おかしな二人
02. まずはそっと撫でてみる
「ほら、お土産だ」
手渡されたのは高級菓子。一護はそれを両手で受け取ると、浮竹にぺこりと頭を下げた。
「お茶入れてくる」
「ありがとう」
浮竹が自然な動作で一護の頭を撫でた。そんな二人の姿は親子そのもの。
端で見ていた京楽は自分の屋敷である筈なのに、自分こそが部外者のような気がしてならなかった。
「良い子だな、京楽」
「っへ? あ、うん、そう、かな?」
一護は今部屋にはいない。浮竹はずずいと京楽に顔を近づけると小さな声で問うた。
「それで、これからどうするつもりだ」
「どうするって、」
「ちゃんと面倒見る気はあるのか? 護廷に行っている間、世話はどうしてる」
「いや、なんか自分でごはん作って食べてるみたいだよ?」
「‥‥‥‥‥お前という奴はっ」
京楽の無責任な発言に浮竹は思い切り耳を引っ張ってやった。やはり今日訪ねてきて正解だった。前回は驚きが大きくてうやむやのまま帰宅してしまったが、気を取り直して来てみれば京楽のいい加減さに腹が立ってきた。
「子供だぞっ、一人にされて寂しくないわけないだろうっ?」
「だって、昨日今日会ったばかりの子なんだよ!?」
「屋敷に連れ帰った時点でお前の子だ! 責任を持て! それともなにか? 元柳斎先生に」
「わーやめてっ、それだけはやめてくれ!」
「だったらちゃんと面倒を見るんだな?」
「‥‥‥‥‥はい」
「よし。それにしても、遅いなあの子」
二人して怒鳴り合っていれば、一護の帰りが遅いことに気がついた。様子を見に行こうと浮竹が立ち上がろうとするとちょうど障子が開いて一護が盆を片手に戻ってきた。
「どうぞ」
もしかして聞かれていたのかもしれない。妙に気配の薄い子だ、障子の傍で自分たちの会話が済むのをじっと待っていたのではと浮竹は思ったが、一護は相変わらず澄ました顔で茶を並べていた。
そして用は済んだとばかりに部屋を出て行こうとしたので浮竹は慌てて引き止めた。
「ここにいるといい」
一護は無言で部屋の隅に座った。
「そんなところに座らずに、こっちに来い。菓子を食べよう」
優しく手招きすれば一護はほんの少し近づいてきて、また座った。
二人の距離はまだ遠い。じっと畳を見つめる一護の顔は警戒しているというよりも、どうすればいいのか分からないという顔をしていた。
浮竹はしょうがないというように笑うと一護の傍へと歩み寄り、その体を抱き上げた。そしてそのまま卓へと戻ると一護を膝の間に入れて座ってしまった。
「この菓子はな、俺達の師匠が好んでよく食べているものなんだ」
「あの、」
「こし餡とつぶ餡、どちらがいい?」
「あの、おじさん、」
「おじさんはやめてくれ」
笑顔で拒絶すると一護は押し黙った。浮竹の膝の上でもじもじと体を捩る。心無しか顔が赤くなっていて、それを見た京楽はおやと目を見開いた。
「一護は料理が得意なのか?」
「‥‥‥‥普通」
「昼間は何をしているんだ?」
「‥‥‥‥外で、遊んでる」
この間傷だらけになっていたのは野良犬と喧嘩したらしい。
浮竹が巧みに一護から話を聞き出しているのを京楽は感心したように眺めていた。
「寂しくはないか?」
「‥‥‥‥別に」
少しだけ声が沈んだように聞こえた。浮竹が髪を撫でてやれば、一護は大人しくされるがままになっていた。
「できうる限り顔を見せる。そのときは浮竹のお兄さんと遊ぼうな」
京楽から呆れた視線を感じたが浮竹は気付かないフリをした。
一護はこくりと頷いて、菓子にそっと手を伸ばした。
「いいか京楽。あの子にもっと構ってやれ」
そう言い残して浮竹は帰っていった。
京楽が戻ると一護はまた部屋の隅で膝を抱えて座っていた。
「ぇえっと、一護、ちゃん?」
ちら、と視線をよこされて目が合った。
一護の母親だというあの女性とは雰囲気もそうだが顔立ちも似ていない。一護の顔立ちは少年ぽくて目には鋭さがあり、少女特有の甘さはあまり感じられなかった。
本当に自分の娘なのだろうか。
何度も感じる疑問を口には出さずに目に込めれば、一護は俯いてしまった。
気まずい空気が流れ出す。浮竹のように子供に慣れていない京楽はどうしたものかと天を仰いだ。しかしあることに思い当たると再び一護を見た。
「ねえ、君お腹が空くの?」
母親は死神ではなく流魂街の出身だった。瀞霊廷で働いていたものの、腹が減るほどの霊圧は持ち合わせてはいなかった。
定期的に食事をとっている一護にもしかしてと視線をやれば、一護は小さく頷いた。
「‥‥‥‥そう」
やはり自分の娘かもしれない。瀞霊廷に死神は山ほどいるが、確率は高くなった。
「‥‥‥‥学校に」
「え?」
「学校に入れてくれれば、あとは自分でなんとかする」
ぽつりと呟いて一護は立ち上がる。俯いたまま、京楽の脇を通り抜けようとした。
「待って、どういうこと?」
「できるだけ早く、出て行くから」
そう言う一護は今すぐにでも出て行きそうなほどだった。屋敷に来てからあまり感情を見せなかったが、今日は様子がおかしい。
「迷惑かけてごめんなさい」
初めて見る一護の苦しそうに歪められた表情に、京楽はそのまま去っていこうとする体を引き止めていた。
「一護ちゃん?」
「あの人、すごくいい人だ。あんたも、そうだって分かる」
涙をこらえるように眉を寄せ、一護の唇は噛み締められた。しかし引き結んだ唇が再び開く。何度か唇が開閉し何かを言おうとしているのは分かるが、結局言葉にはならなかった。
項垂れるようにして黙ってしまった一護を見下ろし、京楽も黙ったまま動けなくなってしまった。しかし浮竹の言葉を思い出す。
「‥‥‥気にしなくていいんだよ」
浮竹がそうしたように、一護のオレンジの髪に指を埋めた。それからぎこちなく撫でる。大人の女性には簡単にできた仕草は、しかし今はとてつもない緊張を要していた。
「ここに連れてきたのは僕だ。だから君は何も気にしなくていい。たくさん食べて、大きくなりなさい」
髪を撫でる手を引き寄せる力に変えて、一護の頭を引き寄せた。腹の辺りにぽすりと収まり抱きしめてしまえば、この子供はこんなにも小さかったのかと京楽は驚いてしまった。
やがて鼻をすする音が聞こえる。小さな体は震え出し、抱きしめる力を強くすれば子供の手が縋るように着物を握りしめてきた。
「一人にしてばかりで、寂しかったよね」
よしよしと背中を撫でてやれば嗚咽が耳に届く。何ともいえない庇護欲が沸き起こり、京楽はその体を抱き上げた。
「ごめんね」
ぎこちなく笑ってみせれば、一護もまたぎこちなく笑った。
初めて見る一護の笑みに、京楽は今度こそ深く笑みを浮かべた。