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  折れぬこころ  

「うああ、ああっ、」
 荒涼とした大地。
 薄気味悪いほどに静まり変えった空間に男の断末魔が響いた。
「うるせえなあ」
 男とは別の声。こちらはひどく落ち着き払っていた。
 肩に置いた刀を面倒くさそうに下ろす。その勢いで刀の刃に付いた液体がぱたぱたと地面に落ちていった。
 色は赤。
「腕が一本とれたくらいで騒ぐんじゃねえよ」
 周りには他にも人間がいたがどれも動かない。否、もう動くことはない。それらを無感動に見やって、使えそうな刀は持っていないか目で探した。
「じゃあな。これからは相手を見て襲え」
 そう言ったのは年端もいかぬ少年。実際には少女だったが、その細面に甘さというものはひとかけらも無かった。
 ここは相手を選んでいられるような環境ではなかったが、自分を襲ったことに対して少しも怒りは沸いてこなかった。慣れてしまったのだ。そう思ったとき、悲しみに似た感情が沸き起こり、すぐさま消えていった。
 虚しい。ただただ、虚しかった。




 冷たい風が吹く。
 最近は日が沈むのが早くなってきた気がする。あの世にも季節というものはあるらしいとぼんやり思った。
 暗い空を見上げると、厚い雲が広がっていた。雪は降るのだろうか。冬になり今よりも寒くなれば自分は死んでしまうのかもしれない。だがもうすでに一度死んでいる自分が、次はどこへ行くというのだろう。
 思わず身に巻いた着物とは呼べぬ布切れを抱き寄せた。寒さか恐怖か、体が震えた。
 森に入り適当な木の根元に腰を下ろすと、やっと体の力を抜くことができた。先ほど自分を襲ってきた男達から奪った刀を地面に置く。
 まるで盗人だ。乾いた笑いが起こる。初めは罪の意識があったが、いつのまにかそんなものはどこかに落としてきてしまったらしい。
 刀を抜く。凶悪な光を放つ刃に自分の姿が映った。
 ‥‥‥使えない。刃こぼれしている。
 そしてまた別の刀を抜く。そんな動作を数回。結局使えそうなのは二振りだけだった。刀といえば殺傷能力は高いがすぐに使い物にならなくなる。使ってみて初めて知った。きっと生きていればそんな知識は一生知らずに済んだだろう。
 二、三人斬ればもう限界だ。血と脂で切れ味が鈍ってしまう。
 刃こぼれした刀を眺める。ぼろぼろで、今にも折れてしまいそうだった。それを見てひどく虫酸が走った。自分を映す刀の刃、睨みつけてくる己の視線をまた睨みつけてやった。
 まるで自分のようではないか。
 刀が滑らぬよう布が巻かれた手を握りしめる。痛みが走るが構わない。そうして強く願う。

 刀が欲しい
 もっと強い刀だ
 自分のように弱い刀などいらない
 決して折れぬ、強い刀が欲しかった。





 自分はどうやらまた死ぬようだ。  
 ぼんやりした頭の中。そんな言葉がただ並んだ。
 今日は相手が悪かった。一人一人はそれほど自分の敵ではなかったが、如何せん数が多すぎる。二振りあった刀はもう使えずどこかに落とした。それからは敵の刀を奪っては斬りの繰り返しだった。
 刀が滑る。巻いた布も血を吸いすぎてもう使い物にならない。返り血を浴びないようにするほど自分は剣術に長けてはいなかった。
 先ほど斬りつけられた肩から血が流れ続ける。それが手に滴り落ちてきて刀を握る妨げとなった。だが止める術などありはしない。
 力が抜けそうだ。
 指先にうまく意志が伝わらない。
 息も限界。
 血が足りないのか頭もくらくらする。
 体が傾き足がたたらを踏んだ。

 それなのに
 なぜ倒れない
 倒れようとしない

 一人が斬り掛かってきた。それを寸前で躱し斬りつける。その動作で一層出血が増した。相手の血と自分の血が混ざって地面にぼたぼたと落ちた。
 できた血溜まりに、自分の顔が映る。

 諦めてしまえ
 もう十分だ
 楽になれ
 その刀のようにぼろぼろになって
 折れてしまえばいい
 そう言われた気がして、それがあまりにも魅惑的に感じてしまった。このままくたりと力を抜き、剣を地面に落としてしまえば自分は終わる。終われるのだ。
 虚ろな目で刀を見る。ぼろぼろだ。自分と同じ。あと一人と斬れはしないだろう。
 クッと笑いがこみ上げる。そのまま大笑いしてしまいたかったが傷の痛みからそれは呻きに変わった。

 この刀のように
 折れてしまうのか
 折れて
 終わってしまうのか
 涙がこぼれた。
 悲しいのか、死にたくないのか、自分でも分からない。ただ力が抜けてこぼれただけなのかもしれない。こぼれた涙は血と染まり、映った自分の姿をぐにゃりと曲げた。
 けれど、自分はまだ何かを諦めきれなかった。
 もう一度刀を見る。

 では強い刀なら
 決して折れぬ刀なら
 刀を持つ手に力を込める。
 自分も  折れはしないのだ




 月が真上にきていた。
 我に返る。立っているのは自分一人。
 生きてる。訳の分からない実感がこみ上げてきて、一護は戸惑った。
 何があったのか思い出せない。涙の痕が乾いて頬を引っ張った。肩の傷もすでに血が止まっている。
 あれほどぼろぼろの刀で一体何ができたというのか。

『それは違う』

 振り返る。だが誰もいない。まるで自分に訴えるかのような声を聞いた気がしたのに。
「‥‥‥え‥‥」
 刀だ。
 刀を握っていた。それは刃こぼれ一つ無い、美しい刀だった。
 震える指で刃に触れる。両手で持つと、胸の奥底から熱いものがこみ上げてきた。  
「‥‥‥ぁあ‥‥っ」
 また涙がこぼれた。だが今まで流してきたものとは違う。
 この涙は。
「っ、ありがとう‥‥‥」
 しゃくり上げる。やがて刀を抱きしめて泣き叫んだ。

 自分は折れない。
 折れたりなんか、しない。
 そう。
 おまえがいてくれさえすれば。


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