眼鏡祭

  眼鏡の下には秘密がある  


 統学院に入学したその日。教室で偶然隣り合ったのが一護だった。
 周りが皆これからの生活に不安だったり興奮していたりとする中で、一護だけは真っすぐに背筋を伸ばして席に着いていた。そんな姿が修兵の目にはとても印象的に映った。
 オレンジ色の派手な頭のわりには一護は真面目そうに見えた。その縁なし眼鏡のせいか、アンバランスといえばそうだが独特の雰囲気にこんな奴もいるんだなと思うことはそれだけで、最初は大した興味は抱いていなかった。
 そして一護はその真面目な雰囲気を裏切らず、そのままの優等生ぶりを発揮した。勉学一番、実技も一番。素行も素晴らしく良い、まさに絵に書いたような優等生だった。
 ちなみに一護は貴族らしい。なるほどあの洗練された身のこなし、流魂街出身者には無い優雅さがある。
 しかし一護に対しての興味は一切湧くことは無かった。自分は自分で頑張るだけだし、特別意識して対抗する気にもなれない。修兵の中での一護は、派手な頭の優等生、それだけだった。
 そんなふうにして一学期が過ぎ二学期目に移ろうとしたところで、それは起こった。
「何の用ですか」
 授業が自習へと変わった時間。
 使われていない空き教室で惰眠を貪っていた修兵の耳に、あの優等生の声が聞こえてきた。自分に言われたものだと思って顔を上げたがそれは違う。別に相手がいた、それも複数。咄嗟に頭を引っ込めて、修兵は様子を伺うことにした。
「‥‥‥‥生意気? 私がですか」
 いわゆる呼び出しというやつらしい。くだらない、と内心で吐き捨ててその場を離れようとしたが出入り口には彼らがいて生憎外へは出られない。
「‥‥‥‥下級貴族のくせに? 下だろうが上だろうがそれは家名としての位であって貴方達が私よりも上という証拠にはなりませんよ、そんなことも分からないんですかこのアンポンタン」
 あれ?
 今のは聞き間違いか。修兵はもう一度身を起こし、一護達のほうへと視線をやった。
「‥‥‥‥なんですかその拳。やろうってんですかこの私と? 成績普通のお前らが超絶優秀なこの俺と?」
 ハハン!
 という心底相手を馬鹿にしたような笑いを浮かべる一護。
 あれは一体誰だ。優等生黒崎一護にとても良く似ている別人か。
「かかってこい。そのブサイクな面を俺がユニークに変身させてやる。うちの家系は医者が多いからな、整形は得意なんだ俺。たぶん」
 整形という名の拳での荒療治。まあ確かにあの程度の面構え、多少の創意工夫が必要かもしれないと、万年女には困らない修兵は失礼にもそう思った。
 そうしている間にも相手数人が一護に殴り掛かろうと構えをとる。これは助太刀するべきか、修兵が立ち上がろうとしたときには。
「弱い、弱すぎる。お前らもう家に帰って親の脛でもガリガリ齧ってろよ」
 一護の手によってあっという間に同級生達は地面へと叩き伏せられていた。あざやかな手並みに修兵はただただ驚くばかり。
「おい、そこの奴」
 ばれていた。
 修兵は素直に顔を出す。
「誰にも言うなよ」
 今までの優等生ぶりが嘘のように、その瞳には野性的な光が宿っていた。そして笑みはなんとも自信に満ちあふれ、謙虚な態度が好ましいとされている普段の姿とはまったくの真逆。
「‥‥‥‥お前、黒崎一護だよな?」
「そういうお前は誰だ」
「檜佐木修兵! これでも俺、お前の次に成績いいんだけど!」
 普通覚えているだろと言外に言ってみたが、一護はふーんと呟くだけで修兵という存在にあまり興味を抱いてはいないようだった。
 それは面白くない。自分は今、ものすごく、一護という存在に興味を持っているというのに。
「なあ、普段のあれは演技だったのか」
「違う。人聞きの悪いことを言うな。あれは擬態だ」
 自身を守る為の手段だと言う。
 家が貧乏で困るだとか、自分は黒崎家期待のエースだとか、だから絶対に死神になって金を稼ぐ、地を出して面倒ごとには巻き込まれたくない等々、一護が言うことには目立ちたくないとのことらしい。
「無理だろソレ。つか激しく目立ってるぞお前」
 しかし一護はふふんと笑って眼鏡を押し上げると得意げに言った。
「教師の受けはいい。このままいくと在学中に護廷への入隊を決められそうだ」
 一護の口からは早くも初任給という単語が飛び出している。どうやら金にはかなりシビアな奴らしい。
「とにかく俺の邪魔はするな」
 剣呑な視線で射抜かれて、不覚にも修兵は呑まれてしまった。流魂街では何度も修羅場を乗り越えてきたと思っていたがこれが霊圧の差なのか、そんな経験いとも簡単に吹き飛ばされてしまった。
 動けないでいる修兵に一護は皮肉げに笑ってみせると、自分に因縁を付けてきた同級達を足蹴にして去っていった。
 一人になった途端、修兵は座り込む。
「ーーーーーークソ!」
 震えが止まらない。力の差に対するものと、それから興奮とで。
 あんな奴だとは思わなかった。今まで知らずにいた自分が悔しい。
 自分はどうやら学院という庇護下にあって随分と腑抜けてしまったらしい。かつての闘争心があれば自分よりも成績優秀な一護に対抗してみせた筈だ。そうすればもっと早く気付いただろう。
 しばらく座り込んだ後、修兵は立ち上がり、そして笑む。一護のように野性的に。
 ただで卒業させてやるものか。
 久しく忘れていた闘争心に火がついて、これからが一層楽しくなりそうだった。

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