眼鏡祭
どこまで本気なんだよ
「好きだ」
「‥‥‥‥‥‥」
一護は数拍の後、辺りを見回した。
「おい、」
「一体何の冗談だ」
「はぁ!?」
一護はもう一度くまなく辺りを見渡した。
「どうせお前の取り巻きが”ドッキリでしたー!”とか言って飛び出してくるんだろ、ぜってーそうだ」
きょろきょろと視線を巡らせる。一護の疑心暗鬼はこの男の前でのみ発動される。
「騙してねえよ。俺は、本気で、」
「あーあーそーですか」
「真面目に聞けよ!」
べしっと頭を叩かれた。その拍子に眼鏡がずれる。
「仮にも好きな女を殴るのかよ!?」
「オメーにしかしねえよこんなこと!!」
互いに獣のように唸り合い吠え合いした結果、一護のほうが先に思い直してフンと鼻を鳴らした。
「残念だったな、騙されねえぞ俺は」
「だからっ、違うっ」
いつもよりも真剣、といえばそう見える。だがそれにもう何度も騙されてきた一護は縁なし眼鏡を軽く指で押し上げて、相手を探るように視線を厳しくした。
「それにしても、好きだなんて使うネタが悪趣味だぞ」
「何が何でも信じない心構えなんだな」
「眼鏡をナメるなよ」
「このっ」
修兵が拳を振り上げる。一護はそれを受けとめて更にやり返そうとファイティングポーズをとった。
しかし、修兵の拳が狙ったのは一護の頬でも鳩尾でもない。
「あぁっ、返せよてめえ!」
眼鏡が。
正面に立つ修兵に、眼鏡を返せと喚き立てる。目の前にいることは分かるがそれだけだ。自分の眼鏡が右手にあるのか左手にあるのか一護にはそれすらも分からなかった。
「修兵、返せ。ここはそう、話し合おう」
「さっきから話してるだろ」
眼鏡が無ければ一護など敵ではない。
「変な顔。お前、ほんとに見えてないんだな」
目を細めて必死に姿を捉えようとすればそれは変な顔になるだろう。一護はむっと眉を寄せると空を彷徨う手を下ろした。
「‥‥‥‥お前が、仮に、俺を好きだとしよう」
「仮じゃねえよ」
「答えはこうだ。‥‥‥‥‥”お断り!”」
そう啖呵を切って一護は修兵に背を向けた。
「おいっ、眼鏡は!?」
「もういい。そしてお前はどうでもいい」
「待てよ、まだ話は終わって」
隙あり。
一護はすばやく身を翻すと修兵の右手に飛びかかった。そして見事に眼鏡を確保する。単に修兵が右利きだからという理由だけだったが一護の読みは当たった。
「もう用は無い。じゃあな」
「一護!」
「なんですか檜佐木君、下の名前で呼ぶなんて馴れ馴れしい」
眼鏡を押し上げて、一護の態度は一変した。それもその筈、すぐ近くを教師が歩いていた。
「もうすぐ次の授業が始まります、とっととお行きになりやがれ」
「こんの、猫っ被り!」
思わず胸ぐらを掴んだ。
そのとき修兵の大きな声に教師が気付く。そして二人を交互に見て、教師は実に的確な判断を下した。
「檜佐木、ちょっと先生と一緒に茶でも飲もうか。生徒指導室で」
「なんでだよ!?」
眼鏡の下で一護の目が笑っていた。