君が泣いてる
下の兄妹達は海燕が育てたようなものだった。子供に近い感覚もある。
おしめも替えてやったし着替えの仕方も教えてやった。文字に計算、上手な喧嘩のやり方、教えられることはすべて教えたつもりだ。あとは己の道を歩めばいいと、自由にしすぎたのがいけなかったのだろうか。
「海燕殿、頬がいちじるしく腫れ上がっておりますが」
「気にするな」
ルキアの指摘に海燕は軽く頬に手を当てる。いい拳だった。さすが俺の妹。
今が生意気な盛りなのか、顔を合わせれば必ず喧嘩になってしまう。いつも穏便に話を進めようとしてもそこは兄妹。似た者同士の二人の会話はいつの間にか怒鳴り合いへと発展してしまうのだ。
「‥‥‥はあ」
育て方に問題でもあったのだろうか。もう一人の妹も同じく男勝りだが手に負えないほどではなかった。弟も少々お馬鹿なところはあるが自分をとても慕ってくれている。だが一番下の妹だけは海燕に反抗してすこしも言うことを聞こうとしない。
「女の子は難しいな」
そう言ってため息を一つ。
隣で聞いていたルキアはただただ首を傾げていた。
「お、一護でねえか。岩鷲も久しぶりだな」
「よう、兒丹坊」
見上げるほど上にある知り合いの顔に一護と岩鷲は軽く挨拶する。
「聞いだぞ。まぁた海燕さんと喧嘩しだんだっでな」
「‥‥俺は悪くねえからな」
「素直じゃねえんだから」
「っるせえ!」
余計なことを言う岩鷲は殴っておいた。これでも兄なのだが、一護は容赦というか尊敬の念がまったくない。歳も近いとあってか、二人はまるで同年代の親友のようだった。
「兄貴が先に吹っかけてきたんだよ」
結婚して別々に暮らすようになってからも、月に何度か一護達の様子を見に海燕は流魂街の家へと足を運んでいた。そして昨日やってきた海燕と一護は大喧嘩したのだ。
「それで今日は謝りに来だのか」
「誰がっ!俺はクソ兄貴の忘れ物を持ってきたんだよ」
一護は不機嫌そうに持っていた包みを掲げる。本当は岩鷲だけが届ける筈だったのだが空鶴の命令によって一護も一緒に届けることになったのだ。ついでに仲直りしてこいと言われたが一護から謝るつもりは毛頭ない。
「ほどほどにしどげよ」
そう言って門を開けると一護達を通してやる。一護はおう、と言いながらもこれから会うことになる兄と喧嘩することになるだろうと予測していた。忘れ物を渡してすぐに帰るつもりだが、あのおせっかいな兄がそれで終わらせてくれる筈がないのだ。
「行きたくねえな」
「行かねえと姉ちゃんに花火ごと打ち上げられるぞ」
「はあ‥‥」
今度は拳だけではない、足も飛びそうだ。ズンと響く門の閉まる音が一護の気持ちをより一層沈ませていった。
「夫婦喧嘩っすか。そんなに腫らして、激しいっすね」
「違う」
海燕は腫れた頬を押さえて訂正した。
だいたい妻の都は暴力に訴えることはしない。静かに怒って無視されるかまたは無きものとして扱われるだけだ。当然食事はない。
「兄妹喧嘩だ」
「弟さんと」
「妹だ。ごつい指輪を付けたまま殴られた」
しかも接触した瞬間、抉るように手首を捻っていた。我が妹ながら喧嘩の仕方が結構エグい。
「なんでまた喧嘩なんか」
恋次の疑問に海燕は大きなため息をついた。
「足広げて座ってたから注意したらいつのまにか喧嘩になってたんだよ」
最近顔を合わせるといつもそうだった。些細な口喧嘩から始まって、それがすぐさま殴り合いの喧嘩に変わる。もちろん海燕は妹相手に殴るということは一度も無かったが、妹のほうはおかまいなしに殴ってくる。その技の切れが年々研ぎすまされていく気がするのは、喧嘩を教えた兄としては少々複雑だった。
「それだけじゃねえ。風呂上がりに襦袢一枚でそこらへん歩き回るし、髪はちゃんと乾かさねえし、」
「はあ、志波さんって意外にシスコンなんすね」
「シスコン? 俺が? 馬鹿言うな。ただ心配でたまらねえだけだ」
それをシスコンと言うんだと、その場にいた他の副隊長達は心の中で突っ込んだ。
「なにい!?」
「なんすか、檜佐木先輩。うるさいですよ」
突然雄叫びを上げた修兵を見ると、何やら窓際で信じられないものでも見たとばかりに目を剥いていた。
「信じられねえ。こんなことがあっていいのかよっ」
今度は拳を握りしめて苦悶している。
一体何を見たのかと恋次は傍に寄って窓の外を見た。
「ええっ!?」
「な? そうだよな? ありえねえって!!」
なんだなんだと他の副隊長達も窓に寄って、外の様子を伺った。そして三者三様の感想を零した。
「あらー。まあでも人の趣味はそれぞれだし」
「なにか裏があったりして」
「吉良君っ、失礼だよ」
「顔よりも中身が大事だと思いますけど」
「そうじゃそうじゃ」
「弓っちが見たら醜いって言いそー」
「や、やちるさんっ」
好き勝手に話し合う同僚達に、海燕も興味を引かれて外を伺った。
「ああ!?」
「ね?」
同じ反応をした海燕に恋次と修兵はそらみろと再び窓の外に視線をやった。
そこにはがたいのいい男と、その男に肩を抱かれた少女が立っていた。
「くそ、あの顔でどうやってあの子を落としやがったんだ」
「あ、やっぱり檜佐木先輩の好みですか。気が強そうだし」
「そうなんだよ。気が強いけど俺だけには甘えてくれるってよくねえか?」
「いいっすね。でもあの子、胸小さいっすよ。檜佐木先輩ってばたしか胸がおっきい子が好きじゃありませんでしたっけ」
「そうだけど、大丈夫だ。小さくても俺が大きくしてみせる」
「エロい。その手つきすっげえエロい」
女性陣の機嫌が急速に下降していっていることに二人は気付きもしない。だがふいに影ができたと思って後ろを振り返ってみると、そこには般若の形相をした海燕が立っていた。
「志波、さん?」
ただならぬ雰囲気に嫌な汗が出る。そして次の言葉を言う前に、二人は仲良く海燕によって殴られていた。
「いってー!!」
「何するんすか!!」
「俺の妹」
「は?」
「あれは俺の妹だ」
瞬間サーっと血が引いていくのを二人は感じた。まさかシスコンの海燕の妹だとは知らずに、言いたい放題言った気がする。
「あいつに変な真似してみろ。‥‥‥‥殺すぞ」
本気だ。
殺意を向けられた二人は素直に首を縦に振った。
「あ、兄貴だ」
副隊長が待機しているという建物の前で二人は海燕が出てくるのを待っていた。十三番隊に行ってみたものの、隊首会だと聞かされて終わるまで待つよう勧められたが、海燕に腰を落ち着けられて説教をされるのではないかと思った一護がそれを嫌がったのだ。
「おい、逃げるなよ」
顔を出した海燕を見て、思わず一護が踵を返した。岩鷲がその肩に手を回して逃亡を阻止する。
「ごめんって一言言えば済む話じゃねえか」
「なんで俺が謝んなきゃなんねえんだよ」
「いいから謝っとけって。じゃないと俺が姉ちゃんに殺される」
二人を仲直りさせるまで帰ってくるなと言われていた。いつも貧乏くじばかりを引かされている気がするが、これでも一護は可愛い妹だ。空鶴にとってもそうであるように。べたべたに甘やかすことはないが、兄妹の中で一番可愛がられているのは一護だった。
「なんかすっげえ見られてる気がすんだけど」
「俺もだ。なんか碌でもねえこと言われてる気がする」
次々に窓から顔を見せる副隊長達。自分たちを見てあーだこーだ言っているのが分かる。遠すぎて何を言っているのかは分からなかったが。
「いいか。忘れ物渡して、ごめん。これで一件落着だ」
「だからっ、」
「お前だっていつまでも喧嘩したままなのは嫌だろ」
一護は不満そうに唇を突き出した。だが岩鷲の言っていることに反論はできず、非常に不本意だったが言う通りにすることにした。このまま帰って空鶴に怒られないためだと己に言い訳して。
「‥‥分かった」
そのとき海燕が建物から出てくるのが見えた。他の副隊長達も一緒で、隊首会が終了したのだろう。
一直線に向かってくる兄の顔が何やら不機嫌そうなのは気のせいか。嫌な予感がした岩鷲は一歩足を踏み出し一護の前へと立った。
「何度も言うようだけど、『ごめん』って言うだけでいいんだぞ」
「分かってるって」
やがて目の前まで来ると海燕がぴたりとその足を止めた。やはり間近で見る表情は不機嫌そうで、それは一護へと向けられていた。
まさか喧嘩のことで兄のほうが怒っているとは思ってもみなかった岩鷲は慌てて話を切り出した。
「あ、兄貴。今日は忘れ物届けにきたんだ、それで一護が」
「一護」
声にまで怒りが籠っていて、岩鷲は反射的にびくりと肩を震わせた。だが一護のほうは癇に障ったようで、きっと海燕を下から睨み上げる。
まずい。険悪な雰囲気に岩鷲は視線でさっさと謝れと一護に言った。だがそれがおおいに不服だと言わんばかりに一護が視線を返す。
いいから謝れ。岩鷲は両手を合わせて体全体で訴えた。
仕方ない。たった一言だ。覚悟を決めて一護は唇を開いた
「‥‥‥ご」
「なんだその格好はっ!!」
めん、という言葉に覆いかぶさるようにして海燕が一護を怒鳴りつけた。
「は? えーと、兄貴?」
「っるせえ、岩鷲は黙ってろ。一護、なんて格好で来やがるんだお前は!」
一護の今の格好は胸元と背中が大きく開いた着物で、下履きは片方の太腿を露出させていた。
「仕方ねえだろ。着るもん無かったから姉貴のを借りたんだよ」
「馬鹿っ!!」
またもや怒鳴られた一護はもう既に謝るということを忘れてしまったらしい。完全に目を据わらせて、戦闘態勢に入ろうと片足を一歩下がらせた。
「わー! 待て、落ち着け! 兄貴、一護は謝ろうと」
「いちいちうるせえんだよ、このおせっかい!!」
「ああ!?」
間に入って止めようとした岩鷲を押しのけて、一番上の兄と一番下の妹は眼を飛ばし合った。そのガラの悪さに周りにいる副隊長達は最初のほうこそ興味深げだったが、今では引いてしまっている。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ、どうでもいいことで因縁付けやがって! そんなに俺のすることが気に入らねえのかよ!?」
「どうでもいいことじゃねえだろ! それに俺は心配して」
「嘘つけ!!」
そこで一護が悲しそうに眉を寄せた。だがそれも一瞬ですぐさま反抗的に海燕を睨むと、言ってはいけない一言を叫んでしまった。
「本当は俺が疎ましいくせに! 善人面で心配なふりしてんじゃねえっ!!」
パンッ!
乾いた音。岩鷲は信じられない光景に目を見開いた。
「もっぺん言ってみろ。次は平手じゃ済まねえぞ」
低く深い怒りを感じさせるそれに、その場にいた者達は震え上がった。
一護は惚けたように、殴られた体勢のまま立ち尽くしていた。だが頬がじわじわと赤くなっていくにつれて、瞳も潤みを増していく。
「ほら、な‥‥」
震える声で、それでも一護はなんとか言葉を絞り出した。
「ほんとは、いつだって、殴りたかったんだろ」
「違う。俺は」
「あんたなんか大嫌いだ」
ぽとり。涙と一緒に一護はそう言って、踵を返しその場を去った。
残された岩鷲はあまりの光景にしばらく動くことができなかった。海燕が一護を殴るところなど見たことが無かったからだ。兄妹の中で、海燕が一番末の妹を可愛がっていた。小突くことはあっても殴ることなどあり得なかった。
海燕は初めて妹を殴ってしまった己の手を見下ろしていた。
「‥‥兄貴の馬鹿」
やがて岩鷲が責めるように兄を見た。
「あいつ、謝ろうとしてたんだぞ。それなのに殴るなんて」
兄貴と言わずに、あんたと言っていた。一護の怒りと悲しみが伺い知れる。
「早く追いかけて謝ってこいよ。仲直りするまで帰ってくんなよ」
「‥‥すまん、行ってくる」
瞬歩で消えた兄を見送ると、十三番隊で待たせてもらうため岩鷲もその場を去った。
突然の兄妹喧嘩を目の当たりにした副隊長達はぽかんと立ち尽くしていたが、やがて恋次があることに気が付いた。
「あれ。檜佐木先輩は?」
「なあ、もう泣くなって」
隣でしくしくと泣き続ける一護にどう慰めればいいものかと修兵は途方に暮れていた。
そういえば泣く女を慰めたことなど無かったことを思い出す。これまでに結構うまく女性とは付き合ってきた。別れるときにこじれて泣かれるような事態に陥ったことは一度も無いのだ。
「泣くなよ。な?」
だが慰め方を知らない男など眼中に無いようで、一護は腫れた頬を押さえてはらはらと涙をこぼし続けていた。
「ああくそっ、どうすりゃいいんだよ」
自分でもよく考えずに一護の後を追いかけてきてしまった。
露出した細い方が小刻みに震えていて、声を耐えて泣く少女に触れていいものかと修兵は思案した。だがこのまま何もせずに座り続けるなんて間抜けもいいところだ。おそるおそる鮮やかなオレンジ色の髪を撫でてやった。
ぴくっと肩が揺れたが振り払われることはなかった。受け入れてくれたのか、それとも単に振り払うのが面倒くさかったのかは分からないが、抵抗しない一護に修兵はほっとした。
手触りのいい髪質が気に入って何度も何度も梳いてやった。伸ばせばいいのに、そう思ったところでようやく一護が顔を上げた。
「も、いい」
「気にすんな」
「そんなんじゃねえよ。いい加減離せ」
「まだ泣いてんじゃねえか」
修兵の指摘にむっとして、一護はすぐさま濡れた目を乱暴に拭おうとした。だがそれより先に修兵の指が涙を拭っていく。その自然な動作にびっくりして一護は固まった。兄以外の男にこうして触れられたことなど無かったからだ。
一護はそれをごまかすように、唇をすこし突き出して不機嫌を装った。
「あ、その表情可愛いな」
「はあ?」
今度こそ不機嫌な声を出した一護を気にもせずに、修兵はにっと笑ってその顔を覗き込んだ。至近距離に思わず一護は体ごと後ろに引いた。
「可愛い。志波さんが大事にするのも分かる」
「大事なんかじゃ」
「あの人言ってたぞ。お前のことが心配でたまんねえって」
だが信じられないのか一護は再び溢れそうになった涙を慌てて拭った。
「でも、殴ったし」
「あんなこと言えば誰だって怒る。お前のこと大事に想えば想うほどな。腹が立ってつい手も出ちまうってもんだ」
いつの間にか一護のむきだしの肩に手を回して修兵はそっと体を引き寄せた。そして間近に見える胸元に自然と視線がいき、やっぱり小せえな、と失礼なことを思った。
「大事だからこそ口うるさくなるんだ。それを鬱陶しく思うのも今だけで、お前がもうちょっと成長すりゃあ志波さんの気持ちも分かるようになる」
「なんだよ、偉そうに」
どうやら不機嫌になると唇を突き出す癖があるらしい。その仕草が可愛らしいと思いつつ、口付けたら怒るだろうかと考えた。
「お前もそうやって怒るってことはそれだけ志波さんのことが好きなんだろ」
「違う!」
「素直じゃねえな」
そういうところも可愛い。
やばい、どんどん嵌っているなと自覚しながらも修兵は表情には出ないように冷静を装った。
「人間、成長するには一人じゃ難しいもんだ。誰かの支えがねえとな」
さりげなく、を心がけて修兵は下から見上げる一護を真っすぐに見つめた。だが見つめられた一護は慣れていないのか、頬を染めてすぐさま逸らしてしまった
その初心な反応に修兵は思わず己の膝を叩く。
「でも俺、」
「ん?」
「俺だけ、」
小さくなっていく声を聞き取ろうと顔を寄せた。
「俺だけ、血、繋がってない」
「え」
「何してんだてめえ離れろコラぁ!!」
「うぉ!!」
後ろから容赦のない蹴りを入れられた修兵は勢いよく吹っ飛んだ。
「一護っ、大丈夫か!? 何もされてねえか!?」
「あに、き」
「檜佐木!変な真似したら殺すって言っただろうが!ああ!?」
どうやら声を聞き取ろうと顔を寄せたのを見て勘違いしたらしい。一護を背後に庇って海燕は殺気をみなぎらせた。
「ってえ。背後からなんて卑怯っすよ」
「卑怯なのはてめえだ。一護が落ち込んでるところにつけ込みやがって」
「卑怯じゃありません。恋の正攻法です」
「うまくもなんともねえ! 死ね!!」
ごん、と殴るとその隙に海燕は一護を連れて戻ろうとした。だが一護はその手を振り払うと涙で赤くなった目で真正面から見据えた。
「俺、ほんとは兄貴の妹じゃないんだろ」
「はあ!?」
「とぼけんな! 俺知ってんだぞ」
とぼけずに本当のことを言ってほしい。泣きそうになるのを必死になって堪えながら、目を逸らさずに再び言った。
「橋の下から拾ってきたって!!」
「えぇー」
間抜けな声を出したのは傍で聞いていた修兵だ。一体どんな複雑な事情があるのかと思いきや、なんてことはない、誰もが一度は言われたことのある他愛のない冗談だった。
「アホ! 誰に言われたか知らねえがそんなの冗談に決まってんだろ!!」
「冗談!?」
がん、と頭を殴られたようにショックを受けた一護はある意味泣きそうになった。
「お前、最近反抗的だったのって、まさかそれ真に受けて」
真っ赤になった顔がその答えだ。一護はいたたまれなくなって両手で顔を覆った。
馬鹿だ。自分はなんて馬鹿なんだと罵れるだけ罵った。
「殴って悪かった」
ぽんと頭に大きな手が置かれた。そういえばこうされるのは久しぶりだと一護は思い出す。
「ずっと悩んでたんだよな。気付いてやれなくてごめんな」
「そんなことない。俺が、勝手に勘違いしてただけで、」
冗談だと分かって安心したのか一護の肩の力がみるみるうちに抜けていく。
思春期に加え、兄妹ではないという不安から一護は反抗してしまったのだ。その冗談を聞かされる前は、素直に甘えることはしないものの一護は海燕が大好きだった。
「俺ももっと優しく言えばよかったんだ。怒鳴られたら誰でも不愉快だよな」
「俺を思って言ってくれてたんだろ。怒る俺が悪かったんだ」
なんだこの恋人同士のような会話は。すっかり無視された修兵は会話に入る隙を見いだせない。
「でもそういう格好は変な男が寄ってくるから」
遠回しに貶されて修兵は言い返そうとするも、海燕に殺気の籠った目で睨まれては何も言えなくなる。
「何があろうと俺はお前の兄貴だ。心配することなんて何もねえよ。それでも何かあれば、いつだって俺に相談したらいいんだ。悩んでる暇があったら俺を呼べ。俺はいつだってすっ飛んで来ただろ?」
「‥‥‥うん」
近所の悪ガキに苛められたときも、転んで泣いたときも。まるで絵物語の主人公のように海燕は颯爽と現れて一護を助けてくれた。
「いつだって兄貴は俺の憧れだった」
涙を滲ませながらも笑った一護の顔。
やっぱり兄妹だな。初めて見た笑顔に、修兵はそう感じていた。
「でよー、一護が俺みたいになりたいっつって統学院に通いはじめたんだよ」
「嬉しそうですね」
「だって俺みたいになりたいって言うんだぜ?なんかもう愛されてるって感じしねえか」
「美しい兄妹愛で羨ましい限りです」
「檜佐木、お前は眼中にねえからな」
「なんの。これからっすよ」
一護の胸を大きくするのは俺の役目です。とは心の中に留めておいた。
「ちなみに69の意味を一護に教えといたから」
「ええ!!」
「変態、だそうだ」
にや、と笑う未来の義兄となるであろう男に、修兵は本気の殺意を抱いた。