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  「好き」  


「っく、黒崎君のにほひ!!」
「落ち着け、織姫」










「わりぃーな。大したもん出せなくて」
「っううん! おかまいなくっ」
 織姫は飛び上がる。そして意味も無く腰を据えていた座布団を結んで開いて結んで開いて。
「何やってんだ?」
「あぁあっ、えっとね、い、良い座布団だよね!」
「そうか? 普通だと思うけど」
 一階の居間から持ってきたジュースと菓子を机に置くと一護も腰を下ろす。向かいに座る織姫はそれだけでカーッと顔を赤くして、今度は何故か親指と人差し指をコップの中へと突っ込んだ。
「おいおい」
「クッキーが冷たいっ」
「そっちはジュースだ」
 織姫の手を取ると一護はタオルで拭ってやった。妹達にもしてやるような何気ない仕草、けれど織姫は一護に触られただけで奇声を発した。
「そそそそんなっ、駄目だよ黒崎君っ」
「あ? あぁ、そういやこのタオル、昨日頭拭いたやつだ」
「キヤー!!」
 悲鳴を上げて織姫は仰け反った。その拍子に後ろの壁に後頭部をぶつけてしまった。
「大丈夫かよ!?」
「ら、らいじょうぶ‥‥」
 へらへら笑って親指を立てた。この場に竜貴がいればこんな事態は避けられただろうに、しかし当の竜貴は先ほど帰ったばかりだ。空手の稽古だと言っていたが織姫へと心底心配だという視線を送って帰っていった。
「瘤できてねえか?」
「ホァぁあああ!!」
「おぉ!? 今度は何だっ」
「ごめっ、ごめんねっ、ほんとに大丈夫だからっ」
 後頭部に触れようとする一護の手から必死に逃れて織姫は息も絶え絶えに正座した。後頭部はじんじん痛むがそれ以上に心臓がばくばく鳴っていてそちらのほうが問題だ。このまま心臓が胸を突き破って一護の顔に当たりでもしたら。
「避けて黒崎君!!」
「‥‥‥‥もう驚かねえから。な? 落ち着け、井上」
 一護から勧められたジュースを震える指でなんとか持って、織姫は一口二口、最後は一気飲みした。それでなんとか落ち着くも、今までの醜態をすべて一護に見られてしまった。消えて無くなりたい。
「ごめんねごめんね!」
「もういいから。つーか謝られるようなことされてねーから俺」
 素っ気ない一護の返事だが織姫はその中に優しさを見いだした。それにまた顔が熱くなる。手扇でぱたぱたと仰いでみるも熱は一向に収まらない。
「窓開けてやろうか?」
「っい、いいよ、なんか飛び出しちゃいそうだからっ、」
「そうだな‥‥‥」
 わずかに呆れながらも一護は雑誌に目を移す。竜貴に誘われて一護の家へとお邪魔した織姫は、手持ち無沙汰に部屋を見回した。
 本棚とクローゼット、それから勉強机。コンはいない。竜貴が来るからか、一護が追い出したのかもしれない。
 ふ、二人きり。
「クフー!」
 雑誌を読む一護の肩がびくりと跳ねたがどうやら気にしないことにしたらしい。織姫は深呼吸をするともう一度、一護の部屋を観察した。
 一護の匂いがする。興奮して竜貴に嗜められたが今は一護しかいないのだ。淑やかさを心がけた。
「面白いもんでもあるか?」
「え、うん、私の部屋と、全然違う、」
「一人暮らしだったよな」
「うん。あ、でも竜貴ちゃんがしょっちゅう遊びに来てくれるし、お兄ちゃんもいるから」
 一護の目元が少しだけ和らいだ。そっか、とだけ言って空になった織姫のグラスにジュースを注いでくれた。
 たっぷりと注がれたオレンジジュース。
 一護と同じ色だ。
 さっきは緊張し過ぎで一気飲みしてしまったが、そうと気付くと織姫はぽっと頬を染めた。
 一護を一気飲み。
「ーーーーーっっっ!!」
 奇声だけは我慢した。拳を握って突っ伏する。
 どうしよう、好きだ。
 好きで好きで。
「黒崎君が好き‥‥っ」
 あ。
 と思ったときにはもう遅い。言ってしまった。
 沈黙が流れる。窓の外からは鳥の鳴き声がぴよぴよと聞こえてきて、あぁもう春だななんて思う。今言ってしまったことを無かったことにして春の平和を満喫したいのに、どうしようという言葉が織姫の頭の中をループしていた。
「‥‥‥‥ああああのっ、今のはねっ、」
「俺も好きだぜ」
「っへ!?」
「仲間だもんな」
 尸魂界へと共に乗り込んだ仲間。
「チャドも井上も好きだぜ、俺。‥‥まあ、石田も、入れといてやる」
 それは認めてくれているという証拠で、織姫の心にじんわりと響いてくる。
 けれど、少し切なくて。
「うん‥‥‥‥」
 自分のこれはたった一人に向けての好きなのだけど。
 この本音だけは言えなかった。
「‥‥‥うん。仲間、だもんね」
 それでも一護から向けられる好意は嬉しくない筈が無い。おそらく一護が滅多に言わないであろう『好き』という言葉をもらえただけでも。
「好きだよ、黒崎君」
 幸せだった。
 織姫はゆっくりと、オレンジジュースを手に取った。

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