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  さなぎ <一護>  

 見上げるほどの巨大な門。
 一護はその前に腕を組んで立っていた。
(ほんとにいーのかな)
『死神になりたいのだろう』
 なりたい。
 だが夏梨や遊子に怒られるだろう。確実に。
 ふう。斬月のため息が聞こえてきた。
『早くせんと門が閉まりそうだが?』
「わーっ待った待った!!」
 この日、真央霊術院の入学試験が行われた。





 その日の真央霊術院は緊張した面持ちの新入生達で溢れかえっていた。だがその中で緊張感の欠片も無い新入生が一人。
(‥‥‥‥眠い)
 あとほんのすこし気を抜いたらそのまま眠ってしまいそうだ。
 霊術院に合格し、特進学級とやらに入れたのはいいがその担任の話が長い。一護は昔からこの手の長い話が苦手だった。おそらくそれほどたいした話では無いだろう。一護は早々に別のことへと意識を飛ばした。
 家を出て、最後に見た妹達の泣きそうな顔。だがそれを必死に我慢して自分を送り出してくれた。
 霊術院では寮に入らなければならない。当分会えなくなる。
 ‥‥‥早く帰りたい。
『もう帰りたくなったのか』
(だって、)
 妹二人の世話は近所の世話好きのおばさん達に頼んできた。だが長く会えなくなることなどそうあることではない。姉妹三人寄り添って生きてきたからこそ一層と寂しさが増す。
 ガラッ
 担任の話の途中に割り込んでくる雑音。
 教室の目という目が一斉に音の発生した方向に向いた。
「遅れてすんません」
 あまりにも堂々とした遅刻者に担任は注意も忘れてしまう。その人物は一護の隣の席に腰を下ろした。だが一護は自分の思考に集中していたので遅刻した者がいること、そして自分の隣に座ったことには気が付かなかった。
「おい」
(遊子と夏梨、ちゃんとメシ食ってるかな)
「‥‥‥‥おい」
(休みいつあるんだろ)
「おいっ、てっ!」
「あ?」
 思わず肩に置かれた手をたたき落とす。振り返った視線の先には恨めしそうに一護を見る銀髪の子供がいた。その子供には見覚えがあった。
「あ、試験のときのガキ」
「だから、ガキじゃねえって言ってんだろっ」
 相変わらず威勢がいい。だが一護が立ち上がると子供は身長差のせいで自然と上目使いになってしまう。それが気に入らないのか睨まれてしまった。そして子供はぷいと顔を背けてしまう。
「あ、悪い」
「‥‥‥別に、どうでもいい」
 あきらかにどうでもいいという顔ではなかったが、これ以上言えば怒らせてしまうだろうと思い、一護は口を噤んだ。
 周りを見回すといつのまにか解散していたらしい、人影はちらほらとしかいなかった。教室にいた誰もが一護たちを遠巻きに眺めていたが気にしない。
「なんか用があったんじゃねえのか」
 いつまでも喋らない子供に一護のほうから話しかける。子供は背けた顔から視線だけを一護に向けた。
「‥‥‥‥日番谷冬獅郎」
「え? あっ、おいっ」
 子供は突然走り出して行ってしまった。
(なんだったんだ)
『知らん』





 木と木がぶつかり合う乾いた音を聴きながら、一護は雑談に興じていた。今は剣術の授業だったが、他人の打ち合いには興味が沸かなかった。
「鬼道がさっぱりなんだ。どうにかなんねえかな」
「もっと一つに固めるんだ」
「やってる。でもなんでか最後に爆発するんだよな」
 鬼道の授業では一護は剣術と違って少しもうまくいかなかった。制御しきれずに爆発を起こすことが多い。
「お前のはもともと霊圧がバカ高いんだ。抑えるのはその分難しいんだろうよ」
 そしてその分爆発の規模もでかかった。たちの悪いことに一護は爆発する前にそこらへんに投げ捨てる。そのため鬼道の授業では冬獅郎以外は誰も一護の傍に寄ろうとしない。
「今日も鬼道の居残りだ」
「ああ、担当の教師が卒業するまでに鬼道を使わせてみせるって息巻いてたな」
 冬獅郎の言葉に一護が嫌そうな顔をする。熱血教師なんて、やる気のない生徒からしてみれば天敵と言ってもいい。
「剣術の相手してくれるんなら鬼道の補習に付き合ってやってもいい」
「ほんとか。よし、いくらでも付き合ってやる」
 剣術では一護。鬼道では冬獅郎が群を抜いていた。その冬獅郎も一護に次ぐ剣術の腕前だった。
 流魂街出身者にとってはこの二人は畏敬の念でもって見られていたが、その他とは違う雰囲気に誰も声をかけることはできなかった。逆に貴族達からはその実力に対する嫉妬から嘲笑を受けることが多く、呼び出されることもあったがそれらはすべて返り討ちにしていた。
「そこの二人!」
 いつのまにか全員の手合いが終わっていたらしい。
「私語は厳禁だ。前に来なさい」
 罰を期待したのだろう、貴族達が嘲りの表情で一護たちを見る。それを無視して一護と冬獅郎は前へと出た。
「罰としてお前達二人には最後の手合いをやってもらう。皆、よく見ていなさい」
 一護と冬獅郎は顔を見合わせる。そしてにやりと笑うと木刀を構えて互いに向き合った。
 二人は共に問題児だったが教師達の期待は高い。特に一護に対しては鬼道の苦手を克服させようと教師達は躍起になっていた。曰く、手のかかる子ほどかわいいらしい。
「俺に勝ったらメシを奢ってやる」
 一護の提案に冬獅郎がむっと眉を寄せた。冬獅郎はいまだ一護に勝ったことは無い。だが気を取り直すと冬獅郎はその申し出に首を横に振った。
「逆だ。俺が勝ったらお前に奢ってやるよ」
 冬獅郎が不屈の笑みを浮かべてそう言った。
「始めっ」





 もしかして死んでから初めての友人かもしれない。日番谷冬獅郎という少年(子供というと怒るのでこう表現する)はその外見に反して随分と大人だと一護は思う。外見と年齢が比例しないこの世界で、もしかしたら一護よりも年上なのかもしれないが、二人の関係は十分に友人同士と言えるものだった。
 友人、という言葉にくすぐったさと少しの胸の痛みを覚える。最後に友人達と笑い合ったのはいつのことだっただろうか。
 また昔のように笑い合える日が来るのかと、そんな考えに至ったところで笑いが漏れた。
 なにがおかしいのか自分でも分からなかったが、無性におかしくてたまらなかった。嘲るような、皮肉るような、そんな自分の心を傷つけたい衝動に駆られことがあった。
 本当は泣こうとして、失敗して笑ってしまっただけかもしれないけれど。
「先生、俺鬼道が使えなくても別にいいです」
「諦めるなっ、黒崎!」
 補習を受けるのは初めてだ。生きている頃は結構成績は優秀だった一護にとって、それは少しだけショックだった。
 鬼道の教師は神経質そうな外見に反してたいそうな熱血漢だった。ぺぺっと唾が飛ぶ。それを嫌そうに避けながら一護ははあっと項垂れた。
「もったいない、もったいないぞう。それほどの霊圧を持ちながら鬼道はチンカスだとはっ!」
 どうやら口も悪いらしい。チンカスで悪かったな、一護は不機嫌そうに眉を寄せた。
「教師生活ウン十余年、ある意味これほど教えがいのある生徒はいなかった。だが大丈夫だ、先生が卒業するまでに必ずや君に鬼道の一つくらいは習得させてやるからなっ! だから諦めるなよっ!!」
「先生こそ諦めてくれ」
 背後で冬獅郎が笑いをこらえていた。一護はそれにむっと眉を寄せるも、ぷっと吹き出してしまう。
「黒崎ぃ!!」
「今やるって」
 友人ができた。
 学校も楽しい。
 毎日笑うことができる。
 楽しい。
 楽しい筈なのに、なぜか涙が出そうだった。


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