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  幼馴染の男  


 隠密機動に配属が決まったその日、一護に一つの命令が下された。
 これからは夜一の影となり、その身を守られねばならない。あらゆる技を身につけ、夜一の為に役立てる。それについてはまったく異論はないのだが、その命令の内容に一護は頭を悩ませた。
 男を知れ。
 それが最初の命令だった。もちろん夜一が下した訳ではない。隠密機動に属し、そして四楓院に連なる年かさの男から下されたものだった。
 夜一様をお護りするため、お前はいかなる任務にも就かなければならない。その為に、男をたらし込む術が必要になってくる。
 淡々と告げられたその命令に、一護はぽかんとした。
「先生」
 我に帰り、びし、と手を挙げて、一護は質問の許しを乞うた。
「なにか、黒崎」
「はい、先生。男をたらし込むって、えーっと、つまり、‥‥‥アレですか?」
 幼い頃から一護と夜一を鍛えてくれたその男を、一護は尊敬を込めて先生と呼ぶ。その先生が、そういう話をするとは少し信じられなかったので、一護は念のために確認をした。
「そうだ。性技で男を虜にし、必要な情報を聞き出し、ときには最中に暗殺する術だ」
「うわー! エロい!!」
「静かにしなさい」
「‥‥‥‥‥はい」
 一護は畏まって正座をすると、上目遣いに先生を見た。
「あのー‥‥、それで、どうやって知ればいいんですか? あ、先生が教えてく」
「それはできん!!」
 即座に否定されて一護は驚いた。
「夜一様に殺される。故に、お前の相手はできん」
 深く皺の刻まれた顔に更に皺を刻ませて、先生はしっかりはっきり首を横に振った。少し残念だ、一護は結構先生のことが好きなのに。
「じゃあ誰が教えてくれるんですか」
「自分で探しなさい。好いた男は?」
「先生」
「他!!!」
 怒られた。冗談なのに。
 一護はううんと唸る。好いた男どころか、恋さえしたことが無い。恋とはどんなものかしら、というふざけたフレーズが頭に浮かんで、ぶっと吹き出したら先生に睨まれた。
「いません」
 先生は困った顔をして腕を組むと、同じようにううんと唸り出した。
 その間、一護は正座を崩し、目の前に出された茶菓子に手を伸ばす。それらを平らげてもなお、先生の答えは出なかった。
「部下のあの男は‥‥いや、長男だしな、死んだら一族から苦情が来るか。じゃあ第二分隊の隊長は‥‥いやいや駄目だっ、嫁を取ったばかりだ、奥方を未亡人にさせるのはいくらなんでも‥‥」
 どうやら一護の相手になる男は漏れなく死ぬことが決定されているらしい。一護の処女をいただくのだ、夜一によって死の鉄槌が下される。
「だからもう先生が俺を抱いてくれればいいと思うんですけど」
 体育座りをしながら一護がそう提案すれば、「喝!」と怒鳴られた。
「お前のほうの一族に手頃な男はいないのか」
 志波家の長男を思い出したが、一護は直後に駄目だと首を振った。
「‥‥‥‥‥いますけど、最近彼女が出来たぜヒャッホウって、」
「気にするな。男は下半身の生き物だ。裸で迫ればこちらものだ」
「先生ひでえな」
 その日はついに、目ぼしい男は見つからなかった。












 翌日、もうそこらの馬の骨でいいから一発決めてこいと放り出された一護は、流魂街で途方に暮れていた。こうなったら男でも買うかと決めて夜の街を彷徨っていたのだが、どこをどう行けばいいのか一護にはさっぱり分からなかった
 そんなとき、よりにもよって幼馴染の少年と遭遇した。
「なにやってんだ、お前」
「一護さんこそ、こんな如何わしい界隈で何やってるんですか」
 まさか男を漁りにやってきたとは言えない一護は、視線をわざとらしく逸らしてみせた。
「すっとぼけても無駄ですよ。筆下ろしに来たんでしょう」
 一護はギクリとして浦原を見た。普段のおちゃらけた表情を消して、とても怖い顔をしていた。
「行きますよ」
「っえ、あ、ちょっと待てよ! このまま帰ったら困るんだって!」
 一護の腕を強く握り、浦原は強引に歩き出す。一護はもちろん抵抗したが、向かう方向が屋敷ではないことに気がついた。
 流魂街の一角にひっそりと構える茶屋に着く。明らかに子供である二人が来ても、茶屋の主人は顔色ひとつ変えずに部屋を指し示した。
 二階へ上がり、ぴしゃりと襖が閉まる。二人はなぜか正座をして、向かい合っていた。
 最初に切り出したのは浦原のほうだった。その声は緊張で震えていた。
「どうしよう、顔が熱いです‥‥」
「なんで」
 じろ、と睨まれた。浦原の顔は確かに真っ赤になっていた。
「夢とか想像とかじゃ、もう色々と済ませてますけど、現実に目の前にいられると、なんかもう、たまんないんです‥‥」
 体をもじもじさせて、浦原は俯いた。
 男の子だなあ、と一護は妙に感心した。オカマ、と夜一に言われる浦原だが、ちゃんと男の子らしいこともしていたのだと、オカズにされている一護は思った。
「知識はあります。有り余るほどに」
「‥‥‥はぁ」
「たぶん、大丈夫です。‥‥‥たぶん」
 気の弱い声を出した直後、浦原が身を乗り出して一護の両手を握った。
「好きです。愛しています。必ず、必ず貴女をお嫁さんにすると誓います。だからっ」
 その真摯な眼差しに、一護は息を呑む。ふっと重なる口付けの後、浦原は言った。
「一緒に、気持ち良くなりましょう?」
 唐突に押し倒される。荒々しい手つきで着物を剥ぎ取られ、未発達の一護の体を、男になりきらない浦原の手が這い回った。
 突然のことに一護は抵抗しようとしたものの、はぁ、と吐息を零すと、畳に両手を投げ出した。
「夜一、ごめん‥‥」
 黒崎一護、十五歳。
 秋の夜長の出来事だった。

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