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  ももいちご  

 普段からどんくさい私はくしゃみをした拍子に持っていた書類を、それはもう見事なくらいにざざーと床に落としてしまった。
 一直線に並べたように落ちた書類は私がぼうっとしているうちに風に吹かれて一直線から四方へと散らばっていく。
「ああー! 待って待って!」
 そんなことを書類に言っても待ってくれる筈もなく、書類はあっという間に廊下を埋め尽くしてしまった。
「はあ‥‥」
 うんざりしながらも散らばってしまった書類を拾っていたら、誰かの足が見えた。顔を上げてその足を上へと辿っていくと、オレンジの髪をした男の子が落ちて遠くへいった書類を持って立っていた。
「はい、書類」
 書類を受け取る。でも私の目はその男の子から離れない。
 男の子が怪訝な顔をする。それはそうだ、じっと見られたら不審者だと思われても仕方ない。
 私の視線を振り切ると、男の子は書類を渡すとそのままスタスタと行こうとした。
 間違いない、この子って、
「待って、一護くん!」
 思わず呼び止めてしまった。一護くんは振り返る。おまえ誰って顔だ。
「あのっ、私は雛森桃っていいます。シロちゃん、じゃない。日番谷くんの幼馴染みでっ、えーと」
「‥‥‥冬獅郎の? もしかしてあんたって、」
 あ、シロちゃんから私のこと聞いてるのかな。
「‥‥‥寝小便桃?」
 シロちゃん許すまじ。




「ごめんな、いきなりあんなこと言って」
「ううんっ、悪いのはシロちゃんだから!」
 恥ずかしい、普通幼馴染みのことをあんなふうに他の人に言うだろうか。私がそんな顔をしていたら一護くんが謝ってきた。
 書類を届けた後、私はどうしても一護くんと話がしたくて散歩に誘った。後になって思えば自分にしては積極的な行動だったと思う。
 けれど初めて見たときは仏頂面で恐い子なのかなって思ったけどシロちゃんから話を聞いていたし、今こうして話をしていると一護くんはちっともそんなことはなかった。
 むしろとてもいい子だ。初対面で失礼だと思って黒崎君と呼んだら一護でいいと言ってくれた。
「雛森さんの話は色々聞いてたんだ。もちろんさっきのことだけじゃなくて、幼馴染みだとか、よく遊んだこととか」
「私もシロちゃんから一護くんの話いっぱい聞いたよ。というかシロちゃんって統学院のこと話すときってほとんど一護くんのことばっかりなんだよ。最初はね、すっごく剣術の強い奴がいるって楽しそうに話してたんだから」
 そう言うと一護くんは照れたように少しだけ口の端を持ち上げて笑った。その笑みに私の鼓動がどきりと高鳴る。
 うわ、なんか可愛い。女の子みたい。
 いやいやいや、男の子に対してそれは失礼か。でも笑うと印象が全然違う。  
 一護くんは目つき鋭くて一見近寄りがたいけど、知り合うとすっごく優しい。警戒心が強いのか、知らない人には顔を緩ませたりしないんだ。
 そう思うと、今こうして笑みを浮かべてくれたことが嬉しくなってくる。
「雛森さんが死神になって、冬獅郎のやつ心配だったみたいだ。だから統学院に入って死神になったんじゃねえのかな」
「シロちゃんがそう言ってたの?」
「いや、なんとなくだけど。でも時々護廷がある方眺めてたから」
 シロちゃんがそんな殊勝な真似をしていたとは意外だった。ただ単にお腹空いてぼんやりしてたような気もしなくはないけど。いや、そうに違いない。
「俺が初めて冬獅郎に会ったときな、すっげえ怒鳴られたんだ」
「え、どうして」
 一護くんは目元を和ませて淡く微笑んでいた。
 一体どういうことかと話を聞くと。
「迷子だと思ったんだ。小さかったしな。それで手引いて教室まで連れてってやろうとしたら振り払われて、『俺はガキじゃねえっ!』って」
 それは、なんというか。
「ーーーーーーーーーーーっ!! すっごく面白い!」
 駄目だ、我慢できない。ごめんねシロちゃん笑わせてもらう。
 そりゃそうだ。シロちゃんみたいに小さい子は統学院じゃそうは見かけない。  
 私は一護くんに手を引かれて歩くシロちゃんを思い浮かべ、更に笑いがこみ上げて来た。痛い、腹筋が痛い。
 そうしてひとしきり笑っている間も一護くんは優しい目で私を見ていた。本当に、普段と全然違う。いっつもそんなふうにしてたらいいのにともったいなく思った。
「ねえ、もしかして一護くんって下に兄弟いる?」
「冬獅郎から聞いたのか?」
「ううん。なんとなく」
 だってそのシロちゃんのことといい私といるときの雰囲気といいなんとなくだけどそう思った。
 目を細めて眺める様は、まるで見守るような温かさを感じる。だから年下の子の扱いに馴れている気がしたのだ。
「いるぜ、二人。どっちも妹」
 一人は活発で男勝り、もう一人は温和で家事が得意なのだと一護くんは今までで一番優しい目をしてそう話してくれた。妹さん達のこと、本当に大事に思ってるんだと分かった。
 なんだかその妹さん達が羨ましい。その二人の妹の中に私を加えてくれませんか、なんて妄想してみたり。
「いいなあ。わたしもお兄ちゃんが欲しい」
「雛森さんは兄弟いないのか」
「うん。というかシロちゃんが弟みたいなものかなあ」  
 ものすごく生意気な弟だけど。一体どうやったらあれだけ生意気に育ったのか、私の中では謎だった。  
 私の弟発言に、ちがいねえ、と一護くんがそう言ってすこしだけ笑った。
 うん、やっぱり笑顔は素敵だ。
「俺のところは全員女だけど俺が兄貴みてえなもんだからな。俺も妹達も男の兄弟が欲しいとかは思わねえな」
 うん、一護くんて理想の兄貴みてえだよね。
 ん? 兄貴、みてえ?
 いやいや、その前になんて言ったの。
「‥‥‥‥‥全員、おんな?」
「ああ、三姉妹ってやつだな」
「!!!」  
 その直後に放った私の大絶叫により地獄蝶が暴走。付近の隊舎は大混乱に陥った。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「そんな謝らなくっていい。俺も勘違いしてるなーとは思ってたけど訂正しなかったのが悪いんだし」  
 私はもう米つきバッタのごとく謝り倒した。
 シロちゃんの友達だから当然のように男の子だと思い込んでしまっていたのだ。  
 私のバカ私のバカ私のバカ×100乗。
「それにこの言葉遣いに見た目も男だろ、間違って当然だって」
「そんなことないよっ! 笑った顔すっごく可愛かった」  
 そう言うと一護くんはすこしだけ驚いてたけど、その後私を微笑ましいものでも見るかのように目を細めた。  
 その反応、まったくもって信じてない。本当なのに。
「も、もしかしてシロちゃんも知らない、とか?」
「いや、冬獅郎はさすがに知ってる。まああいつも最初は勘違いしてたクチだけどな」
 それはまたおいおい話す。そう言って一護くんはすこし悪戯めいた目をした。  
 ああ格好いい、そして可愛い。
 シロちゃんめ、こんな素敵な子とお知り合いになっておいて私にすぐ紹介しないなんて。間違いなく出し渋ってたな。
「そろそろ休憩時間終わるからな、俺もう行くわ」
「あ、一護くん」
「なに」
「これからも一護くんでいい? それとも一護ちゃ」
「くんでいい」  
 遮られた。  
 うん、でも一護くんのほうが似合ってると私も思う。
「私のことは雛森さんじゃなくって桃って呼んでね」
「桃さんでいいか?桃だとなんか妹に対して呼んでるみたいだ」
 私はそれで全然構わない。むしろ是非とも妹にしてほしい。
 でも見た目年上の一護くんに桃さんって呼ばれるのも捨てがたい。なんか分からないけど、こうキュンとする。死神になって初めてのときめきをありがとうと言いたい。
「うんわかった。じゃあね、一護くん」
「またな、桃さん」


 またな、か。
 そう言われてこんなに嬉しいのって初めてかもしれない。
 シロちゃん、あんなに素敵な子と友達になってくれてありがとう笑ってごめんね。  
 私は思わずシロちゃんがいるであろう隊舎の方角に向かって手を合わせた。


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