いちごのきもち
瀞霊廷通信という月刊雑誌がある。
死神の多くが購読しているという代物だが、もちろんタダではない。貧乏平隊員である一護は、わざわざ買って購読するほどの金銭的余裕は持ち合わせてはいなかった。
「なんだこれぇえええ!!」
『さらしの具合が悪いのか、しきりに胸元を気にする黒崎一護』
『胸を大きくする為に、嫌いな牛乳を必死に飲む黒崎一護』
『背後から松本副隊長に胸を鷲掴みにされ、思わず「きゃん!」と叫んでしまった黒崎一護』
「どれも乳関連じゃねーかよ! 馬鹿にしてんのか!!」
瀞霊廷通信を壁に投げつけ、一護は憤慨した。
端で見ていたルキアが宥めてくるが、どこをどうしたら落ち着けるというのだろうか。
「今月の平隊員特集に俺が載ってるとか言うから見てみればっ、いいのかこれ!? こういうの許されんの!?」
言ってしまえば盗撮の数々。一護にとっては見られたくない場面ばかりが写真に撮られ、それが万人の目に触れる瀞霊廷通信に掲載されていたのだ。
「こんなもん回収だ回収!」
「無理だと思うぞ。どれくらい発行されてると思っておるのだ」
瀞霊廷一の部数を誇るというが、プライバシーとか、個人情報保護法とか、それら一切完全無視。しかも一護が恥ずかしい写真ばかりなのに対し、他の平隊員達の写真はごくごく普通のものばかりだった。明確な悪意を感じる。
「そう怒るな」
「怒らいでか!」
「お前は気に食わんかもしれんが、他の読者はそうでもないぞ。男勝りのお前に垣間見える可愛らしい少女の一面。男心をくすぐるには十分だ。恋次辺りはエロ本手にしたときみたいに興奮していたぞ」
「余計怒るわ!! お前っ、俺を煽ってるだろ!!」
ルキアはいい。以前、掲載されていた美少女特集で大きく取り上げられていて、本人も満足げだったことがあるのだから。
「こんなもんっ、こんなもんっ、こうしてやるっっっ」
「何をするのだ!」
自分の写真が掲載されている部分だけを破り去ると、一護はげしげしと踏みつぶし、挙げ句の果てには引き裂いてやった。ルキアの私物だが、こんなもの世の中から消えたほうがいい。この調子で目に入る瀞霊廷通信はたとえ他人のものだろうが廃棄してやろうと思っていた一護の前に、知った巨躯が通りがかった。
「こっ、狛村さんっ」
凶暴な姿を晒していた一護が一瞬で乙女に早変わり。ルキアが何か言いたそうな顔をしていたが、それを無視して一護は子犬のように駆け寄った。
「一護か。今なにかを引き裂いていたようだが」
「いえっ、まさか!」
頬を薄らと赤く染めて、一護は誤摩化すように両手を振った。やはりルキアが物言いた気な視線を送ってくるが、無視だ、無視。
「そういえば、瀞霊廷通信にお前の写真が載っていたな」
「っげ!」
一護の顔が赤から青へと変色する。しかしそんな一護の変化を気にも留めず、狛村は穏やかな口調で言った。
「とても愛らしいものだった。ああいう顔もするのだな」
「っあ、そんな、う、‥‥嬉しいです、」
結局は赤に戻った顔で、一護は喜びに身を震わせた。ルキアの「っへ!」というなんとも嘲笑った声が聞こえてくるが、今なら少しも気にならない。
「あの、犬の五郎、今度見に行ってもいいですか?」
「あぁ、構わん。暇なとき、来るがよい」
手短に挨拶を済ませると、狛村は去って行った。
「ルキア‥‥」
「なんだ」
「お前、瀞霊廷通信の定期購読入ってるよな? 狛村さんの『こいぬのきもち』だけ読ませてくれ」
狛村の背中を見送り続ける一護の顔は、瀞霊廷通信に載っていたどの写真よりも少女だった。