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  竹馬の友  

「十三隊です」
「隠密機動じゃ」
 二人は睨み合った。
「十三隊ったら十三隊ですっ!!」
「隠密機動といったら隠密機動じゃっ!!」
 がるるると今にもそれぞれに噛み付かんばかりに怒鳴り合う。
「アタシのほうが先に誘ったんだから十三隊です」
「儂のほうが先に出会ったのじゃから隠密機動じゃ」
 一転穏やかに話し始めるが、空気は一層寒くなった。
「隠密機動なんて暗いじゃないですか。いっつもコソコソしちゃってっ!」
「言うたな。おぬし、あの装束を着た姿が見たくはないというのか」
「そ、それは、」
 思わず想像してしまう。
 見たい。
「十三隊に入れば上から下まですっぽりとあの無粋な死覇装に包まれてしまうのじゃろう。本当にそれでよいのか?ん?」
「うう、‥‥‥あ、だったら死覇装を切っちゃえばいいんですよ。膝上二十センチをバッサリと。こりゃ名案」
「なわけあるかあっ!!!」
 ドガっと浦原の後頭部に夜一仕込みの蹴りが炸裂する。
 浦原は数メートル吹っ飛ぶとぐしゃりと壁に激突した。一護はひらりと華麗に着地すると顔を真っ赤にさせて夜一を睨んだ。
「なんつー話をしてんだっ」
「大事な話じゃ。おぬしが十三隊か隠密機動かどちらに入るかを決めておったのじゃ」
「お前らが決めるなよっ!」
「じゃったらどちらに入るというのじゃ。言うてみよ」
 一護は言葉に詰まる。実はまだ決めていない。
「だ、だからって、こんなところで話し合うこと無いだろっ!!」  
 一護達がいるところ。
 統学院の廊下のど真ん中だった。周りには同級生達がなんだなんだと騒いで人だかりができていた。
 恥ずかしい。注目されることが苦手な一護は夜一の腕を掴むと一目散に廊下を駆け抜けて視線から逃れていった。浦原を残して。




 夜一は四大貴族。浦原は学者や技術者などを多く輩出する上級貴族。
 そして一護は貧しい貧しい下級貴族だった。
 夜一と浦原が幼馴染みなのは分かるがなぜ一護が、そう思う者も少なくはない。だが三人はまぎれも無く幼馴染みだった。
 もともと幼馴染みだった夜一と浦原のことを一護は知っていた。雲の上の存在にも等しい四大貴族の夜一と名門の上級貴族である浦原が二人で遊んでいるところは遠目には何度か見かけた。だが自分には一生関わりのない存在だろうと一護はあまり気にしてはいなかった。
 だが三人は出会ってしまった。一護が侍女として四楓院家に奉公したとき、歳の近かった夜一が一護に話しかけてきたのが始まりで、それから浦原とも知りあったのだ。
「なんかもう幼馴染みっていうよりも腐れ縁だな。」
 授業中だというのに一護の私語は咎められなかった。なぜなら授業とは名ばかりで夜一と浦原の決闘になっていたからだ。
「夜一さん覚悟!」
「甘いわっ」
 修練場はめちゃくちゃだ。同級生達は被害を避けようと壁にビッタリと張り付いているがそこもいつ夜一と浦原によって破壊されるか分かったものではない。
 一護はどこか遠い目でその光景をぼんやりと見ていた。現実逃避だ。
「く、黒崎、どうにかしてくれっ、」
 教師が生徒に助けを求めるとはいかがなものかと思うが、もはや一教師がどうこうできるものではない。
「別にいいんじゃないっすか。なんかもう、どうでもいい」
 これが初めてではないのだ。止めたところで夜一と浦原はまた勝負と称して授業をめちゃくちゃにするだろう。一護も初めは真面目に仲裁していたのだがこう何度も同じことを繰り返されると馬鹿らしくなってくる。
「勝ったほうが黒崎の入る部隊を決めるそうだぞ」
 後方からひそひそと同級生の声が聞こえてきた。そう、二人は今一護のことで争っているのだ。
 夜一は隠密機動、浦原は護廷十三隊への入隊が決まっていた。だが一護はいまだに決まっていない。一護の実力ならばすでに決まっていてもおかしくはないのだが、それは二人の幼馴染みによっていまだ宙ぶらりんの状態にされていた。
 隠密機動と十三隊の両方から一護へと入隊の誘いがきた。その日からこの目の前の戦いは始まったのだ。
 一護としてはどっちでもいいという、入隊の決まっていない者からすれば憤慨ものの意見だったが、当の本人を差し置いてここまで白熱した戦いを見せられるともう委ねてもいいかも、と一護は思ってしまう。
「あ、終了の鐘だ。先生、俺帰ります」
「黒崎ぃ!!」  




「‥‥‥それで終わりっすか?」
「うん」
 一護はあっさりと頷いた。だがどこか中途半端に終わってしまった話に聞いていた副隊長達は納得できない。
「結局どうやって決めたんですか」
「ん、くじびき」
「「「「くじびきっ!!」」」」
 信じらんねえと恋次が呻いた。
「卒業の日になっても決まんねえからよ、生徒全員の前でくじびきして決めたんだ」
「それで十三隊に決まったんですか」
「夜一は最後まで納得できねえって言ってたけどな。喜助がズルしたんじゃねえかって」
 してそうだ。その場にいた全員の脳裏に浦原の悪どい姿が浮かぶ。
「で、でもでも、こうして一護さんが十三隊に入ってくれて良かったですよ。ね!みんな」
 雛森が取り繕うように明るい声を出す。それに周りもうんうんと同意した。
 一護は今、十二番隊の副隊長だ。
「もうこんな時間か。俺ちょっと刑軍のほうに行ってくるから。喜助に伝えといてくれ」
 だが最近は刑軍にも出入りしている。夜一の補佐を頼まれているからだ。
 それが浦原には面白くない。
「一護さんが隊長になれないのは浦原隊長のせいだって本当なんだね」
 遠ざかる一護の後ろ姿を見て吉良がぼそりと呟いた。昔の話を聞いている限りこの噂には信憑性が増してしまった。
 夜一と浦原、そして一護の三人が幼馴染みだというのは有名だ。特に一護を巡って所構わずに争う夜一と浦原の姿はたびたび目撃されている。
 浦原が無理矢理といっていいほど強引に一護を己の副官にしたときは、激怒した夜一が大暴れして大変なことになったと隊長達から聞いていた。その腹いせに最近では一護を正式に隠密機動に入れようと画策しているらしい。
「隠密機動に入ったら今度は浦原隊長が暴れるんだろうなあ」
 雛森の予測に全員青ざめる。
「でも一護さんのあの装束姿見たくねえか」
 修兵がこっそり恋次と吉良に耳打ちする。たしかかなり露出の高い着物だったような。
 だが想像して赤くなった恋次と吉良に、聞こえていたのか女性陣から凍えるような視線を頂いてしまった。




 夜一に呼ばれて来たものの、一護は特にすることもなくのんびりと茶を飲んで書物を読んでいた。
「一護、外に遊びに行かんか」
「駄目。まだ仕事が終わってねえだろ」
 せっかく一護が来たというのになぜ仕事など、と夜一には不満でならない。だが一護の仕事こそが夜一に仕事をさせるというものだった。
「あとこれとこれ。それからこれも処理したら今日は終わりだ」
「ううう‥‥‥」
「やりたくねえのか。そういうところは喜助とそっくりだよなあ」
「や、やるに決まっておるっ!」
 夜一はすぐさま書類に取りかかった。一護はにやりと笑う口元を書物で隠す。
 喜助とそっくり、喜助はやったのに、などもうひとりの幼馴染みを引き合いに出すと夜一は俄然張り切って仕事をする。それは喜助にも言えることだった。
「終わったらメシにしようぜ。弁当つくってきたからよ」
「すぐ終わらせる」
 昔はよく夜一と浦原に振り回されたものだが、今では一護が二人を操作している。一護は悟ったのだ。真っ向から受けとめては駄目だ。受け流さなければ、と。
 仕事が済むまでにあと一刻はかかりそうだ。一護はそれまで読書に没頭することにした。
「一護様っ!!」  
 突然乱入してきたのは二番隊隊長の砕蜂だ。
「お逃げください」
「なんで?」
 その疑問はすぐさま解消される。
「一護さぁぁああん!!」
 扉を突き破って入ってきたのは一護の上司。といっても一護は自分より偉いとも何とも思っちゃいないが。
 幼馴染みの浦原喜助、夜一、一護が一堂に会してしまった。
「一護さんっ! 刑軍に行くなんて聞いてませんでしたよっ!」
「言ったらお前うるせえだろ」
 そのためいつも事後承諾だ。
「貴様、ここは隠密機動の隊舎じゃぞ。部外者は出ていくがいい」
「ですって。さ、一護さん行きましょ」
「貴様一人で逝けっ!!」
 声とともに夜一の蹴りがとぶ。それを躱すと浦原は構えをとった。
「今日こそ息の根を止めてやる」
「その言葉、後悔させてさしあげますよ」
 言うやいなや二人は窓から飛び出して行った。遠くのほうから何かが破壊される音や霊圧のぶつかり合う音が聞こえてきたが一護はいつものことだと気にしない。
「砕蜂、弁当食うか」
「頂きます」
 こうなってしまっては短くても一刻は戻ってこない。
「あいつらほんと仲いいよなあ。俺ちょっと寂しいかも」
 なんだか複雑だ。
 食べたおにぎりは梅干し入りだった。

「しょっぱい」




   
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