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後編 戻る

  北風と太陽、みたいな<前編>  

「怪我人を連れて戻りなさい」
 張りつめた空気を震わせる凛とした声。誰もが絶望し崩れ落ちそうだったとき、それはまるで叱咤するかのようにその場にいた者達を奮い立たせた。
「早く」
「しかしっ」
 部下の震える声に耳を貸さず、卯ノ花は彼らを守るように一歩踏み出した。普段はたおやかな背中が今は大きく見えた。だがこの状況ではあまりにも無謀だった。
 空を埋め尽くす巨大虚。いくら隊長といえども戦闘向きとはいえない卯ノ花が怪我人や部下を守りながら一人で挑むには無理があった。
「ではどうします。ここで全員一緒に死ぬとでも? ‥‥‥私達は、何番隊か忘れたのですか」
 すらりと斬魄刀を抜く。治癒に特化した能力の刀だが、虚が斬れないわけではない。
「怪我人を連れて戻りなさい」
 同じ台詞を再び紡ぐと、卯ノ花は空いた手に霊圧を込めた。襲いかかってきた巨大虚のひとつに目がけて鬼道を放つ。
「一人も死なせてはなりません。必ず助けるのです」
 それこそが四番隊の存在意義であり、同時に誇りだった。命をかけているのは四番隊も同じだ。お荷物部隊などとは言わせない。
 たった一人の肉親の顔がよぎる。危機的状況だというのに卯ノ花は微笑んだ。
「卯ノ花、隊長?」
 この状況でなぜ笑っていられるのか。驚く部下を尻目に卯ノ花は歩を進め虚の群れへと進んでいった。
 死ぬことなどできない。卯ノ花は刀を握る手に力を込めた。
「行きなさいっ!!」
 厳しい声についに部下達は怪我人を背負い走り出した。残っても足手まといになるだけだ。必ず助けを連れてくると心に決めて、せめて邪魔にならないところまではと力の抜けそうになる足を必死になって動かした。
 それと同時に卯ノ花が地を蹴って跳躍した。
 斬魄刀での戦いよりも鬼道を中心に虚を討つ。だがいくら詠唱破棄ができるといっても中級鬼道までだ。孤軍奮闘の末に四方を虚に囲まれて、卯ノ花の鼓動が否応にもうるさくなる。
 それなのに考えてしまうのはたった一人の妹のこと。自分のようになりたいと統学院に入り、近々卒業する。
 一人にさせてしまう。こんなところで死ねば妹はどうなると、今己が死ぬことよりもそのことが心配で胸を締め付けた。
「!!」
 そのとき目の前にいた巨大虚が突如として凍り付いた。何事かと目を見開く卯ノ花の背後から小柄な体躯が飛び出してきた。
「日番谷隊長!?」
 わずかに振り返り頷くと、冬獅郎は次々と巨大虚に斬り掛かっていった。  




 それからはあっという間だった。あれほど空を覆っていた虚は姿を消し、今では星空となっていた。
 その下で怪我人を送って戻ってきた部下とともに卯ノ花は負傷した十番隊の隊員の治療にあたっていた。
「もうっ! 一人で虚の群れに挑むなんて、無茶するんですからっ!!」
「ごめんなさい、勇音」
 だがちっとも反省していないような卯ノ花の声音に、勇音はぷりぷりと怒ってなおも説教を続けた。
「知らせを聞いて心臓が止まるかと思いましたっ」
「止まらなくてなによりです」
「んもうっ!」
 これ以上は言っても仕方ないとばかりに勇音は諦めて、治療の手伝いへと行ってしまった。卯ノ花は部下の治療を眺めていた冬獅郎へと近づくと深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「おい、」
 頭を下げられて冬獅郎は戸惑う。救援要請を受けて虚を倒したのは当然のことだ。隊長自らが頭を下げるまでもないと言いたかったのだ。
「いいえ。お礼を言わせてください」
 だが卯ノ花は頭を振ると再び深々と下げて感謝の気持ちを表した。
 また家族のもとへと帰ることができる。礼を言うなというほうが無理な話だった。
「私、己に戦う力のないことをこれまでに悔やんだことはございません。四番隊の仕事に誇りを持っております」
 頭を下げたまま、卯ノ花は喋り続けた。
「けれど今日、初めて後悔いたしました」
 ひとり残してしまう妹のこと。死んでしまったら悔やんでも悔やみきれなかっただろう。
「だからお礼を言わせてください。私は再び、家族のもとへと帰ることができるのですから」
 ようやく顔を上げて、卯ノ花はにっこりと冬獅郎に向かって微笑んだ。
 こうも真正面から礼を言われるとさすがの冬獅郎も照れてしまう。若さ故か、素直にどういたしましてと言えない上司に近くで見ていた乱菊がため息をついていた。
「別に、刀振るうなんて誰だってできるだろ」
 ぶっきらぼうに話してはいるが頬の赤さは隠せなかった。
「俺達は斬ったらそれで終わりだけどよ、お前らはそうじゃねえだろ。四番隊がなきゃ今頃死んでた命だってたくさんあったんだ。礼を言うなら、それは俺達のほうだ」
 そういう率直に述べるところは若さ故、だが青臭さは感じさせない。冬獅郎のまっすぐな態度は卯ノ花も好感を抱いていた。一層笑みを深めると治療の済んだ部下達を率いて尸魂界へと帰還することとなった。




「だから俺を現世に連れてけって言ってんだろっ!!」
「む、無理ですっ」
「だったら地獄蝶を貸しやがれっ! 俺一人で行くっ!!」
「だ、だから無理ですってっ、あなた、まだ統学院生でしょう!?」
「それがどーした!!」
 四番隊に戻ると誰かが大騒ぎしていた。話からするとどうやら統学院生らしいが冬獅郎の身長では人だかりのできたそこに、騒いでいる人間の姿を見ることはできない。
「ああっ、卯ノ花隊長っ!!」
 救いの女神を得たと言わんばかりに四番隊の隊員が声を上げた。それと同時に人だかりをかき分けてくる人物が見えた。その統学院の袴に、騒いでいた人間が女だと知り冬獅郎は目を見開いた。てっきり男だと思っていたからだ。
「姉貴!!」
「まあ」
 卯ノ花の前に立っていた冬獅郎が見えていなかったのか、少女は冬獅郎を突き飛ばすとそのまま卯ノ花に抱きついた。さすがにむっとして何か文句を言ってやろうと振り返るが、その少女を見て冬獅郎は結局何も言うことができなかった。
「無事で良かったっ」
 卯ノ花の首にかじりついて少女は痛いほどの力で抱きしめた。それをやんわりと抱きしめ返して、オレンジ色の頭を卯ノ花は優しく撫でてやった。それが安心したのか少女の眦に涙が滲む。
「知らせを聞いて死ぬかと思ったっ。酷い怪我でもしてたらどうしようって。そうだっ、怪我、してねえか!?」
 抱きついていたかと思うと体を離して卯ノ花の体に怪我がないか確かめた。
「大丈夫ですよ。日番谷隊長が助けてくださいましたから」
「日番谷? 誰? 礼言わねえとっ!」
 きょろきょろと辺りを見回してみるも、隊長の羽織を着た人物は見当たらない。
「先ほどあなたが突き飛ばしたのが日番谷隊長ですよ」
「突き飛ばした?」
 そう言えば姉に抱きつく前に何かが当たった気がする。それどころではなかったので気にもしなかったが、姉の恩人ともなるとそうはいかない。
 卯ノ花の視線を辿るとそこには年下にしか見えない少年が憮然とした表情で佇んでいた。
「日番谷、隊長殿?」
「冬獅郎だ」
 ぱちぱちと目を瞬かせること数秒、少女は膝をつくと冬獅郎の両手を握って満面の笑みを向けた。
「ありがとうございます、冬獅郎さま」
 ずきゅん。
 瞬間、何かが胸を撃ち抜いた。






 担任の教師に呼び出しを受けて、一護はてっきりこの間の喧嘩についての説教だと思っていた。だが先に因縁をつけてきて、一緒にいた友人に暴力を振るおうとしたのは相手のほうだ。一護は友人を庇ってついでに殴ったに過ぎない。それがたとえ相手を気絶させるほどの威力だったとしても、責められるべきは相手のほうだ。喧嘩を売ったのと、勝手に気絶したのは向こうなのだから。
 扉を開けて一護は開口一番弁明した。
「俺は悪くないっすよ」
 だが教師はぽかんとした顔をして一護を凝視するばかり。
 あれ、もしかして違う話か。しまった、余計なこと言ったかも、と一護が慌てて言い訳をしようとしたところ先に教師が手で制した。
「その話は後で聞こう。今日呼んだのはほかでもない」
「はあ」
 いつも気難しい顔をしているが珍しく目元を和ませて、教師は一枚の紙を一護へと受け渡した。
「おめでとう。護廷の入隊試験に君は合格した」
 今度は一護がぽかんとする番だった。
 おそるおそる渡された紙を開くと、確かにそこには合格の一文字が。
「マジ、っすか‥‥‥」
「マジだ」
 すると後から喜びが湧き上がってきたのか、一護はとうとう嬉しげに口元を緩ませて、そして照れたように微笑んだ。
「ありがとう、ございます」
 照れを隠すように己の髪を弄りながらも一護は頭を下げた。嬉しさでわずかに体が震えてしまっていた。
「姉君に報告に行くといい。特別に外出許可を出そう」
「‥‥‥! ‥‥‥せんせえっ!!」
 感極まった一護は目の前の教師に向かってほぼ体当たり同然に抱きついた。どすっと鳩尾辺りに頭突きをされて息が詰まったが、教師は可愛い生徒のために苦痛の声を何とか耐えた。
「は、はやく、行ってやりなさい」
「はい! 先生、ありがとなっ!!」
 すぐさま踵を返すと一護は部屋を出ていった。遠くのほうから廊下を走るなという別の教師の声が聴こえてきたが、一護は聞いてはいないだろう。
 一人になった教師は思う存分痛みに悶絶した。




 隊首会が終了した午後、気温は下がる一方だった。その中を隊長格数名が足早に歩みを進めていた。
「もうすぐ春だねえ」
「めっちゃ寒いんやけど」
 京楽のしみじみとした言葉を市丸はすぐさま打ち消した。今日の朝など桶の水に氷が張っていたというのに、何をぬかすかこのオッサン、と細い視線に乗せて言ってやった。
「君には聴こえないのかい?この春の足音が」
「冷たい風がぴゅーぴゅーいうてるんは聴こえますけど」
 隊首会の開かれた部屋を出るともう別世界だ。温かさに慣れた体には外気の寒さはつらい。副官を引き連れて歩く廊下は、次第に指の先から感覚を奪っていった。
 霊圧がどれほど高かろうとも寒さをどうにかしてくれるわけではない。部屋を出た瞬間、隊長達は寒さのあまり一斉に眉間に皺を寄せた。
「ああ、あかん。ほんま寒い。ごっさ寒い」
 市丸は寒いのが苦手だ。普段から仕事をしないが、寒くなると更に仕事をしない。動かなくなる隊長を見て、三番隊の隊員達は密かに冬眠と言っている。
 既に溜まりに溜まりまくった書類を思い浮かべて、副官の吉良は白い顔を一層白くさせた。
「ひゃあ」
 猫背をさらに丸めて、急に吹いた冷たい風から市丸は己の体を守った。
「もうすぐ新人隊員が入ってくる頃ですね」
 卯ノ花が穏やかな声で話題を切り替えた。
「今年はまともなのが入ってくるんだろうな。昨年の奴ら、使えねえったらありゃしねえ」
「ほとんど気絶しちゃったんだよね」
 剣八からしてみれば誰もがそうなってしまうだろう。入って早々、腕前を見るために剣を交わすのだが、まず剣八の霊圧に押されてほぼ全員が気絶もしくは腰を抜かしてしまう。ここ最近骨のある者がいなく、物足りなくて仕方が無かった。
「十二番隊じゃあ別にまともじゃなくてもいいんですけどねえ。使い道は、いろいろとありますし」
 何に使うつもりだと一瞬思ったが、碌でもない答えが返ってきそうな気がして誰も聞く者はいなかった。
「ボクは女の子とか、女の子とか、やっぱり女の子とか? 女の子だったらそれでいいや」
 四回も女の子と言った京楽をその場にいた全員が無視した。副官の七緒と親友の浮竹が頭が痛いとばかりに抱えていた。
「あら」
 卯ノ花の様子が変わる。それを不審に思ったとき、その場にいた隊長格も近づいてくる霊圧に気が付いた。
 誰よりも早く察知できるのはやはり姉妹ゆえか。
「誰だ?」
 近づいてくる霊圧の主を知る者はその場にいる二人だけだ。知らない隊長達はその高い霊圧に興味を引かれて、その向かってくる方向に視線をやる。
 次の瞬間、植え込みからずぼりと腕が生えてきた。次いでかき分けるようにもう一つ。
「何やってんだ、あれ」
 どうやら苦戦しているらしい。わさわさと植え込みが音を立てていて、「と、とれねえ」と焦った声が聴こえてきた。
 見守ること数分。
「よい、しょっ、っと」
 出てきた色に、冬に花が咲いた錯覚を誰もが覚えた。
 その鮮やかなオレンジ色のせいかもしれない。ぱっと咲いた色に誰もが言葉を発せずにいた。
「あっ! 姉貴!!」
 沈黙をものともせず、快活な声を発したのは花のほうだった。体をすべて出しきると、軽快な足取りで近づいてくる。
「まあ、お転婆さん。そんなに葉っぱをくっつけて」
「へへ。色んなとこ、近道してきたから」
 周囲の注目に気付いていないのかそれとも気にならないのか、統学院の袴を着た少女は頭に葉をたくさんつけて無邪気に笑っていた。
 冬の寒さに似つかわしくないほのぼのとした空気に誰も口を挟めない。
「聞いてくれよ! 俺、護廷の入隊試験に受かったんだぜ」
 ほら、と見せられた合格通知を見て卯ノ花は己のことのように喜んだ。勇音も小さく手を叩いて、上司の妹の朗報を満面の笑みで迎えた。
「本当にめでたいこと。でも、あなたも年頃なのだからもう少し身だしなみに気をつけなければね」
 そう言った卯ノ花の目が意味深に閃いたので、一護は途端に顔を赤らめて、頭に付いた葉を払い落とした。
 もともと走ってきたために赤かった顔を更に赤らめて必死に葉と格闘する様は、姉としての贔屓目抜きでも十分に愛らしい。汗ばんだ首筋に張り付いた髪を払ってやりたい衝動に駆られるほどに。
「ぎゃっ!」
 突然首に触れられて一護は飛び上がった。後ろを振り返れば知らない男がにいっと笑って立っていた。その胡散臭さに警戒心を募らせた一護は姉の背中に避難した。
「気安く触らないでくださいます?私の大事な妹に」
 キンキンに冷えた卯ノ花の声音に、先ほどまで寒いと言っていた市丸はさらりと受け流して、背後にいる一護にのみ視線を合わせていた。
「ボクの名前は市丸ギンっていうんよ。お名前教えたって」
「不審者とは口を利くなと教えておりますの。お分かりいただけたらとっととお失せになって」
 しっしっと手を払う様は、穏やかな微笑みに反してなんとも不釣り合いだった。
「鬼姑は黙っといて。ボクはその子と話したいん」
「誰が鬼姑だっ!! 無礼な口は俺が許さねえぞっ」
 大事な姉をそんなふうに言うのは我慢ならない。瞬時に怒りで霊圧が上がり、辺りがざわざわと震えだした。
 まるで嵐を連想させる霊圧に、皆の驚きと興味が一層増した。
「おもしれえ」
 興奮を隠しきれない声の主が、そのまま一護へと手を伸ばした。それを触れる寸前に卯ノ花が叩き落とす。
「そのような無骨な手で私の妹に触れると傷ついてしまいます」
 結構な力で叩かれた剣八の手はすぐさま真っ赤になった。
「はじめまして。ボクは京楽春水。君のお姉さんとはとっても仲がいいんだ」
 いつの間に近づいたのか、京楽が一護の手を握って自己紹介をしていた。さりげに卯ノ花を使って警戒心を解こうとするところは大人の汚さを感じさせる。当然一護はばっとその手を振り払った。
「良い判断です」
 己の教育の賜物だ。瞬時に信用していいかそうでないかを見分けた妹を卯ノ花は褒めた。
「護廷の入隊試験に合格したんですね。おめでとうございます。つきましてはうちの技研に見学などいかがです?」
「結構です。あまり近づかないでいただけます? 薬品のにおいが移ったらどうしてくれるんですか」
 断ったのはもちろん卯ノ花だ。妹に近づく不逞の輩共をばっさばっさと斬っていく。
 唯一傍観しているのは浮竹と他副官達で、節操のない同僚及び上司達を呆れた眼差しで眺めていた。
 おそらく一番危険なのは卯ノ花なのだろうが、突如として一護は姉を背後に庇うと周りを威嚇して更に霊圧を上げた。
 先ほどから一体なんなのだ。一護は腹に据えかねていた。
「姉貴に近づくな」
 その怒りの籠った言葉に、一護以外の人間が一斉に「は?」という間抜けな顔をした。
 とぼけやがって。一護は己を親指でびっと指すと男らしく宣言した。
「姉貴と親しくなりたかったら、まず俺を倒してからにしろっ!!」
 すこし天然に、いや純粋に育てすぎただろうか。妹の大勘違いに姉の卯ノ花は少々頭痛がした。




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