泣くな、カス!  


 その日、ディ・ロイは緊張していた。
 近隣の学生がよく利用する喫茶店。一護に呼び出されて行ってみると、二人っきりで話がしたいと言うじゃないか。
(これって告白!? 告白なのかこれ!!)
 内心盛り上がってると、電話で外に出ていた一護が戻ってきた。なにやら思い詰めた表情で携帯電話を閉じると、ディ・ロイの向かいに座った。
「っで、えっと、なに?」
 注文したカフェオレを両手で持ち、ディ・ロイは緊張しながらも聞いてみた。一護は俯いて、難しい顔をしている。
「一護?」
 顔を覗き込もうとすると、一護がぱっと顔を上げる。そしてカフェオレのグラスごとディ・ロイの手を握ってきた。
(やっぱこれ告白! グリムジョーごめん! ウルキオラごめん! 殺されるかもしれないけど俺は幸せになる!)
 普段から虐げられていた自分にもようやく幸福が。
 そう思っていたのだが、人生そう甘くはない。
「俺、彼氏ができたんだけど」
「‥‥‥‥‥‥」
 カラン、と氷が鳴った。同時にこれまでの恋に、ディ・ロイはさよならを告げた。
「ロイ?」
 しばらくテーブルに突っ伏して心の涙を流した後、ディ・ロイは何事もなかったかのように顔を上げて笑みを浮かべた。家に帰ったら、今度は本当の涙を流そうと思った。
「よかったじゃん。おめでとう」
 俺は男になる。最後まで笑ってやる。
 自分でも頼もしい笑みを浮かべられていたと思う。一護は張り詰めた雰囲気を解いて、ほっと息をついた。そしてなぜ彼氏が出来たというのに、思い詰めた顔をしているのかを教えてくれた。
「グリムジョーだよ、グリムジョー」
「え!? 彼氏ってグリムジョー!?」
「違う。グリムジョーが知ったらってこと」
 ディ・ロイは、あぁ、と妙に納得した。
 グリムジョー・ジャガージャックは同じクラスの男子生徒である。そして一護が好きだ。そして喧嘩っ早い。
「そりゃ、ヤバいよなぁ‥‥」
「うん、やばいんだ」
「一護の彼氏、殺されちゃうよなぁ‥‥」
「いや、それはないんだけど」
 しかしそれこそが問題なのだと言わんばかりに一護は溜息をついた。頬杖を突いて、店の外を眺める。その横顔が憂いに満ちていて、ディ・ロイは思わずきゅんとなってしまった。
 なんて罪な奴なんだと、少しの間、ディ・ロイは悶えた。
「なあ、一護の彼氏ってどんな人? 同い年?」
 とりあえず相手の情報を聞いて、グリムジョー対策を考えることにした。
 しかし本音としては、一体どんな男が一護をオトしたのだろうと気になった。非の打ち所の無いような完璧な男だったならば諦めよう。逆にちゃらんぽらんで傍目に見てもどうしようもなかったり、平凡な男だったら、友人達と結託して徹底的に追い落とそうと思った。
 一護は悩んだように眉を寄せ、どんな男なのかを教えてくれた。
「背が高くってー‥‥目つきが悪くってー‥‥あと、喧嘩っ早い」
「それ、グリムジョー?」
 ディ・ロイの指摘に、一護ははっと目を見開いた。そういえば、と呟いて、それから苦笑いをした。
 グリムジョーが二人。これは出会ったならば、おそらく一護の彼氏がどうとか関係なく喧嘩に発展するに違いない。一護がグリムジョーを男友達としてか見ていないのに、なぜ付き合う男がグリムジョーに似た男なんだ。
「年上?」
「うん。社会人‥‥‥‥‥かな?」
「なんで疑問系なんだよ」
「あー‥‥‥、なんか、社会人って言葉の似合わない人」
 ただのサラリーマンではないようだ。まさかヤクザ?
 ディ・ロイの中で、危険な想像が膨らんでいく。
「どうやって出会ったの?」
「うち、診療所だろ。運ばれてきた、というか自分で来た。トラックに跳ねられたとか言ってたな‥‥‥血まみれだったし、ビックリした」
(ヤクザ! 絶対ヤクザだそれ!!)
 トラック云々は嘘。ヤクザ同士の抗争に違いない。
 真実を告げたいが、一護は実に人気だった。のほほんと構えているし、もっと危機感を持ってほしい。
「それで退院した後もなにかと連絡くれて、えーと、まあ‥‥‥、そういうことだ」
 誤摩化すように、一護は再び店の外へと視線を向けた。その横顔は恋するそれだ。
 その横顔が、次の瞬間、驚きに変わった。
「一護?」
 一護の視線が徐々に店の入り口へと向かう。一緒になって視線の先を振り返ると、入り口のドアのベルが軽快な音を立てた。
「っひい‥‥‥!!」
 ディ・ロイは女の子のような悲鳴を上げて椅子の背もたれにしがみついた。
 入ってきたのは男。黒のジャケットに、はだけたシャツ、それらを纏う恐ろしく背の高い男が入り口に立ってこちらを睨みつけていた。しかもあろうことか、ディ・ロイ達のいる席に歩み寄ってくる。
 店内はしんと静まり返り、異様な空気となっていた。それもそうだ、明らかにその筋の人間がご来店すれば、店員だっていらっしゃいませの声が震えるだろう。
「う、っわ、やべえっ、一護、どうしよ!」
 あたふたして一護を見れば、意外と落ち着いていた。なぜか席を詰めるようにして横に移動している。
「この人」
「っは、へえっ!?」
 男がすぐ傍で立ち止まった。上から見下ろされ、そのあまりの威圧感に一護が言った言葉の意味がディ・ロイには理解できなかった。
「だから、この人。俺が、付き合ってる人」
「このヤクザが!!?」
「誰がヤクザだチビ」
 直後、ディ・ロイの脳天を衝撃が襲った。



 ノイトラ様は建築関係のお仕事に就いていらっしゃるらしい。なぜ様付けなのかと言うと、後からやってきた舎弟、じゃなくて部下が、ノイトラ様をノイトラ様と呼んでいたからノイトラ様なんだ。分かった?
「お前の説明は相変わらず馬鹿っぽいということが改めて分かった」
「そう? あぁでも、ヤクザじゃなくてホント良かった〜」
「皮肉が通じないことも改めて分かった」
 イールフォルトが呆れたようにカフェオレを飲んでいた。美形はたとえ百円のパックジュースを飲んでいても美形だとディ・ロイは思った。
「グリムジョーはたぶん勝てないよ。なんかあの人、すっげえ強そうだったもん。昔は相当やんちゃだったって聞いたし」
「分からないだろう」
「イールは会ってないから。ほんとスッゲエんだぜ、ノイトラ様は!」
 身振り手振りでノイトラ様の恐ろしさを伝えようとしたディ・ロイだったが、煩い、とイールフォルトに一蹴された。
「それで、お前は?」
「なにが」
「一護のこと、好きだったんだろう」
 夕べ、いっぱい泣いたディ・ロイはにかっと笑った。けれど鼻の奥がツンとして。
「‥‥‥泣くな、鬱陶しい」
 イールフォルトは秀麗な顔を歪め、飲みかけのカフェオレをくれた。こんなこと、滅多に無いどころか後にも先にも一生無い。
「へへっ、サンキュー‥‥‥‥‥グスっ」
 もらったカフェオレは、今日に限って苦かった。

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