ローテンションガール
「なあなあ一護、今日、お前んち行っていい?」
屋上の日陰になった場所で、一護と啓吾は膝を抱えて座っていた。いつもはもう一人、水色がいるが、今日は彼女とデートらしい。
「駄目」
「なんで! 今日は一護の家族はいないよな!?」
うきうきした啓吾の声が一気にどん底に落ちる。たしかに今日、一護の父親と妹二人は家にはいない。父親は医師会の集まりに、妹二人は学校の行事だ。
しかし、啓吾を呼ぶわけにはいかなかった。
「いないけど、駄目」
「だからなんでだようっ」
「‥‥‥‥‥客が、来る」
「なんだよその間! 客って誰? 男?」
「女もいるけど、男も、いる」
それも揃いも揃って窓から入ってくる。カーテンを引いて鍵を閉めても天井のライトを外して入ってくるから一護にはお手上げだった。
「浮気だっ、浮気ー!!」
「なんでだよ。いちいちうるせえな」
「あぁっ怒るなよ一護ぅ! 座って座って、帰んないで!」
腰を上げた一護に、啓吾は必死に帰らすまいと縋り付いてくる。すぐには帰るつもりの無かった一護は素直に腰を下ろし、縋り付いてくる啓吾をそのままにさせた。
「時間、まだ大丈夫だよな? もう少しここにいられるよな?」
下から覗き込んでくる顔は、許しを乞うぬいぐるみ姿のコンとどこか似通っていた。それを更に踏みつぶしてやりたくなるのがコンだが、甘やかしてやりたくなるのが啓吾だった。
情けなく眉を寄せた啓吾の唇に、一護はちゅっと音を立ててキスをした。途端にへらへら笑い出す啓吾はとても扱いやすい。こういう馬鹿っぽい‥‥いや、裏表の無いところが好きだった。
「一護、好き、えっちしたい」
己の欲望を包み隠さないところも好きといえば好きだ。だがときどき調子に乗りすぎるところがあるので、太腿に伸びてくる手を一護は抓ってやった。
「いてっ! ‥‥‥なんだよう、ちょっとくらいいいじゃん」
ぶーぶー言ってくる唇をもう一度塞いでやって、しばらくは恋人らしく触れ合っていた。
しかし、睦み合う二人の邪魔をする気配が近づいていた。もちろん気付いたのは一護で、一旦顔を離すと視線をずらす。啓吾の肩越しに、知った顔を見つけた。
「どうぞ、気にせず続けて」
できるか!
一護は「ん〜っ」と言いながら唇をタコみたいに突き出してくる啓吾を突き飛ばすと、顔を真っ赤にしてフェンスの上を睨みつけた。
優雅に髪を掻き揚げる弓親と、険しい表情をした一角がいた。
「一護? どうしたんだよ」
「‥‥‥‥なんでもない。もう帰る」
「っえー! まだ大丈夫だって言ったじゃんっ、もっとちゅーしたいっ、ちゅー!!」
顔を近づけてくる啓吾を押さえ、一護は二人を振り返る。どっか行け、と目で言ったが、弓親のほうは面白がっているのか笑みを浮かべてその場を離れない。挙げ句の果てにはフェンスの上に腰掛けて、観戦しようとしている。
「ちゅーしてやったら?」
「うるせえっ、あっち行け!」
「っい、一護!? ひどいっ!!」
「あ、違う、今のはお前に言ったんじゃなくてっ、」
涙目になった啓吾が抱きついてきて、いつもの調子で受けとめた一護はしまったと思った。じーっと見られている今、居心地が悪い。しかし突き放すこともできなくて、一護は胸に顔を埋めてふんふん匂いを嗅いでくる啓吾に溜息をついた。
「仲が良いねえ。君がそういうヘタレた男が好きだとは知らなかったよ」
「余計なお世話だっ」
「なにが?」
「だからお前じゃねえっての! 黙って俺に抱きついてろ!」
締め付けるように腕を回し、啓吾の頭を抱き込むと、なんとも幸せそうな顔をするから困る。
若干火照った顔で、一護は死神二人へ早く行けと目で訴えた。弓親はぷっと吹き出していたが、ようやく腰を上げてくれた。一角は相変わらず険しい表情のまま、一護達に近づくと。
「いっっってえ!!」
啓吾の尻を思い切り蹴飛ばした。
唖然とする一護と、尻を押さえて転がり回る啓吾を背に、二人の死神は颯爽と去っていった。