君とボク、ついでに幼馴染
閑話 その、柔らかさ
新学期。
「ぬぅうう‥‥‥っ」
一枚の紙を睨みつけ、一護は雄々しく唸っていた。
「なに踏ん張っとんのや」
背後から、ぽん、と頭に手を置いて、ギンは一護の手元を覗き込んだ。それは履修一覧表で、複数の科目に印が付けられていた。おそらく一護が履修する科目だろう。
「困った。どうしよう、ギン」
そう言って一護は振り返る。いつもの凛々しい眉がへたれていて、小動物を思わせた。
「可愛い‥‥」
「は?」
「いやっ、いやいやっ! えーっとォ、なにが困ったん?」
慌てて取り繕うと、ギンは一護から一覧表を奪い取った。鬼道、白打、剣術等々。印が付いたものの中には、ギンが選択したのと同じ時間に同じ教室で受けるものも含まれていて、隣の席同士になれるかも、とギンは淡い期待を抱いた。
「へぇ。随分多めに取ってるんやなぁ」
ギンの修得単位はいつもギリギリだった。それでもひとつも単位を落とさない上に優秀な成績を収めているから、一組の上位に名を連ねている。
「鬼道はたぶん、‥‥‥いや絶対、落ちるから‥‥」
「‥‥あァ」
一護の鬼道の腕前は絶望的だった。ギンと乱菊が付きっきりで手ほどきしても、線香花火に劣る火花しか出せなかったくらいだ。せめて並の実力ならば、一護も一組に在籍していただろうに。
「でも鬼道はどうでもいい。もう諦めてるから。問題は、それじゃなくてだな‥‥」
一護が唇を尖らせながら指差したそれは、書道、の文字。
「うぁあああっ!! やだやだっ、書道なんてクソったれ!!」
一護は一覧表をくしゃくしゃに丸めると、思い切り遠くに投げ捨てた。それから子供のように地団駄を踏んで、座り込んでしまった。
膝を抱えてうーうー唸る一護は、心底書道が嫌なのだろう。だったら取らなければいいのに。
「そうもいかねえんだよっ!」
暢気な受け答えに怒ったのか、一護は八つ当たり気味にギンの膝を叩いてきた。ぺしぺしぺしぺし、何度も叩かれて、ギンはたったそれだけのことなのにやっぱりこう思ってしまった。
‥‥‥可愛い。
「こら。おいたはいかんよ」
両膝の間に一護を挟み込むように座って、ギンは項垂れる一護の頭に顎を乗せた。
「なんか悩みでもあるん? ボクに話せへん?」
抱きしめた一護の体は小さかった。肩を触ってみると細くて頼りない。
「‥‥‥‥女の子みたい」
一護の肩がぴくりと跳ねた。しかしギンは気付かなかった。今度は一護の二の腕に夢中だった。
「ぷにぷに」
「‥‥‥‥そりゃあ、お前に比べたら、な、」
一護の声がうわずっていた。しかしそれでもギンは気付かない。二の腕の柔らかさは、それすなわち胸の柔らかさ。
‥‥‥胸の柔らかさ!
ギンはごくりと唾を呑み込むと、そっと手を伸ばそうとして。
「一護ー! こんなとこにいたのっ、ねっ!!」
あと少し、というところでギンの目の前にあったオレンジ色が、空の青さに変わっていた。
「っら、乱菊、‥‥ギンが」
「あら、いたの?」
数メートル後方に吹っ飛ばされたギンがいた。「っね!!」の部分で吹っ飛ばされたわけだが、睨みつけるギンの視線を乱菊はわざとらしくおほほと笑って受け流した。
「これって一護のでしょ?」
丸められた履修一覧表を返された一護はまたしても低く唸っていた。
「書道教室。私も取ってるわ」
「っえ!」
ぱっと顔を上げた一護は、まるで救世主でも見るかのような眼差しで乱菊を見ていた。しかもずいっと詰め寄られて、乱菊は嬉しそうに口元を綻ばせた。
「良かったー! なあ、隣同士座ろうなっ」
「えぇ、もちろんっ、肩寄せ合って頑張りましょう!」
「うんうん!」
仕舞いには手を握り合ってきゃあきゃあ騒ぐ。ギンは完全に取り残されていた。
この疎外感。ギンはわざとらしく咳をしてみたが、一護はちっとも気付いてくれなかった。