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die Wurzel allen Ubels <諸悪の根源>


 反膜が降り注ぐ双極の丘にて、十三番隊隊長・浮竹十四郎は瀞霊廷に反旗を翻した五番隊隊長・藍染惣右介を睨み据えた。

「大虚<メノス>とまで手を組んだのか。・・・何の為にだ?」
「高みを求めて」
「地に堕ちたか」

 ――驕りが過ぎるぞ、浮竹。

「君は恋をしたことがあるか?」
「はぁ?!」×<死神多数+旅禍数名>

 今、何かとてつもなく違和感のある科白を聞いたような気がする。

「すまん、もう一度言ってくれるか?」

 よく聞き取れなかったんだ。

「頭だけでなく耳まで耄碌したのか、浮竹。恋をしたことがあるのかと訊いている」

 やはり幻聴・・・だろうか。
 『高みを求めて』だの『驕りが過ぎるぞ』だの傲岸不遜にこちらを見下した男が、至極真面目な表情で恋愛経験を問うてくるか?普通。

「いや、俺はまだ・・・」
「だろうな。だから君等は護廷の隊長如きで満足していられるんだ」

 さりげなく複数形を用いることで、藍染は眼下の死神達全員を嘲笑った。

「そんなにはっきり断定しなくても・・・・・・俺にだって恋の一つや二つ・・・・・・」

 黄昏を背負い地面に『の』の字を書く浮竹へ、誰もが憐れみの眼差しを向ける。

「最初から誰も天に立ってなどいない」
「ちょっと藍染、さっきの科白はどういう意味さ?」
「君も、僕も・・・神すらも」

 その場の皆を代表した八番隊隊長の疑問も、あっさりと無視。――まさに天上天下唯我独尊、お釈迦様も真っ青だ!!

「反応くらいしてよ・・・」

 黄昏二号・京楽春水。『哀愁』という形容詞は、今の彼のためにあると言って過言ではない。

「だがその絶え難い天の座の空白も終わる」

 外された黒縁眼鏡が音を立てて軋み、男の手によって砕かれた。
残る片手で藍染は前髪をかきあげ―――

「これからは私が天に立つ」

 堂々の神様宣言を抜かしあそばす。
泣く子も黙る酷薄な笑みが、地に倒れ伏す旅禍の少女を視界にとめた刹那、不可解なまでに甘く蕩けて。

 ――という訳だから黒崎一護、


「かねてからの約束通り、僕と結婚したまえ」


 何 で す と ?!


「はいぃ―――?!」

 辛うじて背骨だけで繋がっている瀕死の身体をどうにか起こそうとしていた一護は、驚愕のあまり、求婚を承諾したとも取れる返事を返してしまった。

「即答で肯いてくれるとは光栄だ。嬉しいよ、一護」

 喜びも露な反逆者。

「まてまてまてまて!誰もそんなこと言ってねぇし!!」

 慌てて否定する俄か死神。

「黒崎!!君はあんな男の何処が良いんだ?!」

 突如ブチ切れた滅却師。

「石田、何故お前が怒る?」

 旅禍組の冷静担当による素朴な疑問。

「茶渡くん茶渡くん、それはね―――」

 嬉々として語り出す自称・お笑い担当少女。

「井上さん!誰にもバラさないって約束だったじゃないか!!」

 口止めを試みて逆に暴露してしまう滅却師。

「もう既にバレバレだと思うぞ、石田。・・・ですよね?白哉兄様」

 ツッコむ機会は如何でも逃さぬ元・極囚。

「そうだな、ルキア。あの滅却師は黒崎一護に懸想していると見える」

 義妹に和する朽木家当主。ちゃっかりとどめを刺すのも忘れない。

「そこの兄妹は口を閉じろー!!」

 もう限界だ、滅却師。

「『かねてからの約束』という科白には誰も注目しないのか?」

 よくぞ其処に気付いてくれた――!と、山本を始めとする護廷の隊長並びに副隊長達が旅禍の少年――茶渡秦虎・通称チャド――に内心喝采を送ったかどうかは、不明である。
 先刻まで集団漫才の様相を呈していた者達も、この指摘に水を打ったかの如く静まり返り。誰もが固唾を飲んで藍染惣右介の『説明』を期待するなか――

「駄目じゃないか、一護。君は僕の花嫁となるべき身だというのに、余計な害虫を近寄らせたまま放置しておくなんて」

 自称・最後の滅却師こと石田雨竜の黒崎一護への片想い発覚に、藍染氏<5月29日生まれ・推定?歳>はいたく気分を害された模様。
 嫉妬(としか呼びようが無い)に塗れたどす黒い霊圧が、反膜越しにもびりびりと伝わってくる。

「誰が何時!てめぇと結婚するって言った!!さあ答えろ藍染、何年の何月何日、何時何分何秒だぁ?!」

 しかし頭に血が上った茜色の髪の少女は『花嫁』の単語のみを認識したようで、男の『害虫』発言は無きものとされた。哀れなり、滅却師。一護は君の想いに気付いてないぞ!

「まだ思い出さないのかい」
「なに・・・」
「『世界を引っ掻き回して手玉に取るくらいでなきゃ、男なんぞやめちまえ』」
「藍染?」
「『反逆の一つや二つ、笑った顔<ツラ>のままやってのけてみせろ。そしたら花嫁だろうが妻だろうが、喜んでなってやる』」

 あの時、そう言って僕を焚き付けたのは君なのに。

「おっ、おまっ・・・・・・お前まさか」

 怒涛の奔流の如くよみがえる、常夏の夜の出逢い。
夢とばかり思い込み、いつしか忘却の彼方へ置き去りにしていた『約束』。

『おれは甲斐性の無い男と結婚する気はねぇからな』
『ははは、それは手厳しい。――ならば君に相応しい男になれるよう、今から精進に励むとするよ』
『だったら急げよ、伊達眼鏡。あんまり待たせられたら、他の奴とくっついちまうぞ?』
『君を僕以外のものにするなんて万が一にも在り得ないけれどね』

 了解りました。―――仰せのままに、御姫様。

「あの時の・・・?!」

 どうして今まで忘れていられたのだろう。『藍染惣右介』という男のことを。
この運命の悪戯――否、皮肉か――に黒崎一護は言葉も出ない。神の悪意かはたまた悪魔の善意か、そうでない我が身に知る術は無く。

「『反逆は男の甲斐性』だろう?」

 愛しい一護、僕の花嫁。


 Du musst das Deine tun. <君は義務を果たさなければならない>
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