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  「私の目に狂いは無い」  


 一護は可愛い。
 まるで妖精で天使みたいだ。背中に羽が生えてきたって自分は驚かないと思う。たぶん何かの間違いで破面になってしまったのだな、きっと。
 オレンジ色の髪はふわふわで茶色の目は構ってほしいと見つめてくるから困る。言葉遣いは乱暴だが、自分の前では頑張って敬語を使ってくれて、慣れないそれによく舌を噛んでいる様子がこちらの庇護欲を誘う。すらりと伸びた肢体を覆うのはぴたりとした装束。少しだけ膨らんだ胸部が実に慎ましやかだ。
 好物はチョコレート。隠れて現世に下りて調達しているのを知っている。咎めたりはしない。だってチョコレートをこっそり食べている一護は可愛いのだから。溶けたチョコレートを唇の端に付けたまま気付かない一護を何度抱きしめたいと思ったことか。
 そして戦う姿もまた愛らしい。常に背中に背負った斬魄刀は、自分とお揃いみたいで実はひそかに嬉しかったりする。頼りない体で大刀を振るう姿は健気で、思わず腕の中に囲いたくなる。
 結論。
 一護はやっぱり可愛い。












「ハリベル様ってちょっと変わってるよな」
 と、言った途端に一護の頭に拳骨が落ちた。
「てめえ一護っ、ハリベル様が何だとコラァ!!」
「まあまあ、アパッチ」
 宥めるミラ・ローズの背中に隠れて一護は殴打された頭を撫でた。口より先に手が出るのは自分もそうだが、手加減無しはひどい。
「おぉう!? なんだその目はっ、反省してんのかエェ!?」
「やめなって」
 掴み掛かってくるアパッチを引き剥がし一護を守ってくれるのはいつもミラ・ローズだった。鍛え抜かれた彼女の腹筋は一護の憧れだ。強い女って素敵。スンスンといえば笑みを浮かべながら諍いを見守るだけだ。まるで獣同士の喧嘩を眺めるみたいに、その目がもっとやれと言っている。
「一護も、なんでいきなりそんなこと言ったんだい?」
 ミラ・ローズのごつい手が一護の頭を撫でた。従属官の中で一番大柄な彼女は、実は一番母性に溢れている。アパッチみたいに暴力に訴えないし、スンスンみたいにさらっと怖いことを言わない。肝っ玉母さんみたいな豪快さと優しさ、ゆえに一護は彼女に懐いていた。
「ほら、言ってごらん」
「ハリベル様が、さっきこれくれたから‥‥」
 取り出したるはウサギのぬいぐるみ。全身ピンクのそれは、持てばちょうどいいくらいの大きさだった。
「俺に似合うんだって。‥‥‥なあ、ハリベル様ってやっぱり変わってるよな?」
 今度はアパッチも一護を殴ったりはしなかった。実に不可解だと言わんばかりに、ぬいぐるみを見つめて唸っている。
 つぶらな瞳にふわふわとしたピンクの毛並み。間違っても一護に似合っているわけがない。こうして持っていて自分でも違和感を感じるほどだ。仲間達の視線が一護とぬいぐるみを何度も交互に見ては、似合わねえ‥‥と顔を顰めていた。
「他にもひらひらした服とかきらきらした髪飾りとか貰うんだけど、やっぱり俺に似合ってねえんだよ」
「てめえズリぃぞっ、一人だけハリベル様から贈り物を貰いやがって!」
「お黙んなさいな。問題なのは、どうしてハリベル様がそんな似合わないものを一護に贈っているかでしょう?」
 アパッチを押しのけスンスンがずずいと前に進み出る。一護からぬいぐるみを奪い取り、検分するように耳を引っ張り目玉を押したりしていた。あぁそんな乱暴に、と思っているとぶちっ、と嫌な音がした。
「あらやだ」
「何してんだよハリベル様のぬいぐるみをー!?」
 一番慌てたのがアパッチだった。ちぎれた耳をどうにかくっつけようとしている。そんなことをしてもくっつかないものはくっつかないので、アパッチ以外の三人は諦め顔だ。犯人であるスンスンに至っては悪びれてすらいない。

「何を騒いでいる」

 その声に従属官達は一斉に飛び上がった。振り返った先には我らが主、ハリベル様が。
 怜悧な瞳が、従属官の顔を一つ一つ捉えていく。最後に一護の腕に抱えられたぬいぐるみに視線が止まった。あれ、いつの間に。アパッチが持ってなかったっけ?
「一護が耳をぶっちぎってしまいましたの‥‥」
 スンスンお前かー!
 罪をなすり付けられた一護は動揺のあまり声を失った。あわあわしながら歩み寄ってくる主を見る。彼女の組んでいた腕が解かれ、一護へと伸びた。
「うむ‥‥腕白で結構」
 なでなで。
「へ? ‥‥お、怒らないんですか、ハリベル様、」
「なぜ」
「なぜって、そんな、せっかく頂いたもの、」
「気にするな。そうだ、これもやろう」
 差し出されたのはクマのぬいぐるみだった。所謂テディベア。
 ぽんと渡され、一護は思わず受け取った。テディベアとウサギのぬいぐるみを抱える一護の姿を眺め、ハリベルはうむと頷いている。
「やはり、似合うな‥‥」
 どこがだ、とハリベル以外の誰もが思った。
 こんなファンシーな代物、ヤンキーな一護には似合っていない。ハリベル様は目が悪いのかと疑い始めたとき、一護の頬を繊細な指がそっとなぞった。
「今日も、可愛い‥‥」
 半分隠れた顔がうっとりしていたのは見間違いか、そうであってほしい。
 ぬいぐるみを抱っこする一護をひとしきり鑑賞した後、ハリベルは去っていった。主の後ろ姿を、従属官達は穴が空きそうなほど見送った。
 スンスンが溜息のあと、言った。
「美しい方は自分に無いものを求めるのだわ‥‥よかったわね、一護」
「‥‥‥うん、‥‥‥ん? なんか俺のこと貶してねえか?」
「そんなことないわよ、お馬鹿さん」
 今のは確実に貶した。ぬいぐるみの一つでも投げつけてやろうかと思ったが寸でで耐える。ハリベル様の贈り物。自分に似合おうが似合わまいが丁重に扱おう。
「やっぱりハリベル様は俺達とは違う‥‥‥‥尊敬するぜ!」
 それはちょっと無理矢理じゃないか、と思ったが人の趣味嗜好に意見する気は一護にはない。アパッチは凄いな、と適当な感想を抱いた後、隣に佇むミラ・ローズを見上げた。
「ハリベル様って目が悪かったりするのか?」
「いや‥‥‥‥素直に受け取っときな、一護」
 一護の髪をくしゃくしゃと撫でながら、ミラ・ローズは苦く笑った。分からなくはないんだよ、と言って。
 結論。
 ハリベル様は、やっぱり変わってる。

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