間夫を信じて何が悪い
01
遊廓に、香るは甘い匂い。
「なにこの大量の鯛焼き。まさに大漁ね」
良い匂いにつられてまた一人、恋次の部屋へとやってきた。
「一護がくれたんです。皆で食べろって」
「やりっ! 鯛焼きなんて久しぶりに食べるわ。ていうか、あんたの間夫って変わってるわね」
普通、贈るなら簪や着物だろうに。そう言いつつも乱菊はさっそく鯛焼きを手に取って頬張り始めていた。
「んまーい! で、一護は?」
「これ届けて仕事に行きました。二ヶ月は来れないからって」
恋次は不機嫌そうに胡座をかくと、まだ山となって残る鯛焼きの一つを手に取った。
あの愛人が男心を介さないのはいつものことだが、突然やってきて鯛焼きを押し付けると開口一番に、しばらく会えないからじゃーな恋次、なんていくらなんでも酷過ぎる。
それにしてもなぜに鯛焼き。確かに好きだが、ここは形見の品でも預けて、いない間の俺の代わりにしてくれとか言ってみろと恋次は思う。だが一護はあっけらかんと、装飾品でも良かったが自分は薄給だし、恋次、お前似たようなのいっぱい持ってるだろ、と言ってのけたのだ。
「きっと現世の任務ってやつよ。いーなー、珍しいもの土産にくれるわよ」
「あげませんからね」
物欲しそうな乱菊を、恋次は睨みつけた。以前、一護が土産にくれた現世の菓子を、乱菊を始め同じ郭の仲間達にほとんど強奪されたのだ。
それを一護に嘆けば、トロいやつ、と笑われた。そして安物の硝子玉をくれた。現世の道端に落ちていたというそれを、数多の高価な贈り物を受け取る恋次に渡してみせる一護は大物なのかズレているのか分からない。ただ恋次はそれを大事に取ってある。
「寂しそーねー。そんな顔して他の旦那方の前に出てみなさい、皆きっと勘違いするわ」
乱菊は唇に付いた餡を指で拭い、そのまま恋次の顔を指差した。一体どんな顔だ。鏡台を見ると捨てられた犬のような自分と恋次は目が合った。
「恋してるのね」
今さらな台詞を言われた。
恋次が間夫の一護にぞっこんなのは郭の誰もが知るところだ。貴方だけだと言いながらも数人の間夫を手玉に取って金を吸い取る者達がいる中で、恋次だけはたった一人の間夫に本気で惚れていた。それを嘲笑う者もいれば、乱菊のように羨む者もいた。
「素敵ね。とっても素敵。ねえ恋次、捨てられないで、離しちゃ駄目よ」
こんなところにも本当の情があるのだと証明してみせて。
恋次にはそう聞こえた気がした。
「ただいま恋次、これ土産な、ブサイクだろ!」
二ヶ月経って、ようやく戻ってきた一護がくれた現世の土産は、奇妙な人形だった。獅子を模したというそれは、恋次にはどう見ても狸にしか見えなかった。
「正直いらねえ」
「だったら冬獅郎にでも」
言いかけた一護から恋次は人形を奪い取った。あの売れっ子確実と言われている新造のガキに、例え小汚い人形と言えど一護の土産をやってなるものかとムキになった。
一護が欲しい。そう面と向かって恋次に言ってきたような生意気な小僧なのだ。
「もらっとく」
あぁ、また変なコレクションが増えた。
金の掛からない一護からの贈り物は総じて変なものばかりだった。
「部屋、行こうぜ」
一護の腕を急かすように引っ張った。体に傷ができてないか確かめたいし、何より二人きりになりたい。お呼びが掛かれば行かなくてはならないのだ、少しでも長く一緒にいたかった。
「なあ、恋次」
大人しくついてくる一護が言った。
「二ヶ月会わない間に、綺麗になったな」
この男誑し。
他のどんなに熱い口説き文句より、一護のこの何気ない言葉に恋次は動揺してしまう。