君とボク、ついでに幼馴染

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  02 見えない敵  


 三人並んで弁当を広げ、他愛のない話をしていた。昨日の授業はつまらなかったとか、現世の珍しいものの話だとか、肩をくっつけ合って楽しそうに笑った。
 間には一護が。その両脇にギンと乱菊が座っていた。
「へえ、妹が二人おるんや」
「うん。まだよちよち歩きで可愛い」
 話は一護の家族になった。母親は既に他界していること、父親が医者をしていること、妹達は双子であること。
 そして、とても意地悪な従兄弟がいること。
「もうすっげえ腹黒いんだ。普段は良い人のフリしてるけど、中身は悪人だ」
 一護が他人の悪口を言うのは初めてのことで、ギンと乱菊は目を見張った。それほどまでに性格の悪い従兄弟なのだろう。
「母親同士が仲の良い姉妹でさ、小さい頃からよく顔合わせてたんだけど、その頃からオモチャにされてたというか、暇つぶしの道具にされてたというか」
 よく騙されて酷い目に合わされたり、恥をかかされたりしたらしい。思い出すだけでも腹立たしいのか、一護は握りこぶしを作っては怒っていた。
「俺、強くなって絶対あいつに仕返ししてやるんだ」
 まさかそのために死神を目指しているわけではないだろうが、一護の顔は真剣だった。その顔が、突如として硬直した。そして隣にいたギンにしがみついてきた。
「っギン! 離れなさいよー!」
「えぇっ、ボク!?」
 しがみついてきたのは一護のほうだ。弁当を放り出し、一護がギンの背中に張り付いていた。
「どないしたん、一護、」
「っし! 名前を呼ぶなっ、」
 背中に感じる一護の体温に、ギンはうわずった声を上げた。乱菊が殺しそうなほどに睨みつけてくるのも気にならない。
 しばらくして、やっと一護が離れてくれた。しかし周囲を警戒している。
「‥‥‥‥行ったか?」
 注意深く辺りを見渡す一護の指が、ギンの制服の袴を握っていた。男のくせになんて可愛いことをするんだろうとギンが思っていれば、反対方向から一護が引っ張られた。
「なんでギンなのよっ!」
 嫉妬も露にそう言って、乱菊が一護を引き寄せる。
「いや、ギンのほうが、背中広いから、」
「私だってっ、ほらー!」
「うわっ、ちょっ、む、むね‥‥っ」
 乱菊の巨乳に顔を押し付けられた一護は真っ赤になって暴れ出す。
「お前何しとんねんっ、嫌がっとるやろー!」
 ギンが引っ張り返せば、乱菊も負けじと一護を抱きしめる。両方向から引っ張られて、一護が苦しそうな声を上げる。それにはっとして二人の目が合ったが、どちらも手を離さない。
「ちょっとギンっ、離しなさいよ!」
「離すんはお前や乱っ、そんなデカパイに一護は惑わされんわ!」
「デカいだけじゃないわよっ、私のは美乳だもんっ! 一護になら触らしたげる!」
「やめぃ!」
 男の力で乱菊から一護を奪い返すと、ギンは大事そうに一護を腕の中に抱きしめた。そして細い体にびっくりした。乱菊と同じくらい、いやそれより細いかもしれない。制服の下は一体どうなっているのかと、思わず想像してしまった。
「ギン、苦しい、もう離せって、」
 胸板に頬を押し付けられた一護が上目遣いに懇願する。その表情に一際大きく心臓が鼓動を鳴らして、ギンの体が熱くなった。
 おかしい。一護は男だ。こんなのは、おかしい。












 遠目に一護を眺めながら、ギンは嘆息した。
 一組の教室から、向かいの校舎の廊下を歩く一護を目にしたのは偶然だった。それからは講義そっちのけで、一護の姿を追っていた。
 男子生徒の制服を着用している一護は、紛うこと無く男の筈だ。しかし昨日抱きしめた体は細くて頼りなくて、まるで女のようだった。仄かに良い香りもした。だが貴族は男も香を焚いて身に纏うのが普通だと言うから、それは何も不思議なことではないのかもしれない。
「ん?」
 一護の歩みが止まる。そして遠くのギンにも分かるほどに動揺して、一護が二歩、三歩と後退していった。
 その先に誰かいるのか、ギンが視線を移せば、男が一人立っていた。
 白い羽織。教師ではない。
 細い眼をさらに細め、ギンはその男の姿を凝視する。と、その男が逃げようとする一護を捕まえた。そして手近な教室に連れ込んでしまった。
「‥‥‥‥!!」
 市丸、と注意する教師を無視してギンは教室を飛び出した。風のように廊下を疾走し、一護が連れ込まれた教室に辿り着く。
「っくそ!」
 扉には鍵がかかっていた。ギンは躊躇いも無く扉を蹴破る。
「一護! どこやっ、」
 教室は物置になっていて、ひどく雑然としていた。山と積まれた教科書や備品を押しのけて、部屋の奥を目指す。すると微かに人間の呻き声のようなものが聞こえた。
「一護、」
 ちらりと見えたオレンジ色に安堵して、緊張を解いたのがいけなかった。背後に薄ら寒い気配を感じたが、そのときにはもうギンは床に打ちつけられていた。
「ギン! ‥‥‥‥てめえ何しやがんだっ、バカアホっ、メガネ!」
「婚約者に向かって何てことを言うんだ」
 低い男の声は、どこかで聞いたような気がする。朦朧とする意識の中で、ギンは自分の体に触れてくる手を感じた。労るように頭を抱き起こされ、柔らかい何かに乗せられる。それが一護の膝だと理解して、途端に安心した。
「優しいね。僕にはそんなことしてくれないのに」
「誰がするかよっ! ‥‥‥‥ギン、ギン?」
 優しく降り掛かる一護の声に、何かを返したいとは思っても、ギンの唇はうまく動いてくれない。視界には、胸元を乱した一護が心配そうにギンを伺っていた。
「‥‥ぅわっ、‥‥ギ、ギン?」
 気付けばするりと一護の胸を撫でていた。緩んださらしから覗く一護の胸が気になって、ギンは自然とそうしていた。そして掌に触れた柔らかな乳房の感触に、ギンの意識が急激に覚醒へと向かう。
「‥‥一、護? それ、なんで」
「知る必要は無いよ」
 冷たい声がしたと同時に、ギンの意識は遠のいていった。










「授業サボって昼寝なんて信じらんない」
 乱菊は嫌味を言いながらも、ギンの制服についた埃を払ってくれた。いや、払うというよりかは叩いていた。
「よくあんな汚いところで寝れたわね」
「ボクも不思議や」
 目覚めれば埃っぽい部屋にいた。頭を打ったのか、鈍い痛みが走る。どうしてこんなところにいるのか、記憶を探ってみても、教室を飛び出した辺りからはっきりとしない。
「変な奴。ねえ?」
「う、うん‥‥‥」
 一護がぎこちなく返事をして、視線を逸らす。そして小さくごめんと呟いた。
「一護?」
「なんでもないなんでもない!」
 誤摩化すように両手を振って、一護はギンの手を握った。それにドキリとしたが、同じく乱菊も手を握られていたのでがっかりした。二人平等な扱いに、しばらくは出し抜けそうも無い。
 ‥‥‥いや、出し抜くってなんだ。
 一護は男。自分も男。
 正気になれ、とギンは自分に言い聞かせた。

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