酔ってねえって言ってる奴に限って酔ってる
「おい、スキップしろ」
口も悪いが、酒癖も悪い。
酔っぱらった一護を背負い、一角は大きく溜息をついた。
酒屋でへべれけになった一護を自宅まで送り届けてやれと言ったのは弓親だった。ついでにやっちまえとも言っていたが、それはない。‥‥‥ない、よな。
「スキップスキップー!」
「こら、暴れんなっ、」
「もしくはギャロップー!」
あまりに煩いのでスキップしてやった。途端に後ろから具合の悪そうな声が聞こえてきた。
「気持ち悪っ、う、うぇっ、やめろ、俺を殺す気か、」
言わんこっちゃない。顔色を伺おうと後ろを向けば、至近距離に一護の顔があった。唇が触れそうな距離に、酔ってはいない一角の顔が瞬時にして真っ赤になった。
「ばっかやろー‥‥、少しは俺をいたわれー‥‥」
酒臭い息を吐き出しながらも、一護の表情はとろんと蕩けていた。下唇なんて突き出して、思わず吸いつきたくなる。
「うっ、あ、えっと、」
己の上擦った声に、更に心拍数が上がった。一護はじっと見つめてくるし、その目はうるうるしていて誘っているようだ。
「一角‥‥」
濡れた声で名前を呼ばれ、一角はくらくらした。夏の夜風は涼しい筈なのに、汗が噴き出してくる。はぁ、と耳元で嘆息されて、ごくりと唾を呑み込んだ。
なんだこのいい雰囲気。やっちまえと、弓親の声が頭の中で木霊した。
「い、いち、ご」
「おうおう、お月様じゃぬぇーか!」
ぺちぺちと叩かれたのは、一角の頭部。空に月は無い。
「毎晩、満月とは贅沢だなぁ、オイ!」
「てんめえっ、振り落とすぞっ」
「褒めてんだよ。ツルツルしてて、気持ちいい」
ちゅ。
後頭部に何かが押し付けられた。妙な効果音を添えて。
一角の思考が停止する。ついでに足も止まり、一護がどうしたんだよと能天気に聞いてくる。
「一角?」
「お前、今‥‥」
「今? これ? ちゅーって?」
今度は目元にキスされた。いや、キスというよりはただ吸いついていると言ったほうが正しいのかもしれない。ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音を立てて一護が熱い唇を押し付けてくる。
「あ、痕付いちまった」
それはキスマーク!
顔に付けられるというのがアレだが、その事実に一角の頭頂部までもが赤くなった。一護が、「太陽だ太陽!」とはしゃいでいたが、怒る気にもなれなかった。
黙り込んだ一角に、一護が心配そうな顔をして覗き込んでくる。
「あれ、怒った? 怒った?」
酒で呂律の回らない舌は、一護の喋りを幼くする。甘えたような話し方に、一角の中で、ぶちっと何かの切れる音がした。
「っお、おぉ!?」
突然腕を離されたせいで、一護が驚いた声を上げて地面に落ちた。まともに打った尻を撫でながら、怒ったように見上げてくる。
その突き出した下唇に。
「‥‥っい、ってー!」
噛み付いてやった。
「いてっ、いてえ! なにすんだっ」
押し返してくる一護の手を捕まえると強く握り込む。下唇を解放したと同時に、今度は唇全体を覆うようにして塞いでやった。小さな唇を舌で舐め上げてやると、一護の体がびくりと震えた。
「っん、んん‥‥」
「口、開けろ」
首を横に振って嫌がる一護の顎に手をかける。少し力を加えると、簡単に開いた。するりと舌を忍ばせて、上顎を舐めてやると、同時に一護の眦から涙が零れ落ちた。
「‥‥‥泣くなよ」
もっと濃厚に探りたいところだったが、泣かせてまではしたくない。あっさりと解放してやると、途端に一護の拳が飛んできた。しかし酔いと酸欠とで、へろへろとした情けないパンチだった。
「俺のっ、ファーストキス!」
「はぁ!? お前っ、初めてかよ!?」
一角とそうは歳の変わらない一護だ、もちろん経験済みだと思っていた。さっきはあれほど積極的に迫っていたから、てっきり慣れているのかとさえ。
「初めては、お花畑で、周りに蝶々とか飛んでて、鳥とか歌ってて、そんでもって素敵な人とー!!」
「なんだよそれっ、夢見過ぎだぞっ、」
「こんなハゲとやっちまったー! 返せよ、今の返せ!!」
「ハゲって言うな! いいだろ別に、俺とで! なんなら責任とって一生面倒見てやるから!」
勢い余ってプロポーズ。
言った後で後悔したが、もう遅い。暴れ回っていた一護が、まじまじと一角の顔を見つめていた。
「いや、一護、今のは」
「はったり?」
一護の眉間に皺が寄った。怒っている。
「違う! ‥‥‥本気、だ」
耳が痛いほどに、顔が赤くなっているのが分かる。こんな筈じゃなかったと思っているのは一角のほうだった。本当ならもっと、雰囲気のある場所で、一護に想いを伝えてしまいたかった。
それが普通の道端で、しかも相手は酔っている。
「花は咲いてないし、鳥はもう寝てる時間だし、」
一護がぽつりとそう言ったかと思うと。
「でも、ま、いっか。こんなの貰ってくれるの、たぶんお前くらいだろうし」
「へ」
一護の顔が近づいて、額にちゅっとキスされた。それから頭を抱え込まれ、何度も唇を押し当てられた。
「このツルツルが俺のものか〜」
鼻先に当たる一護の胸の膨らみを一角が堪能していると、やがて寝息が聞こえてきた。
一護は幸せそうな顔で眠りこけていた。
翌日。
「は? キス? なにそれ?」
一護は昨夜のことをまったく覚えていなかった。