道は違えど同じ空
「すっげー、おっきな船ー」
天を指差す銀時につられ、桂と高杉は上空を見上げた。快晴の空に、不吉な影。たしかに大きな空中戦艦が五隻、唸り声をあげて飛んでいた。
「かっこいいなあ、俺ものってみたい」
「何言ってんだ馬鹿」
「ったぁ‥‥‥‥何すんだよぅ、バカ杉」
「お前が馬鹿言うからだろ」
「そうだぞ、銀時。天人の戦艦に乗りたいなどと、お前はそれでも日本男児かっ」
「俺、おんなだもん」
「都合の悪いときだけ女になりやがって」
今の銀時ときたら男物の着物を身に纏い、髪はうなじにかかる程度の短さ、まるで少年だ。松陽先生がいくら女物の着物をすすめても嫌がって着ようともしない。このまま成長すれば色々と面倒なことも増えるだろうに、はてどうしたものかと男親のように心配がつきない桂と、女だってもっと自覚するように痛い目見せてやろうかと不穏なことを考える高杉だった。
「なあ、こたろー。宇宙ってどんなとこなんだろーな」
「知らん」
「たのんだら乗せてくれるかなー」
「もう一回殴んぞ、銀」
見せつけるように高杉が拳を上げると、銀時はきゃっと声を上げて逃げていった。その後ろ姿は少年そのもので、まだしばらくは大丈夫か、と二人は安堵の息をはく。
「行ってみたいな広いそらー」
遠くのほうで、銀時がまだ言っている。お前は宇宙よりも嫁に行けるかどうかを心配したほうがいいぞ、と男二人は同じことを思った。
その十数年後。銀時はもじゃもじゃと一緒に宇宙へと旅立ってしまうことを二人はまだ知らずにいた。
江戸のターミナル。
今日も一日三百隻以上の宇宙船が出入りを繰り返し、ロビーは地球人、天人でごった返していた。
その中をスーツケースも持たずに歩く身軽な人間がひとり。
髪は銀髪で、全体的に色素が薄い。どこか浮世離れした雰囲気に、天人なのか、地球人なのか、判別はつきかねた。
案の定、入国審査でパスポートを示すと係の人間に怪しまれ、別室へと連れていかれてしまった。
「坂田銀時さん。あなた、本当に地球人?」
「あったりめえよ。生まれも育ちも地球だよ、俺」
「見えません」
「ちなみに攘夷戦争にも出兵しました」
「なに堂々とタブー口にしてんの!?」
地球人だということは分かってもらえたのだが、代わりに警察を呼ばれてしまった。攘夷志士と疑われたのだ。
またまた別室に連れていかれる羽目となった銀時は、手持ちの時計を確認してがくりと項垂れた。
「遅い」
もう何度同じ台詞を口にしたか分からない桂は、苛々と通りを睨みつけていた。隣で座るエリザベスが茶を啜り、『もう少し待ってみましょう』と文字で宥めてくる。
待ち合わせの茶屋に、指名手配中のテロリスト、桂小太郎とエリザベスはいた。
顔を隠すどころか変装もしていない。その堂々たる様子に、逆に周囲は不審には思わない。エリザベスが不審を形にしたような出で立ちだったが、天人も珍しくないこのご時世、それほど気にはされなかった。
「ん、‥‥‥‥なんだ、坂本か」
携帯が震えると同時、即座に懐を探った桂だったが、液晶に映し出された名前を見た途端、あからさまにがっかりした。
「俺だ」
『あ、ヅラか? 久し振りじゃの〜!』
「ヅラじゃない。桂だ。ところで銀時がまだ来んのだが」
『それがのう、なんでもターミナルで攘夷志士と間違えられて警察に連れていかれたそうなんじゃ〜あはははは!』
「なんだと!?」
『陸奥が今引き取りに行っとるきに、お前は大人しゅう』
「行くぞエリザベス!」
話もそこそこに茶屋を飛び出すと、一人と一体は、あっという間に歌舞伎町の路地に消えた。
ところ変わって、江戸の治安を守る警察、その名も真撰組。
朝から攘夷志士と疑われる人間が屯所に連行されていた。
「だからぁ、たしかに攘夷戦争には参加したよ? でも今は善良な一般市民だって言ってんじゃねえか」
「だったらその木刀はなんだ」
「あ、これ? 洞爺湖? こないだ仕事で立ち寄ったときになんかテンション上がって買っちゃったんだよね。あるっしょ、そういうの」
「そうそう中学生のとき‥‥‥‥って、てめえいくつだよ!」
「黙秘権を行使する」
「土方さん、生年月日がパスポートに書いてやすぜ。なになに、へーふ〜ん、あんた結構歳食ってますねえ」
「やめて! 傷つくからやめて! 銀さんは十七歳なの! 十七歳で永遠に時が止まってんの!」
「十七歳はさすがに図々しいぞ」
「何これ何この仕打ち! はるばる宇宙から生まれ故郷に戻ってきてみりゃ、いつから地球は三十路間近の人間にこんな厳しい星になっちまったんだよぉ!!」
がばっと机に突っ伏してしくしくと泣き始める。普通なら同情するところだが、しかしここは尋問室。嘘泣きくらい見抜けなくてなにが真撰組か。
男二人はしらーっとした態度を崩さなかった。銀時はちっと舌を打つ。
「ていうか名刺ちゃんと見た!? 快援隊だよ、俺そこの幹部だよ!? 任○堂にも負けない優良企業だぞコラァああ!!」
「それなら今問い合わせてる。ちょっと待ちな」
「俺の無実が証明されたら覚えとけよ! お前らんとこの上司に正式に抗議入れてやっからな!」
「そりゃ大変だ。土方さん、ここで口を封じときましょう」
「総悟、おめえは引っ込んでろ」
バズーカを持ち出す沖田を制し、土方は前に出た。
「桂と高杉を知ってるか」
「はぁ? 誰それ」
「江戸を騒がせてるテロリストの中でも、急先鋒の二人だ。ちなみに快援隊といやあ、ガキでも知ってるほどの有名な貿易会社だよな。そこの幹部社員が攘夷戦争を生き残った侍と聞きゃあ、色々と疑っちまうのは仕方のねえことだと思うだろ。そう、たとえば、武器を始めとした物資提供してんじゃねえのかってな」
「あいたたた〜土方君、そういう妄想は中学生で卒業するべきだよ」
「てめえに土方君呼ばわりされたくねえよ! いいから吐け!」
「結局力技!」
横っ面を思いきり殴られ、銀時は吹っ飛んだ。頬に手を当て、ひどいっ、としなをつくってみせるも、真撰組の副長はもうお遊びは終わりだと言わんばかりの鋭い目つきでこちらに迫ってくる。
「土方さ〜ん」
「だから総悟、おめえは引っ込んでろって」
「女殴るのはどうなんですかねぃ。さすがの俺もドン引きでさぁ」
「は?」
沖田がパスポートを覗き込みながら言う。
「俺ぁ英語には明るくないんですが『female』っていうのは『女』って意味ですよね?」
「‥‥‥‥‥いや、違うだろ。『H○RMES』って書いて『エ○メス』って読む時代だぜ。だから違う、ぜったい違う」
「土方サイテー」
軽蔑の目で見られ、土方のこめかみを冷たい汗が伝い落ちた。恐る恐る床に転がる容疑者を見下ろすと、同じく軽蔑の目。
「‥‥‥‥‥す、すまねえ」
ドォオオオオオン!!
「なんだ!?」
部屋全体を揺るがすほどの爆発音。慌てて外に出ると、煙がもうもうと上がっていた。右往左往する隊士達を嘲笑うかのように、爆発は何度も続く。
「江戸って物騒になったなあ」
のほほんと答える銀時。二度目の爆発で屋根が落ちてきて、無傷はいいが爆風で天パが増えている。
沖田も土方も対応に走り、部屋にはひとり。逃げるには絶好の機会だった。
「ありがとよ、こたろー」
キラキラ光る、幾千万の星々。
「きれい」
土手に寝転び、銀時は星を掴む。
「はい、こたろーにあげる」
「うむ、ありがとう」
他愛無い遊びに、桂は真面目に付き合った。銀時を挟んで反対側に寝転んでいた高杉が、ばーか、と揶揄する。だが自分には一向にくれないと分かると、機嫌は急降下。げしっと銀時を蹴りつけた。
「高杉っ、乱暴はやめろ!」
「尻がわれたっ、ころしてやるっ」
「ちゃんと二つに割ってやったんだろうが。感謝しろよ、銀」
「触るんじゃない!」
銀時の尻をぺたぺた触る高杉から庇い、桂は場所を入れ替わった。夏とはいっても夜は少々肌寒い。ぴったりくっついてくる銀時に羽織を被せ、寒くないよう抱き込んだ。高杉に言えた義理ではないなと思いつつ、自分よりも一回りは小さい銀時の体を夜風から守ってやった。
「きーらーきーらーひーかーるぅうううう」
「うるせーぞ、銀。風流も何もあったもんじゃねえ」
「いいではないか」
このときはまだ、三人ともただ純粋に子供であれた。純粋に、そして単純に信じていた。いつまでも一緒なのだと。
それなのにいつからだろう。いつから三人は、道を違ったのだろうか。
「おなごの顔を殴るとはけしからん!!」
手ずから作った氷嚢を銀時の頬に当て、桂は怒りの声を上げた。相変わらず銀時の体は自分よりも一回り小さくて頼りない。それなのにいくら攘夷志士の疑いがあったとはいえ、殴りつけるとは何事か。真撰組。所詮は戦争を知らぬ俄侍の集まりか。
「もう怖くないぞ。俺がいるから安心しろ、銀時」
「うん。あ、そこのクッキーとって」
右手には苺牛乳、左手には苺大福。両手の塞がった銀時の口に、桂はさも当たり前のようにクッキーを持っていって食べさせてやった。端から見れば恋人同士。桂を慕う攘夷志士達は、目のやり場に困ってしまった。
「ほんとひどいんだぜ。違うって言ってんのに話聞いてくんねーし、俺のこと年増扱いするし」
「奴らめ、警察とは名ばかりの犯罪集団だな」
「でも土方君は格好良かった。制服っていいよね」
「なんだと銀時!? ゆっ、許さんぞ! お父さんの商売敵じゃないか!」
「うわ、そのキャラまだ使ってんの。いい加減やめれば」
冷たい返しに若干落ち込む。前会ったときは親子ごっこに結構ノリノリだったのに。
「そういやさぁ‥‥‥」
苺牛乳をちゅうちゅう飲みながら、銀時がもたれかかってきた。甘い匂いが鼻をつく。子供のときもそうだったが、今も甘味ばかり口にしているようだ。陸奥殿に会ったら、糖分を控えさせるよう言っておこう。
「聞いてる?」
「あぁ、すまん。なんと言ったんだ」
銀時はずちゅぅうううと苺牛乳を飲み干すと、空になったパックを置いた。続けて言った。
「晋助が、春雨っていうなんか美味そうな名前の宇宙海賊と手ぇ組んだんだってさ」
「なに!?」
「シャレになんないよね」
宇宙で働いている銀時だからこそいち早く掴めた情報だった。桂はただちに部下に指示を送るべく腰を上げようとする。しかし銀時がそれをさせなかった。
「座れよ」
「すまんが後だっ」
「俺は今、晋助の話をしてんの。攘夷の話じゃねえ」
そう訴える銀時の目が珍しく必死だったから、桂は座るしかなかった。銀時が腕に腕を絡めて密着してくる。やがてはぽつぽつと話しだした。
「昔、俺が宇宙に行こうとしたとき、行くなって引き止めてくれたよな」
「あぁ。今も、気持ちは変わらんが」
「ありがとな。晋助も、あのプライドの高いあいつも、同じように引き止めてくれたんだぜ。でもあのときの俺は、逃げたいばっかりで聞きもしなかった。ガキの頃憧れた宇宙に行けば、戦争も何も全部忘れられると思ってたんだ」
知っていた。
お前がどれほど傷ついていたか知っていた。けれど宇宙に行ってしまえば、もう二度と戻ってこない気がして、だから必死に引き止めた、行くなと縋ったのだ。
「それに俺ってこんなだから、昔は天人なんじゃねえかって疑われてただろ。自分でもそうかもしれねえって思ってた。だから地球にいるのが怖くてさ。驚いたのは、宇宙に行ったら、俺が何人なんて誰も気にしてなかったってこと。むしろモテたね。なんとかって星の王子様に、求婚されたこともあったんだぜ」
銀時はまんざらでもなかったみたいに笑った。その笑みが、不意に憂いを含む。
「宇宙に行って、少し楽になれた。自分がいかに小せえ存在か分かると、逆に安心するもんなんだな。だから思い出すのも嫌だった昔のこと、たくさん振り返ってみた。それで決めたんだ」
絡めた腕を解き、銀時は正面に回った。固い決意を込めた拳を膝の上で握って、どこか照れたように言った。
「ちょっとは俺もマシになれたし、金も結構たまったから、‥‥‥‥‥こっちでなんか商売でもしようかと思って、今回戻ってきたんだ。逃げた分、もういっかい地球で頑張ろうって」
「銀時‥‥‥」
「って、クセーよなあ! 恥ずかしっ、へへ」
はにかむ銀時は、荒んだ毎日を生きてきた桂には目映いばかりだった。たまらなくなって、桂は華奢な体を抱きしめた。
「こたろー?」
「お前は俺達の救いだ」
間違いではなかった。あのときのお前の選択は間違いではなかったよ。
逃げたとお前は言うが、成長して帰ってきてくれた。
背中に回した手に力を込めて引き寄せ、桂はふわふわの銀髪に鼻をうずめた。幼いとき何度もそうしたみたいに。太陽の匂いがしたそこは、今は少々焦げ臭い。
今の俺達らしいか。自然と笑みがこぼれた。
「なあ、こたろー」
「なんだ?」
「遠くのほうから複数の足音が聞こえんだけど。なんかこっちに向かってね?」
「‥‥‥‥‥逃げるぞ」
もうアジトを嗅ぎ付けたか。さすが幕府の狗、鼻の効くことだ。
銀時を横抱きにすると、桂は立ち上がった。
「奴らしつこいぞ。逃げるコツを教えてやる」
「さすが逃げのこたろー。宇宙にまで響いてるぜ」
銀時の目が子供みたいに輝いていた。そういえば、悪さをするのは銀時、いつもお前が最初だったな。
「桂さん、こっちです!」
「食い止めているうちにどうぞ!!」
「桂ぁああああああ!!」
「なあ、なんか昔みたいだな」
いたずらして逃げる銀時。結局は協力する桂。追いかける高杉。
昔の情景が、目の前に広がっていた。何もかもが輝いて見えた懐かしい日々。
ーーー高杉。なあ、高杉。お前はこの世界を壊すと言ったが、その世界に銀時が戻ってきたぞ。お前の宝が、輝きを増して。
あの頃みたいに、同じ空を見上げる日が、また来るかもしれないな。
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