即席保護者

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  早熟  


 子供を引き取ることになった。
 死神になって親元から独立し、一護が一人暮らしを謳歌し始めたその矢先のことだった。
「ひんにゅー」
「‥‥‥‥‥このガキは?」
「父さんの知り合いの息子さんだ。ちょっと事情があってな、お前が面倒みてやってくれ」
「ひんにゅー」
「で、コイツはさっきから俺を指差してなに言ってんだ?」
「‥‥‥‥センキューの類いじゃないかな?」
「ひ、ん、にゅー!」
「黙れクソガキ!!」
 我慢ならなくなった一護は連れてこられた子供の頭を思い切り叩いてやった。手加減はしなかった。
「‥‥っう、うぅ、うわぁーーーん!!」
「おー泣いた泣いた。泣くとちょっとは可愛げがあるじゃねえか」
「こら一護っ、父さんの大事な知人の息子さんなんだぞ!?」
「だったら親父が面倒みろよ」
「駄目だっ、家には遊子と夏梨がいるのに。万が一何かあったら」
「ガキだろ。なに心配してんだよ」
「駄目ったら駄目!!」
「わーんっ、ひんにゅーがアタシのことぶったー!!」
「うるせーな!! どっちも出てけよ!!」
 父親は蹴飛ばし、子供のほうは首根っこを掴んで放り出そうとした。しかしこの子供、一護の腕にしがみついたかと思うと離れない。
「っお、さっそく仲良しさんだなヒューヒュ〜!」
「うぜぇっ、おい離れろガキ!!」
「いやー!!」
 ぶんぶん振り回しても離れようとしない。そうこうしているうちに一心は手を振りながらも遠ざかっていった。
「マジで置いていきやがった‥‥」
 玄関先で呆然としていると袖を引っ張られた。
「ひんにゅーさん。アタシお腹空きました」
「空気でも食ってろ!」










 渋々ながらも取り敢えずは家の中に入れてやった。子供の名前は浦原喜助といった。
 浦原といえば名門だ。そこの倅がなぜよその家に預けられるはめになったのかと言うと。
「後妻ですよ。あの女が気に入らなくって」
 後妻とやらは正妻の倅を追い出そうと躍起になっていたらしい。自分の子を跡継ぎにしたいと思うのは貴族の女として言えば自然の成り行きだ。
「このアタシにねちねち嫌がらせばっかりしてくるんです」
 もちろんやり返した、笑いの止まらなくなる薬を盛ってやったんだと言って、その子供はけらけらと笑った。
 一護が用意してやった飯を子供が難癖つけながら食べている最中だった。一護はその無邪気な様子と放たれる悪意に苦笑いしか浮かべられない。
「このままじゃアタシがあの女を殺しちゃうんじゃないかって心配した父が、知人である一心サンに預けたというわけです。分かりましたか、ひんにゅーさん」
「味噌汁ぶっかけるぞテメエ」
 この子供、大層可愛くない。後妻もさぞや腹の立ったことだろう。もしかしたらこの性格の悪さが嫌がらせの原因じゃないのかと一護は思ってしまった。
「父も父ですよ。いくら母が亡くなったからって、もう次の女を娶るなんて気が知れません」
「仕方ねえだろ。貴族だって色々あるんだよ」
 貴族同士の繋がりを大事にしようと思えば意に添わない婚姻だってざらにある。この子供の父親ももしかしたらそうだったのかもしれない。
「でもっ、一心サンは今でも奥方一筋じゃないですか」
「うちは大した家柄じゃねえから」
「嘘嘘っ、あの志波家の分家じゃないですか」
「志波家っていってもなぁ、特に家柄にはこだわってねえし」
 一護の母は流魂街出身者だが、本家の志波家当主や他の分家も結婚の際、反対するようなことは言ってこなかったらしい。全体的に大らかと言うか、大雑把と言うか、ケツの穴の小さいことが大嫌いな一族なのだ。
「そのうち没落しますよ。他の貴族がよく噂してます」
「いいんじゃねえの。一族集まった酒の席じゃ、乾杯の音頭が『来るなら来い、没落イェーイ!』だぜ」
「緊張感の無い一族ですね‥‥」
 それは一護も思う。たまに一護のような真面目な人間が生まれてくると、このユルさに一時は危機感を煽られるが、慣れるとどうということはない。結局は一護も一族の特徴をよく受け継いでいるのだ。
「で、お前はいつまでここにいんの?」
「知りません。父が迎えに来るまでじゃないですか」
 そんな日、絶対来ないでしょうけど。
 最後にそう付け足して子供は黙々と食事を再開した。
 随分とひねくれて生意気な子供だが、一瞬見せた寂しそうな目や、両親への哀愁が一護の良心を大いに揺さぶった。
 マズい。このままでは父親の思うつぼだ。
「あ」
「‥‥‥‥‥なんだよ」
「山芋。アタシ、嫌いなんです」
 味噌汁の中に入っていた山芋だけを箸で摘むと皿の上へと並べ始めた。
「好き嫌いすんな、食え」
「ヤです。嫌いなのに食べるだなんて、そんな変態的嗜好は持ち合わせちゃいません」
「うだうだ言うなっ、食えっ」
 一護が箸で摘んで口元に持っていっても子供はふんと顔を背け、更には手で払った。ころころと畳を転がる山芋。沸点の低い一護は青筋を浮かべ、次には子供の顎を掴んで無理矢理口の中に捩じ込んでいた。
「イヤーギャー犯されるー!!」
「ガキは好みじゃねえよっ、俺はもっとこうがっちりもっさりした感じのほうが」
「何ソレ一心サン!? このファザコン!!」
「いいから食え!!」
 甘やかされて育った貴族はこれだから困る。志波一門の子供が同じことをすれば、問答無用で親にぶっ飛ばされるというのに。
 どたんばたんと暴れた末に、一護はすべての山芋を食べさせた。
「不味いっ、口の中が気持ち悪いっ、」
「健康の味だ。噛み締めろ」
 疲れてぐったりしながらも一護は食器を下げた。そしていまだにぶうぶうと文句を垂れる子供の足を掴むと居間の外へと引きずった。
「何するんですかっ、追い出す気!?」
 この人でなし、ブス、ひんにゅー!
 色々と生意気なことを言う子供を今度は逆さ吊りにしてやった。
「やめてっ、下着が見えるっ」
「るせー。なよなよしやがって。テメエほんとに付いてんのか?」
 アタシとか言うわ、着ている着物は女物だわ、こいつの親は一体どういう教育してたんだと一護は思う。花柄の着物に触ろうとすれば、子供が途端に牙を向いた。
「母さんの着物に触るな!」
 はっとして一護が子供の顔を見れば、涙が逆さまに流れている最中だった。もしやと思ったとき、丁度目的地の部屋に着いた。
「いたいっ‥‥‥‥何するんですか!」
 放り投げられて子供は当然抗議してきたが、一護はそれを無視して部屋の押し入れを開けた。
「ここに布団がある。こっちは空だ。好きなもん入れな」
「‥‥‥‥‥なに言ってるんですか」
「お前の部屋だ。掃除は自分でしろ」
 素っ気なく言い放って一護は部屋を出ていった。すぐに後ろから足音が付いてきた。
「どうして、どうして?」
「親からの頼まれごとは断っちゃいけねえって家訓に書いてあんだよ」
 それは嘘だった。しかし義務だと言えば、この子供は納得するだろう。
「山芋毎日食わされたくなかったら良い子にしてろ」
 死んだ母親の影を追って着物を着たり、女言葉になったり。母親を亡くした一護にしてみれば、なんともいじらしい真似をするじゃないかと心を動かされたのだ。
 妹二人の世話で慣れている。今さらもう一人面倒をみるぐらい大した負担ではない。自分の居場所が無い屋敷にいるよりも、ここのほうがいくらかマシだと一護は思うのだ。
「‥‥‥‥‥待ってっ」
 腰に飛びついてきたかと思うとぎゅうと力を込めてきた。そして子供は興奮した面持ちで顔を上げた。
「アタシ、ここにいてもいいの?」
「父親が迎えに来るまでな」
 その日が来るのかは一護にも分からない。ただこの子供が今の一護のように独り立ちする日までは面倒を見てやってもいいと思っていた。
 子供の体を抱き上げて視線を合わせると、一護は妹達に向けるような柔らかい笑みを浮かべた。
「我が儘言うなよ、好き嫌いもするな。そしたら家に置いてやる」
「‥‥‥‥‥はい。よろしくお願いします。ひんにゅーさん」
 やっぱり放り出そうかな、と思った一護だった。

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