She may be the beauty or the beast
花太郎からは消毒液の匂いがする。
「すいません」
けれど嫌いじゃない。
そうやって困ったように笑って謝る顔も、嫌いじゃない。
「これ、今日先輩方がくれたんです」
髑髏マークの怪しい丸薬。
超回復薬ですすごいでしょ、なんて言ってるがぜったい騙されてるだろと一護は思う。そもそも髑髏の時点でアウトだ。何も害が無いだけマシなのかもしれない。
「一護さんにもあげますね」
とりあえず受け取った。
けれどこれを服用する機会は無い、すまん花太郎と心の中で謝った。
「あの、一護さん」
花太郎は一護よりも背が低い。全体的に小さな造りで筋肉は薄らとはついているものの、恋次や修兵と同じオスに分類されているとは一護はときどき信じられなかった。
良く言えば儚げ、悪く言えば頼りない。ぽやっとした表情雰囲気、穏やかな気質が多い四番隊の中でも飛び抜けておっとりとしている。喋り方もトロい、いやゆったりしているものだから短気な十一番隊の隊員によくキレられていた。
「い、一護さーん、」
それになによりもこの苛めてくださいと言わんばかりの上目遣い。一護のほうが背が高いのだから当たり前なのだが、この間なんてやちるにさえ振り回されていた。それほどまでの苛められっ子気質。
「ぃい一護さんっ、痛いですっ、」
気付けば頬を引っ張っていた。
なんというか自分はどうやら花太郎を苛めるのが好きらしい。狼狽えたり慌てたり泣きそうになったり、そんな表情が見たいと思うのだ。
自分はそういう趣味があったのかと一時悩んだことがある。たとえばルキアの頬も引っ張る回数は多い。しかしそれはルキアが悪気無しにイラっとさせる言動をするからだ。
対して花太郎はというと。
「あの、一護さん? どうしたんですか、さっきから黙りっぱなしで。‥‥‥‥‥もしかしてっ、どこか具合でも悪いとか!?」
慌てている。
その様子に一護は内心でくすりと笑った。表面上はやや憂鬱みたいな顔をして、一護は黙ったまま花太郎の手を取ると自分の心臓の上へと置いてやった。
「ぅわあぁっ!!」
この慌てっぷり。
増々楽しくなってきた一護はぎゅっと花太郎の手を押し付けた。
恥じらいだとか慎みだとか、そういうものは現世に忘れてきたらしい。何より花太郎がそこらの乙女も裸足で逃げ出すくらいに純真無垢なのだ。こちらが女ぶっても仕方ない。
「‥‥‥‥‥あ、う、えっと、一護さん、」
真っ赤な顔にほんの少しの罪悪感を感じるものの、一護は手を離してやらない。
花太郎の手は先ほどから固まったままで、指一本、筋一本も動こうとはしなかった。
ーーーーーおかしい。
ルキアの話では乳でも掴ませればあとはこう、なし崩しに‥‥‥と言っていたがそれは間違いだったのだろうか。それとも小さな胸だと欲情しないのか、そうかもしれない。
「っあ、そうか! 心臓が苦しいんですね!」
違った。
花太郎はそこらの乙女も(中略)なので胸が大きかろうが小さかろうが揉んでどうこうしてやるぜという欲望は微塵も持っていないのだ。
こいつは本当にオスかと一護は感動にも近い驚きを覚えた。
「四番隊に行きましょう」
ぼさっとしているうちに一護は心臓病を疑われていた。花太郎は心底心配だという表情でこちらを見つめていたが、一護の中では罪悪感以上に苛立ちが溢れてきた。
「ぇえ!?」
なので押し倒してみた。
向こうが乙女ならこちらが野獣になるしかない。攻められるよりも攻めるほうが性に合っている。
「一護さん、一護さん!? え、もしかして倒れた!?」
いい加減気付けよこのヤロウ押し倒してんだよ今から襲うんだよ!
一護の中にあったなけなしの乙女な部分が今、砕け散った。相手は男といえども一護のほうが腕力に勝る。花太郎の細い両肩(本当に細くてびっくりした)を掴むとそのまま顔を近づけた。
「いちっ、」
すまん花太郎すまん。
謝りながらも唇を重ねた。昔見たドラマや映画の恋人達の仕草を一護は頭の中で必死に思い出しながら、花太郎の柔らかい唇を優しく噛んだり舐めたりした。
「っん、ん」
可愛い声を出しているのは悲しいことに一護ではなく花太郎のほうだった。花太郎の強ばった指先が一護の肩を握りしめ、かすかに震えていた。
「い、一護さん、」
唇を離せば花太郎は涙目になっていた。それを見てまた苛めてやりたいという気持ちがむくむくと膨れ上がる。一護はもう一度唇を重ねた。
「ぅわあっ」
花太郎の目から涙が滑り落ちる。驚いて飛び出しただけだとは分かっていたが、泣かれるのは気分が良いことではない。
そうか、そんなに俺にちゅーされるのは嫌だったか。
「ぃいイタタタタタ!」
一護は死覇装の袖で花太郎の口元をごしごしと擦ってやった。泣きそうだった。
こちらを呆然と見上げている花太郎の上から体をどける。何かを言われる前に、一護はその場から立ち去ろうと腰を上げた。
「待ってください!」
待てない。
一体何を言うつもりだ。気にしませんとか、具合が悪かったんですよね、とか聞きたくない。
「待って!」
背中に衝撃を感じたと思ったら一護は前のめりにスッ転んでいた。背中には人間の重み。
どうやら花太郎にタックルされたらしい。
頭に花が咲いてるような奴だけど、花太郎は中々に度胸があって行動派だ。ときどき一護が予想しないような行動に出ることがある。
「っわ、わ! 大丈夫ですか!?」
一護は後ろに顔を向けた。すぐそこには花太郎の顔があった。
あ、これって押し倒されてる。
「ひええっ、すいませんごめんなさい今どきます!!」
後ろに飛び退こうとした花太郎の胸ぐらを一護は咄嗟に捕まえた。
「‥‥‥‥あのぉ、一護さん、」
離れないでほしい。言いたいことがあるのならこの体勢で。
「一護さん、ぇえっと、さっきのは、あれ、ですよね‥‥‥‥?」
そう、さっきのはあれだ。
「人工呼吸‥‥‥‥‥グっ、え、」
お前は何だ、お前の半分は四番隊で出来てんのか!
一護は掴んだ胸ぐらを無意識に締め上げていた。
「っき、聞いてくださ、人工呼吸なんかじゃ、ないですよね、って、」
言おうとしていたらしい。一護はぱっと手を離すと咳き込む花太郎の背中を慌てて撫でてやった。
しばらく咳き込む音だけが辺りに響く。花太郎の呼吸が整えば、それから何を言われるのか一護は不安でたまらない。
「一護さん」
微妙に視線を逸らした。あれほどまでに迫ってみたものの、今さらになって核心に触れる言葉が聞きたくないと思ってしまう。
「あの、一護さん、」
視線を落とせば花太郎の手が映った。消毒液で荒れた指先に、どうしてか優しい気持ちにさせられた。
「僕は、その、ご存知の通り弱くて頼りない男です」
それは、そうだが。いや、しかし。
否定しようと一護は口を開きかけるが、それよりも早く花太郎が言葉を続けた。
「さっきも僕、男なのに一護さんに押し倒されたりして、」
しょんぼりとしてしまった花太郎に、一護は今になって恥ずかしさがこみ上げた。それにしても押し倒したときの花太郎の抵抗は本当に抵抗しているのかと思うほどの弱さだった。
「でも、そんな僕に一護さんは」
花太郎の荒れた指先が一護の手に触れた。そのまま重なり握り込まれて、一護の顔に熱が集中する。
「一護さんは、えぇと、人工呼吸ではない、その、口付け、を、」
今や二人は顔を真っ赤にさせていた。一護もようやく顔を上げると、花太郎と視線を合わせた。
花太郎は一度大きく息を吐き出すと、ひどく幸せそうに微笑んだ。
「口付けをしてくれた、こんな僕に、‥‥‥‥‥夢のようです」
恥じらう笑みは乙女のよう。けれど一護も恥じらって、そっと目を伏せた。
一護の心臓の鼓動は早鐘のように打っていた。しばらく自分の心臓の音を聴いていると、花太郎に手を引っ張られる。そして導かれた先は花太郎の心臓の上だった。
「お返し、です」
その言い方が、花太郎の表情が、一護の鼓動を更に加速させた。
そしてこれはもう一度口付けせねばと沸き起こった義務感に、一護は男らしく行動に移そうとした。花太郎の細い両肩を掴み、今度は舌入れてやろうかなとか考えたところで。
「駄目です」
押し返された。
以外にも強い力にぽかんとしていると、すぐ目の前にはいつもよりもずっと男らしい花太郎。
「今度は僕がします」
両肩を掴まれて、距離はゼロ。
しかし重なったそこは唇ではなく、唇に限りなく近い頬。
「っあ、あれっ?」
おかしいな、と呟く花太郎に一護は笑ってしまった。
「笑わないでくださいっ、もう一度、今度はちゃんとしますからっ、」
もう一度してくれるのか。嬉しくなって一護はまた笑った。
そして今度はちゃんと唇に重なって。
「好きです、ずっと、ずっと前から僕は」
次第に荒々しくなっていく口付けに一護は酔って。
「花太郎」
好きだ、好きだと告白した。