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  さなぎ <冬獅郎>  

「迷子か?」
 振り返ると、最初に視界に飛び込んできたのは明るいオレンジ色。そのあまりの鮮やかさに一瞬目を奪われた。自分の髪とは全然違う、太陽のようだと思った。
「迷子、だよな?」
 もう一度聞かれる。その完全な子供扱いに冬獅郎は腹が立って、オレンジ色を無視して歩き出した。
「っ!」
 だが着物の襟を掴まれて、まるで猫のように引き戻された。振り向いて冬獅郎は思いっきり睨みつけてやった。だが相手はすこしも気にせずに茶色い目で見返してきた。
「こっち」
 手を引かれた。しかも歩幅まで合わせてゆっくり歩いている。
 それに、キレた。
「俺はガキじゃねえっ!!」
 それが、一護との出会い。





 一護も冬獅郎も特進学級からは浮いた存在だった。本人達が人の輪に入ろうとしなかったこともあるが、その特異な雰囲気が他を寄せ付けなかった。
 一護は話しかけられない限り自分から話すということはない。いつも窓際の席で外を眺めていた。
「隣いいか」
「ああ」
 冬獅郎が一護の隣の席に座る。だが特に何か会話を交わすということはない。一護という人間が冬獅郎にはいまいち掴めないでいた。面倒見がいいかと思えば他人に興味が無いとも思われる態度をとる。試験の日に自分に話しかけてきたのはおそらく子供だと思ったからだろう。
 もっと知りたい。
 そう思うのに、どうすればいいのか冬獅郎には分からなかった。
「まさか死んでまで勉強することになるとは思わなかった」
 一護のほうから話しかけてくるとは思ってもみなかったので冬獅郎は反応が遅れてしまい、反射的に子供のように(一護にとっては子供だ)こくりと頷いてしまった。その仕草が冬獅郎には恥ずかしかったが、それに気にした様子は見せずに一護は鬼道の教科書をぱらぱらとめくるとうんざりしたようにため息をついた。
「刀を振り回してるほうがよっぽど性に合う」
「そうだな」
 たしかに一護の剣術には感嘆した。貴族の上品で型の優雅さを大事にしたとも言える剣術に対して一護の剣術は無駄なところが一つもない、ただ敵を倒すことのみを求めた戦い方だと冬獅郎は思った。
 自分が暮らしている潤林安とは比べ物にならないほど治安の悪い流魂街にいたのだろう、一護がときどき見せる影に冬獅郎は本人でもないのに胸が苦しくなる。
 だがここで同情など見せれば、一護は自分のところから去っていくのだと分かっていた。
「この間の鬼道の授業みたいになるのはもう御免だぞ」
 冬獅郎の言葉に思い出したのか一護が顔をしかめる。鬼道の暴発によって教室はめちゃくちゃになり、なぜか一緒にいた冬獅郎まで怒られてしまったのだ。
「わざとじゃない」
「わざとやられてたまるか」
 むうっと一護が下唇をわずかに突き出す。不機嫌になるとするその仕草は最近になって知った。その子供っぽい仕草を見せるようになったということは、少しは自分に気を許してくれているのだろうかと冬獅郎はうぬぼれそうになる。
「今度の休暇はどうするんだ」
 霊術院に入ってから初めての休暇だった。
「家に帰る」
 いつもと違う柔らかい声に冬獅郎が目を見張った。よく見ると一護はうっすらと微笑んでいた。見たことのない柔らかな表情に、どくんと鼓動がはねた。
「早く休暇にならねえかな。きっと寂しがってる」
 帰りを待つ者がいるのだ。冬獅郎はそれに気付いた瞬間、あれほど己の胸を高鳴らせた鼓動が一気にしぼんでいくのが分かった。あまり他人を寄せ付けない一護がこれほどまでに思う者とは一体どんな奴のか気になって仕方がなかった。
 だがそんなことを考えている自分に気付いて、冬獅郎はそんな自分が恥ずかしくなる。
(嫉妬だなんてどうかしてる)
 一護とはまだ会ったばかりだというのに、何様のつもりだと己を罵った。
「お前は?」
「俺も、帰る、というか帰ってこいって言われたというか」
 霊術院での生活を聞こうと幼馴染みが待ち構えているに違いない。
「そうか、良かったな」
 純粋にそう言ってくれる一護に胸が痛む。周りに人がいなければ机に頭を打ち付けているところだ。
「静かに、授業を始める」
 鬼道の教師が入ってきた。そして一護と教師の目が合う。教師の目には闘志が爛々と燃えていた。それに嫌そうに顔をしかめる一護を見て、冬獅郎が密かに口元を緩めて笑った。





「変わらないな」
 眼下に街を見下ろして一護が呟いた。
 魂葬の実習。久しぶりに見る現世は記憶の中となんら変わっていなかった。
「一護、もう戻るぞ」
「ああ」
 偶然にも冬獅郎と同じ組になって魂葬をこなす。三人一組でもう一人は貴族の子息だったが、一護達と協力し合う気はないと言わんばかりで目すら合わさない。そして全員が集合したところで引率する上級生が終わりを告げた。
「案外楽だったな」
 だが冬獅郎に一護は言葉を返さない。
「一護?」
『何かが近づいてくる』
「何か近づいてきてる」
 斬月の言葉を繰り返した。
「え?」
 一護が上級生ではなく別のところに視線を向けて目を凝らしていた。自然と冬獅郎も目を向ける。
「おいそこっ、聞いてるのかっ!」
『虚』
「っ!、虚だ」
 一護の小さな呟きはしかし不気味なほど辺りに響いた。生徒達が一気に騒然とする。上級生達が霊圧を探ると、確かにこちらに近づいてくる霊圧を感じた。昔、魂葬の実習中に巨大虚の群れに教われて死んだ生徒の話を思い出し、背筋にぞっと怖気が走った。
「逃げろっ! 早くっ!!」
 上級生のかけ声とともに一年が一斉に逃げ出す。解錠している暇などない。救援要請をして一年が逃げている間にここで食い止める。
 覚悟を決めた上級生達の前についに虚がその姿を現した。
「巨大、虚‥‥‥」
 愕然とする。
 一体のみだったが死神でもない自分たちが適うはずがない。がくりと膝から崩れ落ちそうになったその時だった。
「しっかりしろよ、センパイ」
「な、お前ら、なんで逃げない!?」
 一護と冬獅郎の二人がそこにいた。
「死神になろうっていうのにここで逃げてどうするんだよ」
「だな」
 正直、初めて見る巨大虚に恐怖心を抱かないと言ったら嘘になる。じっとり汗ばむ己の手と震えに、冬獅郎は奥歯を噛み締めることで耐えた。
 ちらりと視線を隣へやると、憎悪の籠った視線で巨大虚を射抜く一護がいた。まるで長年探した仇にでも出会ったような一護の鋭い目。まぎれもない殺気に、巨大虚に対するものとは違った意味で、冬獅郎に震えが走った。
 こんな一護を一人にしてはいけない。なぜかそう思った。
 危機的状況だというのに、使命感が胸に宿る。そうだ。自分は一護の隣にいなくてはならない。
 その為なら、巨大虚、お前など少しも恐くはない。
 震えるな。遅れをとるな。一護を置いて、逝ってはいけない。
「ーーーーーーー!!」
 獅子のような咆哮と共に、冬獅郎は地を蹴った。





「怒られたな」
「ああ」
 二人は滅茶苦茶に怒られた。それはもうすさまじいくらいに怒られた。まず呼び出されると学院長のお叱りに始まり、教師一人一人の説教が続いた。その間二人はずっと正座をさせられたままこんこんと説教を受けた。
「先生泣いてたな」
「ああ」
 教師の一人が涙ぐむとつられたのか他の教師も泣きはじめた。心配した、死んだらどうすると一斉に言われて、普段は問題児の二人もさすがにうろたえた。そして同時に照れくさくてたまらなくなり、素直に説教を聞くことにしたのだ。
 今までは教師と呼んでいたのが先生に変わったことに一護は気付いていない。
「一護」
「なんだ?」
「今度剣術の相手をしてくれ」
 虚と戦って、初めて己の未熟さを思い知った。
 そして図々しいだろうかと冬獅郎は不安な眼差しで一護の顔を伺った。
「いいぜ。そのかわり冬獅郎は俺に鬼道の使い方を教えろよ」
 一護がそう言ってにっと笑うと冬獅郎の肩を軽くたたいた。ほんのわずかな衝撃だったが、冬獅郎がふらりとよろめく。
 初めて自分に向けられた笑み、それに頬が熱くなった。
 初めて触れられた、その肩を何度もさする。今たしかに一護がここに触れたと思うと、じんわりと暖かくなるような気がした。

 初めて名を呼ばれた。
 触れられた肩。
 胸が、苦しくてたまらなかった。


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