即席保護者
生意気
「お早うございます、一護サン」
清々しい朝に相応しい、透き通るような幼い声が一護を呼んだ。
「一護サン、起きてください」
布団に包まる一護のすぐ傍で声がした。部屋の中に入ってきたらしい。
「一護サーン、遅刻しますよ、いいんですか」
「うるせー‥‥泣かすぞボケ‥‥」
「起きてください。朝食が冷めてしまいますよ」
ゆさゆさと体を揺すられて、一護の眠りが浅くなる。それでも起き上がるにはまだ足りない。
「朝から上席官の会議があるって言ってたじゃないですか」
「ん〜‥‥」
無理に掛け布団を剥がされた。早朝はまだ寒い。手探りで布団を探っていると暖かい何かを捕まえた。
「さあ、起きて」
ぐいぐいと引っ張ってくる力に一護のほうからも引っ張り返したら、体の上に何かがぶつかった。それがまた暖かかったので一護は腕を回して抱きしめた。
夢の中ではチャッピーを抱きしめている一護だったが、そのチャッピーが一護の胸を揉んできた。随分とエロいチャッピーだな、と思っていたら今度は息が苦しくなった。
「っん、ん‥‥」
顔を逸らしてぷはっと息をしてもすぐにまた苦しくなる。可愛い顔してチャッピーはテクニシャンだった。舌まで吸われたところで一護は抗議した。
「ん、やめろチャッピー、綿臭え‥‥」
「っわた‥‥‥‥‥‥いい加減起きてくださいっ」
耳元で大声を上げられて一護は飛び起きた。膝の上には子供が乗っていた。
「‥‥‥‥おはよ」
「お早うございます。早く支度して居間に来て下さい」
なぜか不機嫌な子供はそう言うと部屋を出ていった。
浦原喜助を引き取って一ヶ月。
父親が迎えにくる様子は無い。それでも本人は気にも留めていないのか、毎日一護サン一護サンと後をついてくる。
そして母が恋しいのは今も変わらない。一護の『ひんにゅー』に顔を埋めてぐりぐりするのが好きらしい。しかし七歳と言えば世間的にはとっくに乳離れの時期ではないかと一護は思う。風呂も一緒に入っているし、それもやめなければ。
今後の育児方針を考えながらも居間に到着すれば、子供は既に食卓についていた。
子供は手先が器用だった。それに覚えも早い。例えば料理、分量も手順も一度で覚えてしまう。それぞれの目の前に置かれた味噌汁(山芋無し)と煮物はこの子供が作ったものだ。悔しいことに、一護が作るよりもずっと美味い。
「一護サン、時間は間に合いますか?」
「大丈夫。疲れるけど瞬歩で行けばいいや」
「早く起きればいいだけなのに」
もっともなことを言われた一護だが、昨夜は隊の飲み会だったのだ。酒の匂いを纏って帰ってくれば、当然子供にいい顔はされなかった。
「ところで一護サン」
食べ終わったのか、箸を置いた子供がどこか神妙な顔つきで一護を見た。
「昨日の人達、誰なんですか」
「昨日の人達?」
塩鮭の皮を齧っていた一護は『昨日の人達』とやらを思い出そうとした。しかし思い出せない、誰だろうか。
「白髪の人と、髭を生やした若い二人です。酔った一護サンを連れて来たんですけど」
「あぁ、そいつらなら知ってる。同期で親友なんだよ」
ありのままを言えば、子供はふーんと頷いた。けれどもその顔には面白くないとはっきり書いてあった。
「なんだよ、別にどっちかと付き合ってるわけじゃねえぞ」
「分かってます。でも酔っぱらって何かされたらとか考えないんですか。見た目はまるで男でも一護サンはれっきとした女性なんですよ? 自覚してください」
「見た目が男は余計だ」
口の減らないガキだ。少しは可愛げが出てきたものの、ときどき言ってくれる。
食事を終え、一護の出勤の時間になった。見送りに玄関まで来た子供に一護は言った。
「喜助、今日も遅くなるから先に寝とけよ」
「また飲み会ですか」
「違う違う。ちょっとした見合いだ」
いつものように子供の頭を撫でて一護は行こうとした。しかし背中に感じるのは怒りの霊圧。振り向けば、下から睨み上げてくる子供と目が合った。
「‥‥‥‥‥見合いにちょっとしたも何もないでしょうっ、どうして見合いなんか受けるんですか!!」
上気した子供の頬を見て、一護が少し笑えば子供の霊圧が上がった。
「‥‥だってー」
「職場の付き合いですか、上司の命令ですか、そんなものをいちいち受けていたらその内本当に結婚させられちゃいますよ!」
「う、えーっと、あぁ時間時間、会議が」
「待ちなさい!!」
本気で急がなければ間に合わないというのに子供は一護の死覇装を掴んで離さない。
「見合いはやめですっ、今日は早く帰って来ること!」
「いや、でも」
「一護サンはアタシの保護者でしょう!? 子供を一人、暗い屋敷に残して男と会うなんて非常識極まりない!」
電気つけりゃいいじゃん、とは言えなかった。一護の頭はもう既に明日の見合いは断ろうということしか浮かんでいなかった。
ときどきだ。この子供はときどき可愛いから困る。
「一護サン。アタシはまだ子供だけど、あと十年もすれば立派な男になるんです」
一護は子供を見下ろした。
その姿は相変わらず女物の着物で‥‥いやよそう、何も言うまい。
子供は一護の手を取ると、真剣な顔で言った。
「母親譲りのこの美貌。頭だって悪くない、むしろ天才です。大きくなったら引く手数多のこのアタシのお嫁さんになってください」
なんて尊大なプロポーズだろう。
そして滲み出る自信。これは本格的に育て方を考えなければならないないと一護は思った。
「一護サン、返事は?」
「二十点」
「は?」
一護の指が子供の額をつんとつついた。
「そんなんじゃ将来、好きな子にうんって言ってもらえねえぞ。もうちょっと勉強するんだな」
よしよしと頭を撫でてやってから一護は屈伸を始めた。これから瞬歩で会議室まで直行する、その準備運動だった。
「今日は早く帰ってくるからな」
「い、一護サンっ、?」
顔を白黒させる子供にいってきますと言って、一護は瞬歩で消えた。