戻る

  「胸の小さな人間は、心が広いと思うのだ」  


「‥‥‥小さいな」
「お前も小せえよ」
 密室で二人、ぼそぼそと罵り合う。
「秘薬は利かなかったか」
「何だよ秘薬って。一人だけずりぃぞ」
「馬鹿者。まず私で試してみて、成功したらお前に勧めようと思っておったのだ」
 嘘くさい。
 一護は胡乱げな視線を送ったがルキアはさっと躱す。
「こう、な。手と手を合わせて力むと良いと聞いたのだがな。先日、兄様に目撃されて変な顔をされてしまったのだ」
「俺もだ。休憩中に海燕さんに見られて笑われた」
 俺達、本気なのにな。
 そう頷き合ってあーだこーだと愚痴をこぼす。
「さらしでキツく巻いてたのがいけなかったかな」
 流魂街時代に女とばれぬようそうしていたのだが、それを聞いたルキアが一笑した。
「言い訳はよせ。そんなことを言えば私など幼い頃の栄養状態の悪さから発育が遅れたと言えてしまうのだぞ」
「それは俺もだっつーの!」
「シ! 静かにしろっ」
 再び声を潜めて二人は顔を突き合わせた。体はほぼ密着状態。
「それにしても一向に成長が見られんな」
「いてっ、握んなっ、そっちこそなんだよ」
「ぬぉおっ、やめんかっ、お前の手は大きいのだ、私のが小さく見えるではないか!」
 そのときだ。二人が忍んでいた部屋の扉が突然開いた。
「一護、ルキア、ここにいんのか?」
 二人は静止した。
 互いの胸を触ったままで。
「‥‥‥‥なんだ、恋次か」
「びっくりするではないか。いきなり開けるとは礼儀がなっておらんぞ」
 相手が恋次と知ると二人はいつもの調子に戻る。対する恋次は「ここか」の「か」の字で口が開いたまま固まっていた。
「もうすぐ休憩終わりだな」
「そうだな。戻って仕事をせねばな」
 恋次の脇を通り抜けると一護とルキアは何事も無かったかのように隊舎へ戻ろうとする。真白になって動かない恋次だったが、はっと我に帰ると後ろを振り返った。
「‥‥‥‥っな、何してんだお前らはぁっ!!」
「うっせえな」
「怒鳴るな恋次。なんだ、顔が真っ赤だぞ」
 ぶるぶる震えて顔も真っ赤。二人を指差し、恋次は吼える。
「おまっ、お前らっ、むむ、胸を」
「触り合っていたが?」
「それが何だよ」
「さわっ‥‥っええぇ!?」
 一護とルキアはふてぶてしくも事実を告げるが恋次は到底受け入れられないようだった。
「何乳繰り合ってんだよ!?」
「乳繰っていたのではない。乳を触っていたのだと言っておるだろうが」
「同じじゃねーか!!」
 床を踏みしめ、恋次が今度は一護ひとりに的を絞る。
「一護!!」
「なんだよ」
 恋次の視線が一護の胸元に集中する。
「‥‥‥‥っバ、バァーーーカ!」
 恋次は走り去る。その後ろ姿は泣かされた子供のようだった。
 そしてルキアがぽつり。
「意気地なしめ」











「美味いか?」
「美味い。奢ってもらってなんか悪いな」
「いいって。また買ってきてやるよ」
 おはぎを頬張る一護の眉間には珍しく皺が無い。それを見て修兵の唇がへらっと緩みそうになるところだったがきりりと引き締めた。
「ちゃんと噛むんだぞ」
「んー」
 今度こそ修兵の唇が緩んだ。眼を細めて一護を見る表情は誰が見ても愛しい者に対するそれだと分かってしまう。だが一護はおはぎに夢中だった。
「なぁ、一護。今度一緒に花見にでも」
 そのとき風が修兵の前髪を撫でていった。それは隣に座る一護も同じで、しかし一護の場合はその髪型を少々不格好に乱れさせていた。それを直してやろうという優しい気遣いと一護に触れられるという下心とで、修兵はそっと手を伸ばした。
「一護、髪が乱れておるぞ」
「え、どこ」
「どこも何も全体がぐちゃぐちゃだ。どれ、動くなよ」
 朽木!
 忘れていた。一護と二人きりだった訳ではない。一護を挟むようにして反対隣にルキアもいた。
「固そうに見えて意外と柔らかいのだな。伸ばしたら可愛いと思うぞ」
「えー、なんだよそれ」
 一護はぶっきらぼうに返したが、言われた言葉が実は少し嬉しかったのだと修兵でも分かる。髪を直すルキアの指を心地良さげに受けとめて一護は小さく笑った。
 なんなんだこの空気は。
 男の自分が割り込めないどこか柔らかい二人の空気。修兵は声を掛けようにも掛けられない。
「桜が咲いたら花見でもしようか」
「いいな、それ」
「っちょ!」
 それはこちらが先に誘う筈だったのに。
 修兵が堪らず身を乗り出せばルキアと視線が合った。
「っふ」
 鼻で笑われた。
 一護は気付かない。
「おまっ、朽木、」
「もういいぞ。綺麗になった」
 ルキアの小さな手が一護の髪を撫でる。母が子にするような、姉が妹にするような、そして彼氏が彼女にするようにその手つきは優しさに満ち溢れていた。
「朽木家の敷地内にそれは見事な桜の大樹があってな。兄様と一緒に三人で花見だ。決まりだからな」
「おぅ」
 俺完全にそっちのけ!
 半径一メートル範囲に人間が三人いる筈だ。それなのに何だろうこの疎外感は。
「っい、一護!」
 強引に一護を振り向かせる。一護と顔を突き合わせれば修兵はあることに気がついた。それと同時に勝利を確信する。
「顔に餡子ついてるぞ」
 これを拭き取り口に含めば俺の勝利。
 修兵はすばやく指を伸ばす。が、それよりも早かったのが。
「っわ! 舐めるなよっ」
 一護の頬に付いた餡子を横合いからすばやく舐めとったのがルキアだった。先を越された、それよりもなんて羨ましいことをするのかと修兵は驚愕で声も出せない。
「お前は本当に子供だな」
「だからって舐めるなよ」
 恥ずかしそうに舐められた頬を撫でて一護は顔を赤らめた。こういう顔をさせて一護と甘い雰囲気になるのは自分だった筈なのにと修兵がルキアを睨めば貴族特有の偉そうな笑みを向けられた。
 女相手には優しい自分を自覚していた修兵だったが我慢の限界だ。一護に適当に言ってルキアを物陰へと引っ張り込むと、修兵は男相手にするように凄んでみせた。
「朽木っ、お前ワザとだろう!」
「何のことやら」
 しらを切られてしまう。しかしここで負けてはいけない。
「頼むから、空気読んでくれ」
「二人きりにしろと? そうしたら檜佐木副隊長は一体一護をどうなされるおつもりですか」
「どう、って、」
 それは色々と。例えば大人の階段を上る手伝いをしてやるだとか、それはもう色々と。
「いやらしい。考えが透けていますよ」
 軽蔑しきった目を向けられた。
「二人で何話してんだよ」
 しかしそれも一瞬。一護が顔をのぞかせた途端、ルキアの表情は一変した。
「檜佐木副隊長に相談されていたのだ。なんでも最近、恋次を見ているとムラムラするらしい」
「えぇ!!」
 なんたる濡れ衣。
 その後、一護の誤解を解くのに修兵は大変苦労した。











「なんだよお前の幼馴染! どうにかしろ!」
 開口一番、恋次は怒鳴られ更に殴られた。
「俺の邪魔ばっかしやがんだっ、挙げ句にホモ疑惑!」
 普段なら言い返す恋次だがどうにも力が出ない。
「おいっ、聞いてんのか」
「先輩はまだマシですよ‥‥」
 いまだ忘れられない忌々しい記憶。修兵の胸ぐらを掴み返すと恋次は言った。
「アイツら俺の目の前でイチャイチャするんですよ!?」
 一護はただ仲良くしているだけのつもりだろうが、ルキアは違う。あれは恋次に対する明確な嫌がらせだ。
「手を繋ぐなんて当たり前で、ときどき乳触り合ったりしてるし、」
「マジかよ、それは見てえな」
「女同士のスキンシップだって言うんですよ。俺ら男が冗談で股間を触り合うのと同じだって」
 恋次にとってはショックな出来事だったのか複雑の極みのような表情で呻く。想像しただけでいまだに触ったことの無い一護の胸、正直ルキアが羨ましい。
「ガキの頃からそうだった。ルキアの奴、気に入ったもんはとことん離さねえんだ」
 だが今までは『物』限定だった。ルキアが気に入る人間なんて恋次は見たことがない。自分は家族のようなもので、気に入る人間とはまた別だ。
「アイツ、その内一護のこと朽木家に入れるかもしんねえ‥‥っ」
 どうやら越えなければならない人物は朽木白哉一人だけではないらしい。
 打倒、朽木兄妹。
 その日、男二人は密かに誓った。

戻る

-Powered by HTML DWARF-