おかしな二人

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  01. どうしよう  


「貴方の子よ」
「‥‥‥‥は?」
「じゃあね」
「へ、あ、ちょっとっ」
 女は去っていった。それはもう見事な去り際だった。着物の裾を絡げて走り去ったその女を、京楽はぽかんとしたまま見送ってしまった。
 立ち尽くすこと数分。
 着物の裾をくいくいと引っ張られて見下ろせば。
「寒いんだけど」
「‥‥‥‥‥‥」
「家どこ? あったかい場所で話しない?」
 オレンジ頭の子供はうんと首を上向かせて京楽を見上げていた。その茶色の目には何の感情も伺えない。
 ただ目の前の事実を見据えるだけの、ガラス玉のような目をしていた。
「‥‥‥‥‥名前は?」
「一護」
 それだけ言って、子供は屋敷に着くまでの間一言も口を利かなかった。










 頼む助けて一生のお願いだ!
「なんなんだ、一体」
 いきなりそう言われて引きずられるように連れてこられたのは京楽の屋敷。
 何度も訪ねたことのある浮竹は勝手知ったる感じで玄関に入ろうとしたが、ぐいと引き戻されてしまった。
「おいっ、」
「いいかい、浮竹」
 京楽が声を潜めて耳打ちする。
「この屋敷で見たことは、他言無用でお願いするよ」
 特に山じいには絶対言うな。
 そう低い声で脅すように囁くと、京楽は音を立てずに扉を開けて屋敷の中へと浮竹と共に入っていった。
「で、一体どういう用向きなんだ?」
「見たら分かる」
 そう言う京楽は屋敷に入ってから妙に落ち着きが無い。この親友と付き合いの長い浮竹は、また何かしでかしたのだと推測した。
 たとえば。
 朝起きたら知らない女が寝ていたとか。ーーー今までに何度もある。
 以前付き合っていた女同士が揉めて間に挟まれたとか。ーーーこれも数えきれないほどある。
 関係を持った女が同僚の妻だった。ーーーそれは昔のことだ。今は慎重になったらしい。
「俺は何を見ても驚かんぞ」
 だいたい予想は出来てしまった。
「大方、女が駄々をこねて屋敷に居着いてしまったんだろう?」
「そのほうがまだマシだったさ」
 京楽は疲れたような顔をして首を振った。
「ここだよ」
 庭に面した部屋の前まで来ると京楽は立ち止まった。そしてもう一度、浮竹の顔を見た。
「ぜっっったい、誰にも言わないでくれよ」
「しつこいな。誰にも言わん」
「ぜったいぜったいぜったいだからね!? 言ったら絶交!!」
「分かったから」
「指切りげんまん嘘ついたら斬魄刀千本飲ーます!」
「くどい」
 必死の念押しに浮竹は最後適当に頷いた。
 一つ深呼吸をして、京楽は部屋の障子を開け放った。
「‥‥‥‥‥あれ?」
「ここに何があるんだ?」
 何も無い。
 何も無いということは無いが、目を惹くものが何一つ無かった。普通の部屋だ。
「おかしいな。どこ行ったんだろ」
「誰かいたのか?」
 やはり女が居着いているらしい。浮竹はそう確信した。
「ーーーーーお客さん?」
「ぅわ!」
 何の前触れも無く後ろで声がした。浮竹は驚いて咄嗟に振り返れば庭に子供が立っていた。
 オレンジ色の髪が特徴の、十二、三歳くらいの子供だ。あちこちに怪我をしていた。
「あ、鼻血が出てるぞ」
 そう指摘された子供は指で鼻を拭った。しかしそれだけでは止まらず後から後から血が流れ出す。
「おいで。手当てしてやるから」
 下に兄妹の多い浮竹は慣れた様子で子供に手招きした。子供はひたと浮竹を見据えたまま、中々動こうとはしない。
「俺のことが怪しいか?」
「知らない人だ」
「浮竹十四郎。護廷で死神をやってる。好きな食べ物は梅干し茶漬け、嫌いな食べ物は無い。この白い髪は病でな、こうなってしまったんだ」
「昔は黒かったのか」
「どうだったかな? あまりに昔のことだから忘れてしまった。他に聞きたいことは?」
 子供は黙る。その視線が隣で立ち尽くす京楽に移った。
「あぁ。京楽とは同期だ」
「同期‥‥‥」
「同じ年に学院に入って同じ年に死神になったんだ。腐れ縁、もしくは親友だな」
「ふぅん」
「君は? 名前を教えてくれないか?」
「一護」
「一護か、いい名前だな」
 子供の唇がむず、と動いた。笑おうとして、それをやめてしまったような。
「さぁ、上がって。手当てしよう」
「京楽一護」
「え?」
 浮竹の表情が強ばる。隣の京楽は明らかに動揺したように肩を揺らしていた。
 子供は平然とした顔で言った。
「ただいま、父さん」

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