― 新年で12題 ―

TOP


06. こんな日だってバイトです



 三が日。
 それは一年の激務に耐えた死神達へのご褒美である。ある者は家族と過ごし、ある者は恋人と過ごし、またある者は一人、寝正月。
 しかし、すべての死神が護廷から出払っているわけではない。三が日だろうが、誕生日だろうが、恋人との初デートの日だろうが、そんなの虚にとっては知ったこっちゃないからである。むしろ狙ってんじゃねえかと邪推されるほどのピンポイントで虚出現。なので一部の死神達には通常出勤が課せられ、主に新人隊員とクジで負けたベテラン隊員達がその餌食となっていた。
「うおーい、おしるこできたぞ。食いたいやつ、箸とお椀持ってこい」
「やりっ」
「俺もほしー」
「私もー」
 甘い香りを漂わせながら、ひとりの隊員が炊事場から戻ってきた。両手には大きな鍋。書類と向き合っていた隊員達は、小休憩の訪れに顔を綻ばせる。
「黒崎ー、お前も来い。おしるこだぞー」
 奥の部屋で書類の整理をしていたのは、派手なオレンジ頭が特徴であるその名も黒崎一護。甘い香りの正体には気付いていたが、なんとなく近寄れなくて気付かないフリをしていた去年入ったシャイな新人である。声を掛けられ、やっといそいそと傍まで寄ってきた。
「‥‥‥いただきます」
「おー食え食え」
 よそってもらい、椀を受け取った一護はちょこんと頭を下げてはにかんだ。入隊直後は、「なんだこいつ無愛想だな」とか、「可愛くねーのが入ってきた」とか、「女!? 男の間違いだろ」とか言われていた黒崎隊員だったが、慣れてくると色々な表情を見せるようになった。生意気そうな外見とは裏腹に、教えれば素直に聞くし謙虚だし、表情に出やすいしで、今では先輩達のお気に入りである。
 そんな一護は、先輩達の中は居辛いのか、また奥の部屋へと行こうとする。まあ待て待て、と引き止めて、恥ずかしがりやな新人隊員を会話の中心に据えた。
「どうだ、黒崎。一年経ってみて、護廷にはもう慣れたか?」
「あ、はい。お陰さまで」
 周りは先輩だらけで緊張しているのか、肩がやや強張っていた。人見知りが激しいとは、よく面倒を見ていた副隊長の言であるが、一年経ってもこれではいつになったら懐いてくれるのやら。ちなみに副隊長、志波海燕は今頃奥様と初詣にも行ってるのではないだろうか。ちくしょう、大凶でも引けばいいんだ。出勤者一同心の声が、神社に届くことを祈る。
 それから質問すれば律儀に答えてくれるのをいいことに、一護への一問一答が続いた。それにしてもこの黒崎一護、口の中にものが入っているときは必ず呑み込んでから答えている。流魂街出身者とは思えぬ行儀の良さに、貴族出の何人かが気付いて感心した。食べ方も綺麗だし、箸の持ち方も文句無し。言葉少ななところはあるが、一歩下がって後ろに控えるところは、貞淑とも映る。ついでに仕事もできるし将来有望。見る者が見れば、中々できたお嬢さんじゃないか。
「ねえねえ、黒崎君。いい人、見つけた?」
「え!」
 予想外の質問だったのか、動揺した一護が大きな声を上げた。直後にすいませんと謝って、顔を真っ赤にした。
 お、怪しい。
 やはり盛り上がるのは男女の色恋沙汰である。先輩達は、初心な新人ににじり寄った。
「黒崎、その反応はいるんだな?」
「い、いません、」
「目を逸らしたな。ますます怪しいぞ!」
「ほんとに、いませんったら、」
 耳まで赤くしておいて、何も無いはないだろう。中身の少し残った鍋を中心にして、急遽『黒崎一護のコイバナを聞く会』が開催された。逃げられないと分かったのか、一護は噛んでいた唇をふっと解いた。そしてもじもじと、話し出した。
「‥‥‥‥本当に、付き合ってる人はいないんです。でも、あの、は、半年前くらいから、」
「半年前くらいから?」
「す、好きだって、付き合おうって、‥‥‥‥‥結婚を前提に」
「キャー!!」
「おぉっ!!」
「やるなぁ、黒崎」
 小休憩が、本格的な休憩に突入した。幸い咎める上司はいない。いたとしても、あのシャイで引っ込み思案な黒崎一護の恋愛話だと知れば、同じく輪の中に加わっている筈だ。三が日出勤を聞かされたときは、なにが新年だ馬鹿が、と思っていたが今なら許す。
「誰!? どこの隊員!?」
「そ、それはっ、‥‥‥‥すいません、勘弁してください」
「じゃあ、どんな奴なんだ。変なのだったら俺達が許さねえ」
「そうよ、ちょっとは聞かせてよ。右も左も分からない新人狙ってポイ捨てする野郎も中にはいるのよ。黒崎君がそんなのに引っ掛かってたら嫌なのよ。金銭要求されたりしてないでしょうね」
「それはありませんっ‥‥‥‥‥むしろ食事奢ってもらったり、贈り物されそうになったりで、困ってるんです」
「あ、なーんだ。そういうのは受け取ってもオーケーよ。むしろ貢がせるだけ貢がせなさい」
「黒崎、こういう女にはなるなよ」
 なによー! と喧嘩が勃発したのはさておいて。どうやら黒崎一護は、交際を迫られほとほと参っているようだった。なんでも告白されたのは初めてのことらしく、ためしに付き合ってみる、という選択肢は頭の中にはないようだった。
「相手の人を傷つけずに振る方法って何か知ってますか? あ、俺のほうから振るってのはおこがましいので‥‥‥あの、相手に諦めてもらう良い方法、ないですか」
「えー! 付き合っちゃえばいいじゃん」
「むっ、無理ですそんなのっ、俺とあの人じゃ、全然釣り合わないし!!」
 言ってから、一護はしまったという顔をして俯いた。さっきから引っ掛かってはいたのだが、一護の言い方には、相手との間にまるで大きな隔たりがあるかのような表現が多々見受けられる。
「もしかして、相手は上官? それも随分と上の」
「うっ、いえっ、ちがっ」
「そんでもって貴族」
「まさかっ!!」
 目は逸らす、声は上擦る肩は跳ねる。これだけ動揺しといて違うなんてあり得ない。
 間違いない。黒崎一護は玉の輿に迫られている。
「ちょっとー! そんだけ好物件相手にしといて困るって何!? 嫌味!?」
「そうだぞ黒崎。乗っとけ乗っとけ、玉の輿」
「黒崎君。貴族出身の僕からアドバイス。正室か妾か、事前にちゃんと確認しておくよーに」
「あとさ、別れたときのために契約書交わしとけよ」

「だからっ、付き合わねえって言ってんだろ!!」

 叫んだ後に、一護ははっとして居住まいを正し、すいませんと深々と頭を下げた。いや、お前の地知ってるし、と笑って流す。おどおどと頭を上げた一護は、元気を失った様子で呟いた。
「‥‥‥‥俺、自信がないんです」
 相手の人は本当に素敵で大人の男性であるのに対し、自分はさっきみたいにすぐ汚い言葉遣いが出るし、気を抜いたら足開いて座ってるし、皆の前じゃ行儀よくしているけど、家じゃ寝ながら本読んだり足で襖開けたり、手で押さえないで欠伸したり本当にだらしないんです云々。
「もし付き合ったとしても、絶対ボロが出て嫌われるに決まってる。気を張って付き合い続けたとしても、それってなんか違うし。だから俺、あの人とは付き合えません」
「黒崎君‥‥」
「黒崎‥‥」
 なんて真面目な奴なんだ。お前ほんとに流魂街から来たのかよ。
 その滅多に見られない初心という名の純粋培養。技局に持っていったら高価買い取りしてくれるんじゃないか。全員が全員、呆れに近い感心を抱いたときだった。閉め切っていた部屋に、ひんやりとした空気と聞き知った声が入ってきた。

「あれえ、なんだか良い匂いがするねえ」

「京楽隊長!」
 ついつい話に聞き入ってしまい、長い休憩をとってしまった。隊員達は慌てて立ち上がると、突然現れた八番隊隊長に向かって一斉に礼をした。
「いやいや、そんなに畏まらないでよ。今日は元旦、目出度い日じゃないか。怒らないよ」
 貴方ならそう言ってくれると思ってました、と顔に出して、十三番隊の隊員達はほっと胸を撫で下ろした。ほっとしたついでに、おしるこを勧めてみる。
「毎年、外れクジ引いた人間の些細な楽しみとして、おしるこ作ってるんです。いかがですか?」
「美味しそうだねえ。いただいていいの?」
「えぇ。黒崎、温めて差し上げなさい」
「おっ、俺がですか!?」
 そうだよお前だよ、相手は隊長様だぞなんか失敗して不興買いたくねーもん、と先輩達は視線だけで言ってのけた。
 常に外れクジを引かされ続けるのが新人隊員の定。一護は何かを訴えかける目をしていたが、やがては諦めて京楽隊長を客間へと案内した。



「一護ちゃん、家じゃ結構だらしないんだね」
 温めたおしること玉露を危うくお盆ごとひっくり返しそうになった。一護が内心慌てふためいていると、京楽が笑みを浮かべながら手を伸ばしてくる。後ろに避けようとしたが、腕を掴まれ引き寄せられた。
「あっ、わ」
「おっと危ない」
 お盆をとられ、代わりに正面には京楽の体がくる。なぜかくるりと回って今度は一緒に座らされると、お尻は胡座をかいた京楽の足の上。まるでダンスみたいに、鮮やか且つすばやくことは運ばれた。
「えへへ」
 子供みたいに笑っているが、手は腰、もう片方は膝にかかっていて、まったくもって穏やかじゃない。それに膝にかかっている手はなんでか足を開かせようとしているので、気を抜いたら何か大切なものを無くしそうだと本能で感じとった一護は、膝に力を込め、押し返そうと分厚い胸に手を置いた。
「離してくださいっ」
「やだよ。君が食べさせてくれるんだろう?」
「子供じゃあるまいし、自分で食べられるでしょうっ」
「男はいつまでも子供だよ。特に好きな子の前じゃね、年甲斐もなく駄々をこねたり甘えたくなるのさ」
 耳元で低く囁かれ、不覚にも一護は痺れてしまった。こんないい声、誰だってクるに決まってる。それでも気丈に睨みつけるが、赤い顔は隠しようもなかった。
「誰も来ないね」
「はぁっ?」
「姫初めって知ってる?」
「知りませんけど、」
「教えてあげるよ。そうだね、ちょっと体の力を抜いて、足を開いてくれるだけでいいんだ」
「はぁあっ!?」
「だってねえ、一富士、二鷹、三一護ちゃんだったんだよ。これはもう神の啓示としか思えない。元旦で勝負決めろと言ってくださってるんだ、うん!」
「なに真面目な顔して訳分かんないこと言ってんだっ!」
 息がかかるっ。というかこの人なんでいっつもいい匂いがするんだ。
 動揺する一護の首筋に京楽の高い鼻梁が埋まり、あっちもあっちですんすん匂いを嗅いでいた。やめてくれ、いい匂いなんてしないから。むしろ市販の石鹸の安っぽい匂いしかしない。
「君が家じゃだらしなく過ごしてても構わないよ。むしろそういうの想像して僕は普段興奮してるから」
「んな、なにっ」
「全部見せて」
「っん」
 あぁ、息、できない。今日はいきなり舌入れるんだ。髭、ちくちくする。駄目だ、押し返さないと。でも、力が入らない。気持ち良い、こんなの駄目だって分かってるのに。
「好きだよ、一護ちゃん」
 はい、俺も。
 って、言えるか。言えるかバカ。あぁもう離せ、これ以上されたら抵抗できなくなるだろ!
「‥‥‥‥‥は、な、せぇ!!」
「よーし、どうどう。一護ちゃん、大人しくして」
「俺は馬かっ!! 京楽隊長っ、これ以上するってんなら伊勢副隊長に言うからな!」
 しかし、相手が怯んだのはほんの一瞬だった。いつもならこれで引いてくれるのに、今日の京楽はなぜか怒った顔をして見下ろしてきたかと思うと、これまで聞いたことのないような強い調子で言った。
「君ねえ、今日は元旦だよ。一年で一番目出度い日なんだから、素直になってくれてもいいんじゃない? 僕のこと、好きなんだろう?」
 ずばり言い当てられ、一護はひゅっと息を呑んだ。一度も口にしたことが無い本音、どうして知ってるんだ。
 京楽は呆れた、と言わんばかりの溜息を落とし、唖然とする一護の肩に両手を置くと懇々と訴えた。
「最初は僕もちゃんと好きだって言葉をもらってから、君に色々しようと思ってたんだ。でも君は中々言ってくれないし、そのくせ全身では好きって言ってくるんだもの、そんなの反則だよ。だから気付かないフリしてわいせつな行為に‥‥‥って言うとアレだな。まあとにかく、いいかい、一護ちゃん。君は自分のことを仏頂面だとかポーカーフェイスだとか思ってるんだろうけど、そうじゃない。君は、態度と表情に思ってることがものすごく出やすいんだ」
「う、嘘だ‥‥っ」
「嘘なもんか。君以外の人間が知ってることだよ」
「そんなっ! じゃ、じゃあ、俺がエッチなこと考えてたとしたら、それも分かるってことかよ!?」
「ちょちょちょ、エッチなことって何、そこんとこ詳しく」
 今日一番の真剣な顔で迫ってくる京楽を躱し、一護は両手で顔を覆って蹲った。全部、バレてた。京楽が好きだってことも、いやだいやだと言いながらも本当はされることすべてが嬉しくて受け入れていたということも、全部‥‥‥全部!!
「う」
「一護ちゃん?」
 うわぁあああ‥‥‥と嘆きの声を上げ、一護は客間を飛び出していった。



 翌日。
 一護は八番隊隊主室を訪れると、今までの非礼を詫び、そして改めて自分の気持ちを伝えた。
「じゃあ、僕達」
 晴れてお付き合い。
「できません」
「なんでっ!?」
 年甲斐も無く取り乱した京楽が、どっしり腰を据えて座る一護に詰め寄った。薄い肩を引き寄せ、なぜだい、と情けない声を出す。
「昨日のことで色々と悟ったんです。俺、なんて子供だったんだろう、って」
「‥‥‥‥いや、君が子供なのは重々承知してるよ?」
 たとえロリコンと罵られようとも、分かっていて手を出しているんだこっちは。並の覚悟で君に迫ってるわけじゃない。
「もう少し待っていただけないかと、今日はお願いしに来たんです」
「待つって、待つってどのくらい? 言っとくけど、僕はもう一日だって待てないよ? 本当は元旦で勝負決めて二日に初詣、三日に入籍を考えてたんだから」
「過程すっ飛ばしまくりの電撃結婚ですね」
「そうだよ! 浮竹なんかさぁ、僕と君が結ばれるようにって滝行までしてくれたんだよ!」
「‥‥‥だから大晦日に寝込んだんですね」
 若干呆れを含んだ表情を浮かべ、一護が笑った。笑いながら、前屈みになると、京楽の胸の中に収まった。
「待てませんか?」
 思いもかけず胸の中に飛び込んできた一護をぎこちなく受け止め、京楽は柄にもなく照れていた。言葉はもらった。もう二人の間に障害などない。けれど待てと。その一言が、京楽を躊躇わせる。
「こんなの、生殺しだよ」
 髪の間から見える一護の耳が赤い。なんだかひどく切ない気分になって、京楽は赤いそれに唇を寄せた。
「僕の心臓の音が聞こえる?」
「はい。ドキドキいってます」
「それでも君は待てと言うんだね」
 吐息が胸に当たってくすぐったい。耳からこめかみ、前髪をかきあげて額に口付け、最後はもうたまらなくなって唇に噛み付いた。こんなに想い合っているのに、二人の関係に名前はない。
「俺が大人になるまで、待っててくれますか」
「‥‥‥‥‥うん」
 それまではこうして最後の一線を越えることなく据え膳状態。発狂しそうだ。でもこれが最後なんだ。この子が最初で最後なんだ、そう思うと、うん、頑張れる気がした。
「よかった。俺が大人になったら、京楽さん」
「もう、待たないからね」
「はい。そのときは」
 そのときは今この場で言葉にはできないようなあんなことこんなことをしてみせる。独身男子が生殺し状態で放置された際の恐ろしい結果というものを、身を以て教えてあげよう。覚悟しててね、と凄んでみせるその直前。
「そのときは、友達からお願いします」
 そう、友達から‥‥‥‥‥友達から!?
 一護は拳を握り、瞳を輝かせながら言った。
「先輩達から教えられたんです。男女の交際っていうのはひとつひとつの過程を大事にしていくものだって。俺もそう思います」
 あぁ一護ちゃん、君はなんて真面目なんだ。知ってたけど。
「俺、貴方のこともっと知りたい。格好悪いところとか、誰にも見せたくないところとか、そういうの、知りたいんです。駄目?」
 首を傾げるその角度三十五度。悪魔だ。
 自分の忍耐とか、浮竹の滝行とか、そんなものこの子には通用しないことを、一護が子供であると悟ったように、京楽もまた悟った。同時に、今年の目標が決まった。



『山じい、明けましておめでとうございます。
 年賀状が遅くなってごめんなさい。決して忘れてたとかじゃないです。怒らないで。
 今年は年始早々、山じいを喜ばせるために色々頑張ってたんですが駄目でした。
 恋愛って難しいよね。うん百年生きてきて、つい先日悟りました。孫はもう少し先になりそうです。
 ところで今年の目標ですが、ある女の子を一日でも早く大人にすることです。応援してください。
 京楽春水』


TOP

-Powered by HTML DWARF-