苺プリン  


 女三人寄れば姦しい。
 男三人寄ればーーー。
「っかー! 夜一の奴、相変わらずえぇ乳しとんのう」
「眼福、眼福」
「歩くだけであんだけ揺れんだぜ。走ったらどうなんのよ」
 ーーーエロい話で盛り上がる。
 たとえ隊長という職に登り詰めようとも、男は男。猥談に花が咲く。
「お前もそう思うやろ、惣右介、な!」
「はぁ‥‥」
 歯切れの悪い部下に、カマトトぶりやがってと平子は吐き捨てた。
 隊首会、招集二十分前。
 珍しく早めについた隊長格の面々は、丁度男ばかりが揃っていた。こういうときだからこそ、女の前ではできない話で盛り上がる。『一』と書かれた大扉の前で、非常に不謹慎な言葉が飛び交っていた。
 遠目に見えるのは夜一の姿。渡り廊下をゆっくりと歩く彼女を観察しては、各々感想を述べていた。
「ひよ里はペチャやろ、リサと真白はまあまあ、卯ノ花は分からんなあ‥‥三秒以上見たら殺されそうやし」
 今はいない隊長格の女性陣の胸部について語り合う男達の口調は真剣そのものだった。常識ある一部の面々は、後で知られたらと思うと恐ろしくて参加できないのか、彼らからは離れたところに立っていた。しかし会話は嫌でも耳に入ってくる。
「じゃあ一護は?」
 夜一の数歩後ろに付き従う目立つオレンジ色。丁度風に吹かれて、髪を押さえていた。
「ペチャやろ」
 平子が即答した。
 あれはひよ里と同じくらい可哀想な胸を持っている、間違いない、との太鼓判に、周りもそうかと頷いて、離れて会話に参加していなかった数人も思わず内心で同意してしまった。
 夜一の恐るべき胸囲が遠目で分かるのなら、一護のそれもまた同じ。
「すとーんや、すとーん」
 掌を垂直に落とす平子の仕草に、何人かが笑った。本人が見たら確実に殺意を抱くような光景だった。






 隊首会が終了し、夜一を出迎えに来た一護は、いつもと違う様子に足を止めた。
 なんだろう、この自分に降り注がれる生暖かい視線は。
 まず羅武がすれ違い様、一護の頭をぽんと叩いて、頑張れよ、なんて言ってくる。次にローズ。ごめんね、と三回以上は謝った後に一護に飴をくれた。
「おい、なんやねんお前ら!」
 そのおかしな行動に面食らったのは一護だけではなかった。見ると、ひよ里も同じ扱いを受け、不可解なそれに苛立った声を上げていた。
「一護もか! どういうことやねん、これは!」
 それはこっちが聞きたい。同情されているような扱いなのは気のせいなのか。
「一護、待たせたの。帰るぞ」
 夜一に声をかけられ、一護は本来の役目を思い出した。
 困惑を忘れて駆け寄ろうと一歩足を踏み出した瞬間。やばい、と思った。
「ーーーっ、」
 咄嗟に座り込み、一護は膝を抱えて丸くなった。その不審な行動に、傍にいたひよ里だけでなく他の面々もこちらに視線を向けてくる。
 どうしよう、なんでこんなときに。朝ちゃんときつく締めてきた筈なのに。
「どないしたんや、一護。腹でも痛いんか」
「っいや、ちがっ、」
 顔が火照る。平常心をと思えば思うほど、ぐんぐん熱が上がった。
「なんでもないから、ひよ里も、他の隊長方も、どうぞお先にっ、」
 真っ赤な顔をしておいて、なんでもない筈がない。心配した卯ノ花が近寄ってきたので、一護は全力で首を横に振った。
 来ないでください、察してください、言わないでください!
「‥‥‥‥あら、まあ」
 上品に口元を押さえ、卯ノ花隊長は去っていった。よかった、なんて空気の読める人だ。
 しかし隊長格がすべてが、空気の読める大人であるわけではない。
「なんや、一護、お月さんか?」
 こいつだ、平子隊長。
 一護はもう赤くなり過ぎて耳まで痛くなった顔で、無神経なことを聞いてくる男を睨みつけた。
「ちがうっ、デリカシーの無い男だな!」
「違うんやったら何やねん。単に具合が悪いんか」
 ある意味、具合は悪い。胸元の。
 しかし、こればかりは言い出せなかった。頼むから皆、自分に構わず今すぐ隊舎に戻ってくれ。一護は無言で訴えた。
「ほれほれっ、皆の衆! 仕事があるじゃろ、戻るがいい!」
 よ、夜一様‥‥!
 さすが上司。一生付いていきます。いつも仕事サボってコンニャローと思ってごめんなさい。
 平子との間に割って入ってくれた夜一を、一護は尊敬の眼差しで見上げた。
「一護は儂に任せろ」
「ほんまに大丈夫なんか?」
 夜一の肩越しに、平子が心配したような顔をのぞかせる。一応は気遣ってくれているのか、一護はちょこんと頭を下げた。
「う!」
 その拍子に『あれ』が、ずる、と更に緩まった。
「どないしたっ、一護!」
 夜一を押しのけ、平子が駆け寄ってくる。小さな親切、大きなお世話。後ろにいる眼鏡の副官は気付いているくせに止めもしない。
「一護に近づくな!」
 あぁ、やっぱり夜一様。今度仕事サボったら二番隊に入れてやんないと思ってごめんなさい。
 素敵です、尊敬します、と平子の首根っこを捕まえる上司を、一護は心の底から崇拝した。

「一護は今さらしが外れておるのじゃっ、気を利かせぬか!」

 敵は身内にいた。
 がくりと項垂れた一護に皆の視線が集中する。しかし同情の視線かと思いきや、何かが違う。
 なぜかピンポイントで胸元に集まっていた。つられて一護も自然と下を向き、声にならない悲鳴を上げた。
 上司の言葉に気を抜いたのがいけなかったのか、胸がさらしを押し上げ、死覇装から零れそうになっていた。想像とは違うそのあまりの存在感に誰もが声を失う中、一護は慌てて死覇装の前を掻き合わせた。
「えっと‥‥俺‥‥は、はははー‥‥」
 誤摩化しきれない‥‥っし、死にてえ!
 羞恥に潤む一護の目から、胸の代わりと言わんばかりに、ぽろりと涙が零れ出た。



「人を見た目で判断したらあかん」
 しみじみと言う平子の視線の先には、二番隊の隊長格二人。
 正確には副官を見て、平子の口元がにへらとだらしなく歪んだ。
「夜一には劣るけど、あの谷間から察するに中々のもんやと俺は見たっ、惣右介、な!」
「はぁ‥‥」
 やはり歯切れの悪い部下だったが、平子はさして気にも留めず、昨日この目に焼き付いた光景をもう一度思い浮かべていた。
「あのひょろっちい体に不釣り合いな大きさの乳! 零れそうで零れん柔らかさっ、表面張力!」
 あの後、ひよ里が泣いて悔しがっていた。一護を同志と思っていたらしい。だがまさかあんな秘密兵器を一護が隠し持っていたとは、誰が予想できただろうか。
「くわーっ! たまらんのう惣右介君!」
「はぁ‥‥」
 副官の呆れた視線も何のその、平子はしばらく思い返しては身悶えたという。

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