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  子連れオオカミ  

 苦しい。  
 何かが一護の上にのしかかっていた。だがまだ眠気のほうが勝っていたので、一護は再び眠りの世界へと誘われる。
 ‥‥‥‥やっぱり苦しい。
 今度は首に何かが巻き付いてきた。ぎゅうぎゅうとそれは容赦の無い力で絞めてくる。
 もしかして金縛りか。こちらでも幽霊が出るというのだろうか。
 さすがに寝ていられなくなり目を開けた。まだ朝日の昇らない時刻だったが、薄暗い視界にはたしかに子供が一護の上にのしかかり、首に巻き付いていた。だがそれは妹の夏梨でも遊子でもない。もっと小さい子供。
「‥‥‥やちる」
「ん、剣ちゃ、」
 俺は剣ちゃんじゃない。
 一護は首から腕を離すと横に寝かしつけてやった。だがまたすぐにやちるの小さい手は一護にしがみついてくる。
 眠気はどこかへと行ってしまった。一護は布団をかけ直してやると寝顔を眺める。
 あどけない寝顔に、妹二人の今よりずっと幼い頃を思い出して自然と頬が緩んだ。同時に眠気が再びやってきて、一護はやちるを胸に抱えながら眠りの世界へと落ちていった。
 翌日、一護は妹二人とやちるにしがみつかれて苦痛の中目覚めることとなった。




 やちるは今一護の家で寝泊まりしていた。
 そもそもやちるとの出会いは一護と剣八が修練と称して斬魄刀で戦った次の日のこと。怪我の治療の為、四番隊に入院していた一護の病室に来たやちると出会ったのが始まりだ。  
 こんなに小さな子供が十一番隊の副隊長だと聞いて驚いたのを覚えている。妹二人がいるせいか、やちるとはすぐに打ち解けた。
「ねえ、いっちー」
「ん」  
 やちるがベッドに座って一護の髪を軽く引っ張ったり撫でたりしている。オレンジ色というのが珍しいらしい。一護にしてみればやちるのピンク色の髪のほうが珍しいと思うのだが。
「十一番隊においでよ」
「駄目」
 隊長の剣八と同じことを毎日のように言ってくる。
 これがやちるでなければ適当にあしらうか睨みの一つでも返してやるのだが、一護は優しく断った。
「やちるは十一番隊が一番好きだろ」
「うん。だって剣ちゃんがいるもん」
「そうか。俺は十三番隊が一番好きなんだ」
 海燕さんがいるから。とは言わなかったけれど。
「だからどこにも行かない」
 やちるが不満そうに口を尖らせた。それに一護が困ったように笑って返す。
「十一番隊に来てくれたらずっと一緒にいられるのに」
「来なくても一緒にいられるだろ」
 そう言ってやちるの頭を撫でてやると機嫌が直ったのか、今日あったことなどを話しはじめた。  
 入院中はほとんど毎日のように一護のもとにやってきては他愛のない話をして帰っていく。退院してからも毎日とはいかないが十三番隊の隊舎に来て一護と話をする習慣ができた。
 剣ちゃんは。
 剣ちゃんが。
 剣ちゃんと。  
 やちるの話はそのほとんどが剣八の話だった。昔流魂街で拾われたのだという。
「親子みたいだな」
 一護がそういうと嬉しそうに笑っていた。その幸せに満ちた幼い顔が、一護にはとても印象的だった。
「いっちーは、寂しくなかった?」
 一護が流魂街の更木にいたことを話したらやちるがそう聞いてきた。その質問に、一護は傍らにあった斬月に無意識に触れる。
「寂しく、なかった」
 斬月を優しく撫でる。
「いつも一緒にいてくれた奴がいたからな」
 優しく、優しく、そしてこれ以上は無いというほどの笑みを浮かべた。
「あたしと同じだね」
「そうだな。今も、一緒にいるんだ」
 そうして二人で笑いあったのがほんの数日前のこと。
 突然やちるが一護のもとにやってきた。なにやらぷりぷりと怒っている。
「あたし、いっちーの家の子になるっ!」
 やちるが家出をしてきた。
 驚いた一護が十一番隊に駆け込んで事情を聞くが、剣八もやちる同様怒っていた。
「好きにさせとけ」
 喧嘩の理由は分からない。  
 だが必然的にやちるは一護の家で預かることとなった。
「私達はかまわないよ」
「ずっといてくれてていい」
 夏梨と遊子は大喜びだ。妹ができたみたいで嬉しいのか、やたらとやちるに構いたがる。実際にはやちるのほうが何倍も年上なのだが。やちる自身も子供と遊ぶということがあまり無いのか、夏梨と遊子の二人とあっという間に仲良くなると三人でそこら中を暴れ回った。
 お陰で一護が帰る頃には家の中は強盗にでもあったかのように荒らされている。
 そんなやちるはいつも楽しそうだが無意識に誰かを探すような仕草をしていた。それを見て、一護は仕方無さそうにため息をついた。
「帰りたいんだろ」
「そんなことないよっ」
 意地っ張りめ。一護がやちるの頭を撫でて、優しく諭すように顔を覗き込んだ。
「一緒に謝りに行ってやるから」
「あたし悪くないよ。悪いのは剣ちゃんだもんっ」
 一体剣八はやちるに何をしたんだ。やちるは怒りながらも煎餅をばりばりと食べている。  
 しばらくの間やちるの煎餅を食べる音だけが響いていた。やがて一護はやちるを持ち上げると膝の上に乗せてやり後ろから包み込むように抱きしめてやった。
「いっちー?」
「‥‥‥じゃあ、俺の家の子になるか」
「‥‥‥‥‥」  
 ぱりん。
 煎餅の割れる音。
「やちる」
 一護がやちるを抱えて優しく揺らす。
「‥‥‥剣ちゃんは何て言うかな」
「さあな。好きにさせとけって言うのかも」
 やちるが俯いてしまう。後ろからだとどういう表情をしているのかは一護には分からない。
 言い過ぎたか。こう言えばやちるが怒って剣八のところに帰ると思ったのだが、そんなに簡単なものではないらしい。  
 一護が再びやちるを抱えてゆらゆら揺れる。
「前に言ったよな。俺とやちるは同じなんだって」  
 やちるの小さな体がわずかに反応した。
「大事な奴がいつも一緒にいるって。だから寂しくないんだろ」
 後ろからやちるの顔を覗き込む。髪に隠れて表情は見えなかった。
「でも、今のお前は寂しそうだ」
 横に流れた髪を耳にかけてやる。
「どうして?」




 翌日やちるは十一番隊に戻った。
 ひとりでは心細いからと一護と共に。
 だが一護に抱っこされてやって来たやちるに真っ先に謝ったのは剣八のほうだった。一護は意外に思いながらもやちるを剣八に渡して去ろうとする。後は久しぶりに家族水入らずの時間を過ごせばいいと思っての配慮だったのだが。
「なんでこうなるんだ」
 なぜか一護はやちると剣八の家に一泊することになってしまった。  どうやらやちるは一護の家に泊まっていた際、一護達姉妹の川の字ならぬ小の字に感銘を受けたらしい。一護を強引に引き止めると一緒に川の字で寝てほしいと頼み込んできた。
「えへへっ」  
 えへへじゃない。その緊張感の無いやちるの笑いに一護は枕に突っ伏した。
 寝るのに緊張するのはおかしいだろうか、いや、おかしくない。一護は自問自答する。なんせ男と一緒の布団で寝たことなど一度も無い。間にやちるがいるとはいえ一護には考えられない状況だ。
 剣八も剣八だ。どうして嫌がらなかったのか。
「剣ちゃん、早くー!」
「ちょっと待ってろ」
 やがて髪を下ろした剣八が寝室に入ってくる。初めて見るその姿に一護は釘付けになった。
「まともに見える」
「あぁ?」  
 柄の悪さは変わりなかったが。薄暗い照明のせいもあるのだろうか、いつもの殺伐とした雰囲気はなりを潜めていた。  
 そして剣八が布団に入るとやちるが歓声を上げた。
「川の字完成!」  
 それに呆れながらも剣八がやちるに布団をかけ直してやる。そんな剣八が一護の父親の姿と重なった。
 鼓動がはねる。  
 昔を思い出したのかもしれない。妹二人がまだ生まれていない、自分がまだやちるぐらいに幼かった頃こうして三人で寝たことがあった。決して色あせることの無い日々。
「いっちー子守唄、唄って」
 やちるがいつもよりも甘えた声でねだってくる。一護の家に泊まっていたとき、慣れない家で最初は寝付けなかったやちるに唄ってやっていた。
 そのときは母親が唄ってくれていた唄を必死になって思い出した。ところどころ途切れたが、やちるも夏梨も遊子も嬉しそうに聞いていた。
 ちらりと剣八を見る。ただでさえ男と同じ布団にいるというのに子守唄まで唄うなんて。  
 だが剣八はにやりと笑うと横になったまま頬図絵をついて聞く体制に入った。
 仕方ない、恥ずかしいが覚悟を決める。
 最初は照れまじりに唄いはじめ、やがて心地よい旋律に合わせてやちるのお腹を優しくたたいて調子をとった。恥ずかしさでうわずっていた声もやがて澄んだ穏やかな声となってやちるを眠りへと誘っていった。
「‥‥‥寝たな」
「ああ」
 二人でやちるの寝顔を覗き込む。昼間は怪獣のようだがこうして眠っているとまるで天使のようだった。
「意外とうまいじゃねえか」
「あんたも意外と父親らしかった」
 一護の言葉にふんっと顔をしかめる。だがそれは照れ隠しだと一護には分かっていた。
 やちるの寝顔を眺めて自然と笑みがこぼれた。妹二人もそうだが、見ていると護ってやらなければという思いが一護の中から際限なく溢れてくるのだ。
「そうしてると女にしか見えねえな」  
 剣八も最初は男だと思っていたが戦っている最中に女だと気付いたのだ。よく、女の身でありながらあの更木を生き残れたものだと感心する。唄っている姿を見て一層そう思った。まるで普通の娘のようではないか。  
 いつもの死覇装とは違って薄い着物に包まれた体は細かった。腕も首も、自分の半分以下よりもなお細いのではないかと思う。それがよく身の丈ほどの大刀を振り回せるものだと今さらながらに驚いた。
 蝋燭の淡い照明が一護の姿をゆらゆらと照らす。光の一進一退にふと目を逸らしてしまえば、気付かぬうちに闇が一護を隠してしまいそうな、そんな不思議な感覚を覚えた。
 そのため一護から目が離せない。
「るせえ。早く寝ろ」
「てめえが先に寝ろ」
 寝顔は絶対に見せたくない。  
 目を逸らしたくない。
 一護と剣八の押し問答はしばらく続いたが、やがて二人は眠りについた。




「あたし、もういっちーに十一番隊に来てって言わないよ」
 どういう心境の変化だろうか。やちるが剣八と仲直りをして、一護と三人一緒に寝た次の日。やちるは十三番隊の隊舎に来るとそう宣言した。
「あーそっか、うん、それはいい傾向だ」
 突然どうしたのだろうか。嫌な予感を感じつつ一護は曖昧に返事を返す。
「うんっ! だってね、十一番隊に来なくてもね、」
 やちるはこれほどの名案は無い、とも言いたげに嬉しそうに話した。
「いっちーが剣ちゃんのお嫁さんに来ればいいんだもんっ」
「んなっ!」  
 一護は撃沈する。  
 そこに辿り着いたのか、と。
「また川の字で寝よーねっ!」


 
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