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  娘に嫌いって言われたけど父さんそんなことじゃへこたれんよ  

 一心は目の前の見合い写真を睨みつけた。
 そして、
「とうっ!」
 一刀両断。
 それはもう見事なもので、床には傷一つ付いてはいない。見合い写真だけを斬り裂くと、満足そうな顔で斬魄刀を鞘に納めた。
「何をするのじゃ!」
「ふんっ」
「一心!」
「ふんふんふーんだ! 俺は再婚なんてせんもんね!!」
 鼻で笑うと一心は部屋を出ていこうとしたが、すかさず元柳斎の杖が足を払おうと薙いできた。
 それを寸でで避けると二人は睨み合う。
「一人でもいい、見合いをしろ!」
「真咲フォーエヴァー! 断りの言葉はこれで十分だろう!」
 唾を飛ばす勢いでそう言ってやると、元柳斎の霊圧が上がる。それに負けじと一心も霊圧を上げれば、びりびりと建物が震え、一番隊の隊員が避難する足音が聴こえてきた。
「娘が可哀想とは思わんのか」
「思わないね。なぜなら三人とも俺のことが好きだから! 家庭円満、家内安全だ!」
 約二名が反抗的だったが、愛してくれていると信じている。それに真咲以外の女性なんぞを娶ろうものなら絶縁状を叩き付けられるだろう。
「母親は真咲一人だ! それに今は母親役を一番上の子がやってくれている」
「ほう」
 そのとき、きらりと元柳斎の目が光った。
「生まれてから十五年。そうじゃの、年頃じゃの」
「‥‥‥‥じじい、何考えてる」
 だいたい想像できたが自分の口からは死んでも言いたくない。
 鬼の形相の一心を肩をすくめるだけで受け流すと、元柳斎はもう用は無いとばかりにしっしっと手を振って部屋から出ていけと言った。
「うちのもんに手を出すんじゃねえぞ」
「娘は奥方に似ておるのか?」
「教えてやらん」
「そうか、残念なことにおぬしに似ておるのだな」
「違う! 三人とも真咲にそっくりだ! 特に一番上は生き写し」
「ほっほっほ、それは楽しみじゃの」
 はめられた。
 娘に関しては嘘でも不細工とは言えない親バカな一心は自分の正直さに愕然とした。
「揃いも揃って独り身が多くてのう」
「ま、待て、まさかあいつらを相手にさせるんじゃないだろうな」
「ふんっ」
「じじぃー!!」
 その後は双方斬魄刀を抜いての睨み合い。一歩も引かないそれに、元柳斎の教え子二人が仲裁してなんとか事態は収束した。





「一護! 一護はお父さんが一番好きだよな!?」
「母さんのほうが好きだ」
 帰ってきて訳の分からないことを喚く父親を冷静な眼差しと答えでもって一護は迎えてやった。
「二番目はお父さんか」
「親父はチョコの次くらいに好きかもしれない」
 適当に相槌を打ちながら夕餉の支度を進めていく。妹二人も一緒になって台所と食事をする居間とを往復しているのを見て、一護は目元を和ませた。
 妹二人に温かい眼差しを送る一護を見て、一心の目頭が熱くなる。
「くぅ、年々真咲に似てきやがって‥‥‥!」
「泣いてんのか? やめろ、いつもよりも二割増気持ち悪い。食欲が減退するだろうが」
 こうやって口の回るところは自分にそっくりだと一心は思う。顔は愛しい妻にそっくりだが、性格は自分に似て勇猛で男らしい。まさに二人の結晶ともいえる娘を、他の男にやれる筈がないと改めて思った。
「チョコの次でもいい。お父さんがお前達を護ってやるからな!」
「ああ、そう? よろしく」
 こういうやりとりは一体何度目だと一護は呆れたが、いちいちそれを指摘するのも面倒くさい。適当にあしらっておかないと暑苦しくて適わないので、一護はそれなりに調子を合わせておいた。
「真咲! 娘達はこんなに立派に育ってくれたぞ!」
 でかすぎる遺影に向かって叫ぶ姿はとてもじゃないが他人には見せられないものだ。一護はこれでよく隊長をやっていられるな、と不思議で仕方ない。
「早く座れよ」
「お腹空いたよー」
「先に食べちゃおうよ」
 育ち盛りの娘三人はいつまでたっても手のかかる父親を呆れた視線で眺めていた。  





 十三番隊で浮竹と仕事の打ち合わせをしていると、京楽が酒を片手に雨乾堂にやってきた。
「一心さーん、お酒飲まない? ほら、高級酒」
 まただ。
 一心は京楽の愛想笑いを胡散臭げに見返した。最近やたらと自分に優しい同僚達に、一体何を企んでいるのだと探るような視線を向けた。
「酒は仕事場では飲まん」
 酒のにおいを纏って家に帰れば娘達に嫌われる。特に一護からは仕事してきたのかと疑われて、その挙げ句蹴られるだろう。それにムサい男と飲むよりも、一護に晩酌してもらって飲むほうがずっと美味い。
「そう固いこと言わないでさあ。酔って潰れても僕がちゃんと家まで送り届けてあげるから」
「結構だ!」
 妻が亡くなってからは一度も同僚を屋敷に招待したこともなければ、するつもりもなかった。特に娘が大きくなるにつれて、男と接触させるのは極力避けている。
「そういえば娘さん達元気? うんと小さい頃に会ったきりじゃない。会いたいなあ〜‥‥」
「その、一番上の子は死神にはならないのだろうか」
 京楽と浮竹はできる限りさりげなさを装っているつもりだろうが、一心がそれを見破れない筈はなかった。どうにも怪しいと思い、手にしていた書類を脇へと置くと、いつもは飄々とした表情を引き締めた。
「なんだ? いつもと様子が違うな」
 一心の目を細めて相手を観察する様は、心の内までも読まれてしまいそうで、二人は平常心を保つのに苦労した。心の内を知られれば、血を見ることは容易に想像できる。
 じろじろと探る視線を向けていた一心は、次にはぱっといつもの笑顔を見せた。
「まあいい。そうだな、今日は俺の屋敷に来るか?」
「ほんと!?」
「一護はいないがな」
「えー!!」
「馬鹿! 京楽っ」
 まんまとひっかけられた。
 笑顔だった一心は今や般若のように目と眉が吊り上がっていた。その目は娘にちょっかいを出す男を抹殺しようと決意した父親の目だった。
「そうか、あのじじいの差し金かっ‥‥‥」
 見合いをさせたのだろう。そして一護を気に入った同僚達が、父親である自分に取り入ろうと優しさという皮を被った下心でもって接してきたのだ。
 何より分からないのが一護だ。なぜ見合いのことを自分に言わなかったのか。元柳斎との会話から半月、おかしな素振りは少しも見せていなかった。
「まさか、気に入った野郎がいたのか!?」
 一心の知る隊長格達はどいつもこいつも性格に難ありだ。自分の気質を大きく受け継いでいる一護がそんな輩を好きになるとは思えない。
 だがここで一心は忘れていた。自分自身も性格に難ありだということを。そんな自分と結婚してくれた真咲という女性がいたのだ。だが親バカであったため、一護も相手の男の性格に難があっても好きになるかもしれないという考えは、このとき一心の頭の中からすぽーんと抜け落ちていた。
「お前らっ、詳しく教えろ!」
「落ち着いてっ、お義父さん!」
「誰がお義父さんだ! 一護はやらんっ、俺のお嫁さんになるって言ってたもんねー!!」
「うっわぁ‥‥‥」
 それは間違いなく時効だ。
 二人同時にそう思ったが、半ばその言葉を信じている一心にそんなことを言おうものなら殴られる。それに気になる少女の父親だ、これでも。
 できるだけ印象を悪くしないようにと、横恋慕する男二人は言葉を慎重に選んで発言した。
「確かに俺達はお嬢さんと見合いをさせてもらいましたが、断られました」
「それも全員ね。開口一番にごめんなさい、って言われたよ」
 聞いた瞬間、一心の表情は嬉しそうに緩んだ。




「ごめんなさい」
 手をついて、一護は丁寧に頭を下げた。
 覚えてる?と聞かれたが一護は覚えていなかった。幼い頃に会ったそうだが、一護の昔の思い出の中は母で埋め尽くされていて、一度や二度会ったくらいの人物には入る隙間はない。
 そして謝ったのは覚えていないことに対してではなく、この見合い自体を断るつもりでいたことへの謝罪だった。
「俺は当分結婚する意志は無いので、今日ここへ足を運んでくださったこと、心よりお詫び申し上げます」
 京楽は目の前で謝る少女を見つめ、溜息が出た。
 それは怒りでも呆れでもなく、ただ成長した少女に感嘆するものだった。
「顔を上げて」
 ゆっくりと顔を上げた一護の表情は他人を見上げるそれで、覚えてもらえていなかったことに京楽は少し残念に思った。こんなに魅力的に成長した少女には覚えていてもらいたかったと、伊達男の矜持が疼く。
「お見合い、どうして受けたの?」
 最初から断るつもりなら、見合い自体を受けなければいい。
 京楽は知らないことだが、一護にとってはこの質問は何度も受けた。そして何度も同じ答えを返したので、淀みなく答えることができるのだが、その内容は少々こっ恥ずかしい。
「‥‥‥‥親父には言わないでくれますか」
「いいよ」
 ほっとして一護は緊張していた表情を笑みへと変えた。それを見て、一心の奥方にそっくりだという噂に京楽は納得した。性格は極めて父親に似ているようだが。
「その、俺が見合いしたら、親父には見合いを勧めないって約束してくれたから」
「山じいと?」
 小さく一護は頷いた。その頬が薄らと赤いのは、父親を他の女に取られたくないという娘のいじらしさを一護自身認めるのが恥ずかしいのだろう。
「母親は母さん一人だから。他はいらない」
 普段から父親を足蹴にしている一護だが、それでもちゃんと尊敬はしていた。おちゃらけたバカ親だとは侮っていない。母親が亡くなってから一度も女性の影など無かった。それが嬉しかったし、同じ気持ちでいてくれたことが何より誇らしかった。
 するとそんな思いを見透かしたのか、くすりと京楽に笑われた。
「お父さん想いなんだねえ」
「違うっ、俺は妹二人を想って、」
「いい子だねえ」
 本当にいい子に育ったと思う。
 一心が親バカになって、屋敷に招待したがらないのも頷ける。
「あの、親父のこと、これからもよろしくお願いします」
 父親想いの娘はそう言って、最後にまた丁寧に頭を下げた。




 一心は目頭を押さえ、天井を見上げていた。
「可愛いやつめ‥‥‥」
 一度も聞かされたことの無い娘の心情。そこまで想ってくれているとは知らなかった。
 今日は早く帰ってお祝いだ。新しい着物も買ってやろうと心に決めた。
「お父さんは嬉しいぞ。‥‥‥それに比べてお前ら、娘に不埒な想いを抱きやがってっ」
 自分を想ってしてくれた見合い。そこで一護に邪な想いを抱くなんて、一心には許しがたいことだった。それも自分と同じ年の頃の京楽と浮竹、息子になど考えられない。
「奥さんに似ておっとりしてるかと思いきや、気の強そうなとこがまた可愛いんだよねえ」
 随分と年下だというのに、しっかりとした眼差しはまるで歴戦の死神のようだった。その眼差しに見据えられ、遊びに長けた京楽の鼓動はどきりと大きく跳ねた。
「すいません、惚れてしまいました」
 一度会ったきりだが浮竹にとっては忘れられない一時となった。屋敷を訪ねたいと思ったが、一心のいない間にそうするのはなんだか卑怯者の気がして、実行に移したことは無い。
「ぺっぺっ! 一護に近づくんじゃねえ!」
「うわっ、汚いなー」
 子供のように唾を飛ばすと一心は心底嫌そうな顔をして、娘を狙う馬の骨を睨みつけた。
「一護の話を聞いてなかったのか、一番はこの俺なんだよ。父ラヴ! そして俺は娘ラヴだ!!」
「恥ずかしいこと叫んでんじゃねー!」
「おおぅ!?」
 背後から蹴られて一心は数歩たたらを踏んだ。この知った足の感触、間違いないと思って振り返るとそこにいたのは愛しの娘だった。
「一護、なんでここにっ」
「‥‥‥いちゃ悪いかよ」
 どこか気まずそうに視線を逸らす一護の背後にはルキアがいて、ぽそっと理由を述べてしまった。
「黒崎隊長の働く姿が見たかったそうです」
 あっさりとバラされてしまって一護はぱっと赤くなった。
 見に来てはいけないと言われていたので一度もそうはしなかったが、元柳斎に呼ばれて来たついでに立ち寄ったのだ。だが代わりに見れたのは娘ラヴなんて叫んでいる情けない父親の姿だった。
「よしよし一護、お父さんの隊舎に行こうか」
「行かねーよ、帰る!」
 普段よりも父親が二倍増に鬱陶しい。だらしなく笑う一心から逃れると、少しでも早くこの空間から逃げ出したくて、赤い顔を隠すようにして部屋から出ていこうとした。
「待って一護ちゃん、家まで送るよ」
 肩に触れられて、誰だ馴れ馴れしい、と一護が顔を上げるとそこにいたのは見合い番号八番(元柳斎が名前の上にそうルビをふっていた)だった。
「‥‥‥あー、どうも‥‥」
 元柳斎のルビのせいで一護は名前が思い出せない。誰だっけ、という曖昧な笑みを向けると、にっこりと微笑み返されてしまい、一護は言葉に詰まった。
「娘に近寄るな! 一護、この男は会話をするだけで相手を妊娠させるんだぞ」
「そんなわけないじゃん」
「!!」
 一心としてはここで「えーそうなの!?」くらいの反応を期待していたのだが、一護はそこまで初心ではなかった。男との接触をできるだけ断っていたが、それが逆に耳年増にさせてしまったらしい。
 どうやったら妊娠するか、一護はもちろん知っていた。
「いつまでも子供だと思ってたら大間違いだ」
 そう言ってふんっと鼻から息をはくと一護は今度こそ出ていった。
「素敵だ‥‥‥」
 後に残されたのは思いがけない娘の成長に真っ白になる一心と、改めて惚れ直した男二人。そしておしるこが食べたいとぼんやり考えるルキアがいた。




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