キレたナイフとハゲたチキン
「おい、一護」
六番隊の隊舎を横柄な態度で訪ねる男がいた。
部屋にいた隊員達が一斉にそちらへと視線を向け、次いで部屋の奥で筆を走らせる同僚を見た。派手なオレンジ頭の同僚は、先ほどから黙々と書類を捌いていた。
「おいコラ、無視すんな!」
「休憩まであと半刻あります。出直してきてください」
「バカ、こっちは腹減ってんだよ。いいだろ、ちょっとくらい」
「飢え死にしろ」
「おいてめえっ、聞こえたぞ!」
こめかみに青筋を立てて部屋の奥へと突進しようとする男に、隊員達はいけないと思いつつも笑ってしまった。この温度差が毎度おかしくてたまらない。
「笑うんじゃねえよお前らぁっ、ぶっ飛ばされてえのか!」
「すいませっ、ブハ! ‥‥‥‥‥黒崎、行っていいぞ」
「ではお言葉に甘えて。行くぞハゲ」
「ハゲじゃねえよ!!」
来いポチ、みたいな感じで一護が呼ぶものだから一同はまた笑ってしまった。そんな隊員達を睨みつけながらも大人しくついていく男が去った後、部屋はしばらく笑いに包まれた。
「なんだよあいつら、来るたびに笑いやがって」
「お前の頭部がおかしくてたまんねえんだろ。いつも良い角度で光を反射してるからな」
「てめえ、殴らせろ」
「断る」
隊舎の裏庭を突っ切って行けば林が見える。林道の入り口辺りに古びた長椅子があり、そこに二人は腰を下ろした。
そして一護は持っていた風呂敷包みを開くと、中にあった重箱の一つを一角に手渡した。
「おう‥‥イタダキマス」
「よし」
いただきますの一言が妙に照れくさい一角は、誤摩化すように具をつついた。中にはだし巻き卵がいつも入っていて、それを一角はいつも一番につつく。
「うめえ」
「当たり前だ」
「‥‥‥いや、ほんとにうめえよ」
「どうも」
「‥‥‥‥お前、良い嫁に、なれんじゃねえの、」
「相手してくれる奴がいればな」
食事をしながらも一角は隣に座る一護をちらちらと盗み見た。実は前から言いたいことがあるのだが、一角にとっては初めての経験であった為に、どうにもあと一歩踏み出せない。
「‥‥‥‥お前さ、今度席官入りするんだって?」
「ん、そうみたい」
このチキン!
脳内で弓親の罵倒が響いた気がしたが、自分でも情けないとは思いつつも本題から話は逸れていった。こうして結局は何も言えずに今日も隊舎に帰る羽目になるに違いない。
「大人しいふりすんのやめた途端に絡まれちまってよ。全員ボコにしたら降格じゃなくて昇進だなんて、うちの隊長も変わってるよな」
「護廷はいつだって人手不足だろ。強い奴に事務処理ばっかさせてたってなあ」
早めに食事を終了して一護を見ると、あまり食が進んでいないようだった。半分も減っていない弁当箱を見下ろす一護の表情はどこか暗く、沈んでいるように見えた。
「どうしたんだよ、お前」
「うん‥‥うん、なんか、すっげえ憂鬱なんだ」
やがてぽつぽつと語り始めた一護の話はこうだ。
任務で久しぶりに強い虚を相手にして少々ハジけてしまった。これはいけないと思って斬魄刀を使わないで慣れない鬼道で対抗しようとしたら、ついつい素手の方で虚の仮面を破壊してしまい、一緒にいた同僚達にドン引きされたというのだ。
「キレたナイフとか、変な渾名つけられるし‥‥」
深いため息を落とす一護のオレンジ髪を、気付けば一角は撫でていた。
「他の奴がどう思おうがいいだろ、お前、頑張ってんだから」
一護の髪は柔らかかった。指を通すようにして撫でてやれば一護は次第に力を抜いて、目を瞑って受け入れてくれた。随分、心を許してくれたと思う。本当はもっと、許してほしいことがあるのだが。
「それに隊長格の力なんてもっと凄いっつうの。お前一人、化け物じゃねえって」
「‥‥‥‥化け物とまでは言われてないんだけど」
「いやっ、まあ、うん! あれだ、くよくよすんな! ‥‥お、俺が、いるだろ」
一護は目を開けると一角を見た。まじまじと見つめられて、一角は視線を逸らさないようにするので精一杯だった。
「お前、」
「お、おう、」
「そっか、お前が、いるよな」
それから一護はへにゃへにゃと笑った。キレたナイフの癖に、豆腐みたいに柔らかく微笑みやがってと一角が胸を高鳴らせていると、不意に一護が手を握ってきた。
「嬉しい‥‥」
そっと耳元で呟かれて、それから後のことを一角はよく憶えていない。
数刻経っても戻ってこない相棒を心配して、弓親が探しにきてくれるまで呆然としていたらしい。
「よお、チキン」
そう言われて無理矢理現実に引き戻された一角だった。