拾い子シリーズ

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  弟よ  

 
 お腹が空いた。
 きゅうとなる腹を擦り、一護は現在一人で流魂街にいた。やちると鬼ごとをしていたのだが、いつの間にか瀞霊廷を飛び出していたらしい。
 きゃん!
「‥‥‥‥‥‥」
 お腹が鳴ったのだろうか。今までに聞いたことの無いような攻撃的な鳴り方に一護は首を傾げた。
 きゃんきゃん!
 また聞こえた。そうだ、きっと子犬だ。
 一護は道から逸れると茂みの中へと身を進ませた。そして見つけたのはやはり子犬。一護と目が合うと子犬は一丁前に唸り牙を剥き出しにした。
「‥‥‥‥‥‥」
 生意気な奴め。
 首根っこを摘んで持ち上げてやった。きゃんきゃんと煩いので一護は力を加減して子犬にがぶりと噛み付いた。子犬はぴたりと鳴き止み、途端にぷるぷると震え出した。今にもちびらんばかりだった。
「‥‥‥‥‥‥」
 可愛い奴め。
 気に入った。一護は子犬を抱え直すと瀞霊廷へと連れ帰ることにした。昔であったならこの子犬は即食料になっていたが、以前の蛙事件がやちると剣八にばれてからは生きている肉は食べてはいけないときつく言われているのだ。
 前々から弟分が欲しいと思っていたところだ。鍛えれば強くなるに違いない。
 一護はワクワクしながら瀞霊廷へと帰っていった。












「捨ててこい」
 一護がまだ何も言っていないのに剣八は子犬を見ただけでそう言った。それにしてもこの言葉、一護はなんとなくだが身に覚えがあった。
「捨て」
「ぅわー犬だーカッワイイー!!」
 剣八の背中を飛び越えてやちるが顔を見せた。そして一護が抱える子犬を覗き込み、しきりにその体を撫でた。他の十一番隊の隊員達もその強面に似合わず動物好きなのか、一護を囲んでわいわいと騒ぎ始めた。
「名前は? もう決めたの?」
 一護は子犬を見下ろした。
 真白な毛並み‥‥‥‥大福のようだ。
「ダイフク? 美味しそうだね」
 子犬がぎゃんと悲鳴を上げた。もぞもぞと身じろぎして一護に縋り付く。
 可愛い。一護は嬉しくなって子犬に頬ずりした。
「和んでんじゃねえよ! 犬なんて飼えるかっ」
「どうして?」
「世話はどうすんだよ」
「いっちーがするって」
 一護は剣八を見上げてうんと頷いた。思い切り睨まれたが一護も負けじと睨み返した。ちなみに子犬もぷるぷる震えながらうるうるした目で剣八を見上げていた。それを見た隊員達が胸を押さえ、感極まった表情をしていた。
「‥‥‥‥‥駄目だ」
「間があったー」
「っるせえ! とにかく捨ててこい!!」
「‥‥‥‥‥‥」
 一護はしばしの睨み合いの末、くるりと踵を返した。
 これはもう、あれだ。
「‥‥えぇっ、家出なんて駄目だよ! っもう、剣ちゃん!」
「隊長、犬くらいいいじゃないですか」
「そうですよ、俺らも手伝いますから」
 どうやら剣八以外は一護の味方についてくれるらしい。それでも一護には剣八の許可が必要だった。なんせこの子犬は自分の弟になるのだから。
 とりあえず今は家出先を探さなければならない。一護は小さな弟を抱え、当ても無いままに十一番隊を後にした。












「‥‥‥‥お前、まさかそれも食う気じゃないだろうな?」
 面倒な奴に会ってしまった。相変わらず小さいそいつは腕の中の子犬と一護を不審そうに眺めてくる。
 一護は無視して脇を通り抜けた。
「待てっ、挨拶くらいしろ!」
 どうやらこいつは剣八と同じくらいここ瀞霊廷では偉いらしい。白い羽織がその目印になると聞いたが剣八みたいにぼろぼろではないそれに、着こなせてないな、と一護は思うのだ。
「可愛い子犬だな」
 お菓子のおじさんがいた。
 一護は素直に頷いて傍へと寄った。今日も甘い匂いをさせていた。
「お菓子、食べるかい?」
 袖の中をごそごそとし始めたので一護は嬉しくなった。そして貰った菓子の包みを解き、一口で食べようとした。
「‥‥‥‥‥‥」
「ん? どうした、食べないのか?」
「‥‥‥‥‥‥」
 一護はしばし考えに耽り、子犬と菓子を交互に見た。やがて菓子を半分に割ると片方を子犬の口に入れてやった。
「‥‥‥偉いなあ」
 頭を撫でられた。一護は思い出した、この人は浮竹さんだ。
「よしよし。偉い君にはもう一つあげよう」
 やった。
 素直が一番とやちるが言っていたが本当だった。ちなみに剣八は喧嘩一番と言っていた。
 そして子犬がくうくうと鳴くので一護は菓子を半分食べさせた。やちるや剣八がいつもそうしてくれるように。食べ物を半分ずつ分け与えるのは家族の証だった。
「そいつ、十一番隊で世話するのか?」
 まだいたのか。
 一護はちら、と小さいほうを見た。そしてフン、と顔を背けてやった。
「お前なあっ」
「まあまあ日番谷」
 一護は浮竹の後ろに隠れるとあっかんべーと舌を出してやった。無表情でそれをするものだから憎らしさが倍増したのか小さいほう、冬獅郎は浮竹を挟んで一護に掴み掛かろうとした。
「やめないか二人とも!」
「だってこいつがっ」
「日番谷、子供みたいだぞ」
「‥‥‥‥クソっ」
 またしても勝ったと一護は思った。だがそのとき子犬が暴れ、一護の腕から冬獅郎の腕へと飛び移ってしまった。
「‥‥‥‥‥!!」
 しかもぺろぺろと顔まで舐めている。一護はショックで呆然とした。自分はまだぺろぺろされていない。
「おい、やめろ、くすぐったいっ、」
 子犬は小さな尻尾を大きく振って冬獅郎に甘えていた。自分が先に出会ったのに。家族なのに。
 おのれ、小さいの。
「‥‥っな、何すんだお前!?」
 一護の拳は冬獅郎の顔面を捉えていた。しかし寸前で躱され、一護の拳は空を切った。
 しかし第二撃に体は移っていた。華麗な飛び蹴りを繰り出し今度こそ冬獅郎を地に沈める筈だった。
「‥‥‥‥‥‥」
 気付けば地に沈められていたのは一護のほうだった。なぜか冬獅郎が上にいて、自分は下にいる。間には子犬がいてきゃんと鳴いていた。一護は瞬間、悟った。
 自分は、負けたのだ。
「‥‥悪い。大丈夫か」
 手を差し伸べられたが一護は少しも動けなかった。
 やちると剣八以外で、負けたことなど無かったのに。
「‥‥‥‥‥‥」
「どうした?」
「立てないのかい?」
 何の反応も示さない一護を見て浮竹が慌てた様子で体を起こしてくれた。そして冬獅郎が顔を覗き込んでくる。目が合って、一護は途端に俯いた。
 負けた、負けた!
 剣八に嫌われる、やちるにがっかりされる。
「どこか痛いのか? どうなんだよっ」
 何も言わない一護に焦れたのか冬獅郎の語気が荒くなる。それに一護がびくりと震えたとき。
 きゃん!
「いてっ」
 子犬が冬獅郎の手に噛み付いていた。それから中々離さない。
 あれほど懐いていたのに。三人がそれぞれ驚いていると後ろのほうからなんとも場違いな声が響いてきた。
「いっちー帰っておいでー! 剣ちゃんのお許しが出たんだよー!」
 やちるだ。
 しかし霊圧を探るのが下手な彼女だ、声はするのだが中々近づいてこない。
 きゃん!
「っあ、見ーっけ!」
 塀を乗り越えて顔を出したやちるを見て一護はほっと息をついた。そして子犬を抱き上げると、やちるの元へと駆けて行こうとした。しかし立ち止まると踵を返し、浮竹へと頭を下げた。
「え、あ、いやいや?」
 そして今度は冬獅郎に向き直る。
「‥‥‥‥‥なんだよ」
「‥‥‥‥‥」
 一護は子犬を地面に下ろすと冬獅郎の噛まれたほうの手をとった。
「だから、なんなんだよ、」
「‥‥‥‥‥」
「おいっ」
「‥‥‥‥‥」
 一護はぺろぺろしてやった。
「っおぉ!」
 声を上げたのは浮竹だ。冬獅郎は声も出せないでいた。
 一護は噛み傷をぺろぺろと、それこそ子犬のように舐めてやった。そしてひとしきりそうしてやると手を離し、子犬を抱き上げて今度こそやちるの元へと駆けていった。
「‥‥‥‥日番谷、気絶するなよ?」
 ふらふらする冬獅郎の背中を浮竹はそっと支えてやった。

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