見て、一護はきょとんとした。
「何?」
「花だよ」
「それくらい分かる。チューリップだろ」
グリムジョーとチューリップ。
これほど凶悪な組み合わせは無いと一護は思う。なんだかチューリップが可哀想だ。
「それからメット、これは免許証だ」
指差した先にはバイクのハンドルにメットが二つ掛けられていた。そして免許証のグリムジョーは見る者にガンを飛ばしていた。
「三つ揃った」
チューリップだけが浮いていたが何やら勝ち誇った顔でいるグリムジョーを一護はぼけっと眺めていた。
「約束だ」
「何の?」
グリムジョーはひくりと口元を引き攣らせた。
「全部揃えたらバイクに乗るって言っただろ!!」
「言ったっけ? いや、言ってねえよ、うん」
出直してこいと言っただけだ。そして今グリムジョーは出直してきた訳だが、一護がバイクに乗るかと言えばそれはまた別の話になってくる。
「お前っ、その態度はねえだろっ、人に期待持たせやがってっ」
「俺が悪いの?」
何となく受け取ったチューリップの香りが芳しい。その香りを堪能しながら一護はぎゃあぎゃあ煩いグリムジョーをどう追い返そうか考えていた。
「ロイでも乗せたら? 俺なんかよりずっと可愛いし」
「なんであのチビを乗せなきゃなんねえんだ!」
バイクを買ったときは乗せて乗せてとしつこくまとわりつかれたが、グリムジョーがそれを叶えてやったことはない。それどころか触っただけで蹴りつけてやった。
「ウルキオラとかイールとか。美人だしいいんじゃね?」
「良くねえよ!」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「お前が乗れよ!」
「ヤ」
はっきりそう言って一護はぎゅっと眉を顰めた。バイクには乗らないと母の墓前で誓ったので一護は絶対に乗らないのだと言った。もちろん嘘だけど。
「でも免許取れたんだろ? 良かったじゃねえか。これで職質受けても逃げなくて済むな」
青い髪に凶悪な容貌。歩いているだけで警察に目をつけられる。
以前は免許を持っていなかったのでグリムジョーは逃げなければならなかったが、これで堂々と免許証を提示できると一護は褒めてやった。
「そんなことどうでもいいんだよっ、とにかく乗れ!」
そう叫んでグリムジョーは一護を抱え上げた。バイクの後部シートに下ろされた一護だが、すぐに地面に下りようとする。
「ヤダって言ってるだろ!? 誰かっ、おまわりさーん、攫われるー!!」
「バっ、やめろっ、洒落になんねえから!」
一度二人で歩いていて職質されたことがある。青い髪にオレンジ色の組み合わせ。お世辞にも普通の学生とは言えない風貌だった。
怒ったのはグリムジョーだ。警官を殴ろうとする彼を止めるのに一護は随分苦労した。
『あのヤロウっ、お前まで色眼鏡で見やがって!』
その言葉が実は嬉しかったとそのとき言えなかった。
公務執行妨害で前科者にしてやればよかったのに。そう言ったのはウルキオラだけど今考えることではないので一護はとりあえず目の前のグリムジョーに意識を戻した。
「絶っっっ対乗らない」
「‥‥‥‥分ぁったよ。もう言わねえ」
これ以上は言っても無駄だと悟ったのかようやくグリムジョーは一護を離した。けれどグリムジョーは不満だ、という顔を隠そうともせず、いつもの凶悪な顔つきが一層険しいものへとなっていた。
「そんな顔すんなよ。俺が悪いみてえじゃねえか」
「ああそうだよな、俺が悪いんだよなっ」
「そうそう。勝手に期待したお前が悪い」
やけくそになって言ったグリムジョーにそう言ってやればものすごい目つきで睨まれた。その目に睨まれたらそれすなわち死、と言われるほどだが一護はさらりと受けとめた。
バイクのシートに座ったまま、一護は足先でちょんちょんとグリムジョーを突いた。
「なんだよ」
不機嫌な声だ。
「機嫌直せよ。そうだ、昨日買ったジャンプお前にやるから」
「捨てんのがめんどくさいだけだろ」
一向に直らない機嫌にどうしたものかと考えていると、グリムジョーが無言で顔を近づけてきたので一護は咄嗟に貰った花で防御した。
「キスくらいさせろ」
「‥‥‥‥‥舌入れない?」
「入れなかったらしていいのか」
うん、と頷いたらすぐさまキスされた。たしかに舌は入れてこなかったが唇を噛まれたり舐められたり、一護にとってはとんでもなくエロいキスで、そしてそれは長かった。
今の一護はシートに座っているからグリムジョーよりも目線が高い。下から掬い上げるように何度も唇を重ねられて、一護は後ろに倒れないように必死にグリムジョーの服を握りしめていた。
「‥‥‥‥はぁ」
離されて、唇の周りがべとべとになっていた。自分の服の裾で拭うのは嫌だったので、グリムジョーので拭ってやった。
「お前の唇、すっげえ柔らかいのな」
低い声でそう囁かれた。キスした後のグリムジョーは何かのスイッチが切り替わるのか、普段よりもなんだか色気があると一護は思った。
「グリムジョーは薄いよな。ロイは柔らかかったけど」
「‥‥‥‥‥‥あ?」
実を言えばファーストキスはディ・ロイだったりする。
そう告白すればあんなに纏っていた色気はどこかへ行き、今のグリムジョーは間抜けなほどに固まってしまった。
「なん、で、あのチビ‥‥‥‥?」
「思春期だったから」
興味があっただけ、と一護は悪いことでもないだろうというように宣った。
「さっきみたいなエロいのじゃねえよ。ちゅって、ちょっとだけ」
その後これがキスかー、なんて二人で盛り上がってなんか大人になった気分だったと一護は締めくくった。
「じゃーな。花、ありがと」
天国から地獄へ笑顔で突き落として、一護はその場を去ろうとした。わなわなと震えるグリムジョーはできるだけ視界から排除して。
「‥‥‥‥‥一護!!」
怒りの声に振り返ってはいけないと分かっていても一護は振り返ってしまった。そして同時に引き寄せられる。
「花が、」
挟まれて潰された花。
「このバカがっ」
ひらりと落ちた花弁をグリムジョーは踏みにじる。
そして、キスして舌を入れて一護が痛いと訴えても抱きしめ続けた。